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CASE4 ダブル:04

「光喜のことが知りたいんだって」


 優喜の家のリビング。

 黒い革張りの4人掛けのソファーに、ガラスのテーブル。黒と銀色で統一されたモダンな部屋はどこか生活感が無く、それがこの家の裕福さをを主張しているようだった。

 白い陶器のカップにコーヒーを注ぎながら、優喜は母親――百合子という――に向き直る。


「遺書、見せてあげてよ」


 遺書、その言葉に総志朗はピクリと反応する。おかしな発言をしていた母親は、交通事故で死んだと言ってた。死んでいたことはどうやら事実らしい。

 だが、遺書となると、結論はひとつだ。


「ちょっと、待っていてください」


 いそいそとリビングから出て行く母親の背中を見送ったあと、コーヒーをすする優喜を睨みつける。


「どういうことだ? あんたの双子の兄ちゃんは死んでるのか?」

「死んでなんかいないよ。ねえ、あんたさ、左目、もう見えるの?」

「……何のことだ」


 何もかも知っているぞ、という目で優喜はくっくっと笑う。総志朗はその笑いに鳥肌が立つのを感じながら、そっと左目に触れた。

 大昔のこと。けれど、忘れがたい、記憶。

 

「どうして、オレの左目のこと知ってるんだ」


 優喜がにやりと笑い、総志朗の問いに答えようとした時だった。カチャリとドアが開き、白い封筒を持った優喜の母、百合子が現れた。


「これです」


 すっと差し出された封筒は、遠目では真っ白に見えたが、年月がたったせいか少し汚れてくたびれていた。

 受け取り、おそるおそる便箋を開く。わなわなと手が震えていることに気付いた。心の中のどこかで警鐘が鳴っている。総志朗はそれを感じながらも、便箋に書かれた字を目で追っていた。

 中学1年生が書くには、ずいぶんきれいな字。尖った直線的な字で書かれた文章。


『本当の双子に、僕の目を』


「本当の、双子……?」


 目を細め、楽しそうに顔を歪める優喜と、悲しそうに目を伏せる百合子を交互に見る。

 2人とも、なにも語ろうとはしない。

 川面に飛び跳ねる石のように、その言葉は総志朗の心にいくつもの波紋を作り出す。消えていた記憶が波紋で揺られて、見えるようで見えない、そんな感覚。


「君はわからないかもね。明か統吾とうごならわかるだろう? 出てきてよ」


 何を言っているのかわからない。総志朗は優喜の意図を探ろうと、その目を見つめたその瞬間だった。ぐらり、と視界が揺れた。目の前に現れた白い点が、シーツを広げた時のように目の前を白くする。意識が飛ぶ。

 貧血の時のような感覚の中、総志朗の意識は急速に薄れていった。



「……優喜、何のつもり?」


 がくりと落ちた総志朗の頭が、ゆらりと動く。

 ゆっくりと目を開きながら、彼はまた、優喜へと視線を戻した。


「明? それとも統吾?」


 歯を出して笑いながら、優喜は彼に問いかけた。虚ろな目をしていた彼の目が、朝の目覚めを迎えた時のように、だんだんと意識をはっきりさせていく。


「……明だよ。どういうつもり? 総志朗になにするつもり?」

「別に。どうするもこうするもないさ。だけど、いい加減自覚してもいいんじゃない? 君だってわかってるだろう? もう時間は無いんだ。もう逃げられないこと。いいのかい? 放っておくのかい?」


 妙に冷静な目をした彼――明は、優喜を思い切り睨みつける。

 口元に笑みを浮かべながらも、優喜は応戦するように明を睨んだ。

 2人の間に流れる殺気だった空気に、百合子はただ呆然としている。


「悪いけど、帰らせてもらうよ。気分が悪い」


 明が立ち上がった勢いで、ガラステーブルががたりと動く。テーブルに置かれた手のつけられていないコーヒーが、カップから零れ落ちる。それをじっと見つめていた百合子が、誰にも聞こえないような小さな声でつぶやいた。


「光喜……光喜なのね」








「総ちゃ〜ん!」


 いつの間にか戻っていた家。家の前には奈緒が制服姿のままで立っていた。

 セミロングの髪を今日はゆるく巻いている。タレ目で童顔の奈緒にその髪型はよく似合っていた。


「奈緒」

「総ちゃん、帰ってくるの遅い〜。なしえっちも帰ってこないし〜。今日はバイトなのかなあ」


 立ち尽くす総志朗に駆け寄り、奈緒は上目遣いで総志朗を見つめた。グロスで濡れたように光る唇が艶めいている。


「ね、ラブホ行こうよ。今日ね、バイトの給料入ったからおごるよ!」

「そういう気分じゃないんだ。悪いけど」


 奈緒は口を尖らせて、総志朗の顔を覗き込む。月明かりで見えたその顔は青白く、まるで幽霊のようだった。

 奈緒はごくりとつばを飲み込む。そんな表情は今まで一度も見たことがなかったのだ。


「どうしたのぉ? 総ちゃん、くっら〜い」


 わざと明るい声を出す奈緒。だが、総志朗の表情は変わらない。

 どこも見ていない目。おそらくは奈緒の声さえ彼の心には届いていない。


「奈緒」

「なあに?」


 総志朗の腕に奈緒は手を絡ませた。わざとらしく体を寄せるが、総志朗はやはりぴくりともしない。


「もうやめようか、セフレ」

「え? え? な、なんで? え? 総ちゃん、あたしのこと、嫌いになったの?」

「理由なんかねえよ。もうお前とは会わない」


 絡ませた手を無理やり振り払われる。ずっとそばにいて、初めて見た総志朗の冷たい目。

 

「誰か、好きな人が出来たの?」

「言ったろ? オレは恋人は作らないし、好きな女なんていない」

「じゃあ、なんで?! 納得できないよ!」


 総志朗の手に取りすがろうとするが、それすらも振り払われる。ぎゅっと握られた総志朗の手には、血管が浮いていた。


「悪いけど。奈緒の顔見たくないんだ。もう帰れ」


 言葉が出ず、奈緒は唇を震わせてただ立ちすくんでいた。そんな奈緒を一瞬見つめた後、総志朗は奈緒の横を通り過ぎ、家の中へ入ってしまった。

 無情に聞こえる、施錠の音。


「なんで? 意味わかんない! 総ちゃんのバカッ!」


 奈緒の大声が、静かな住宅街に響き渡る。









 忘れていた。

 気付きたくなかった。

 左目の痛みも、その痛みの思い出も。

 総志朗、そうなんでしょう?

 あなたの中に眠るあの狂気が、目覚めてしまうことをあなたは気付いていたんだね。






 


 



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