CASE4 ダブル:03
登場人物のおさらいです。
加倉総志朗
何でも屋。多重人格者?
浅尾梨恵
総志朗の同居人。大学3年生
黒岩学登
クラブ・フィールドオーナー。総志朗の保護者的存在。総志朗のことを色々知っている?
白岡奈緒
総志朗のセックスフレンド
相馬優喜
今回の依頼人。総志朗の人格の内の1人、光喜とつながりがあるようだが……
光喜
総志朗の人格の1人。だが、相馬光喜という実在の人物でもある?
明
総志朗の人格の1人
渋谷の109の前。
奈緒は買い物をして、るんるん気分で歩いていた。肩にかけた大好きな洋服屋の服が詰まった袋。なかなか重いのだが、あまり気にならない。
たくさん買ったため旅行バッグ並みにでかい袋が街行く人々に当たる。その度に睨まれるが、奈緒は素知らぬふりで歩く。
「ちょっと」
肩をつかまれ、奈緒は口を尖らせながら振り返った。荷物が当たったのを怒っているのか、奈緒の肩をつかんだ男は怒りを露にして、奈緒を睨む。
「ごめんなさい」
謝っておけばいい、そう思って、とりあえず奈緒は頭を下げた。
紺色のブレザーに紺色のネクタイ。眉下までのびた黒い髪が切れ長の目をほんの少し隠している。高校生のその男は、奈緒が謝っても、肩をつかんだ手を弱める様子はなかった。
「好み」
「は?」
くっきりとした二重の瞳が、奈緒を見据える。唇に浮かぶ薄笑い。顔の造形はかっこいいのに、彼はどこか危ない匂いを放っていた。気味が悪い、奈緒はそう思った。
「君、俺の好み」
「え? 意味がわかんないんだけど」
新手のナンパだったのか? 奈緒は訝りながら、男の表情を伺う。
「俺、中央高校の2年で、相馬優喜って言うんだ。もしよかったら、連絡くれよ」
唐突過ぎる言葉の後に、相馬優喜はケータイを肩にかけたバッグから出してきた。
「赤外線で送る」
にっこりと笑う優喜から、気味の悪さがふっと消える。だが、「No」と言わせない威圧さが漂っている気がして、奈緒は仕方なくケータイを取り出した。
「赤外線のやり方、知ってる?」
「うん」
いつもやっていることだ。手早く受信できる準備をした奈緒は、優喜のケータイと自分のケータイの赤外線が出るあたりを合わせる。
『受信中』の画面の後、『受信完了』の画面へ。
満足そうに優喜はまたにっこりと笑って、自分のケータイをバッグに戻した。
「気が向いたらでいいよ。連絡して」
「う、うん」
戸惑いを隠せない奈緒。けれど、自分のメールアドレスも番号も優喜には知られていない。自分が連絡さえしなければ別にそれでいい。平気だ、そう思った。
「じゃ、連絡待ってるから」
颯爽と渋谷の街中に消えていく優喜の後姿を、奈緒はケータイを握り締めながらぼんやりと眺めていた。
もうすぐ12月を迎える東京は、冬の突入を思わせる寒さに包まれていた。
手に持っていたホッカイロ代わりの缶コーヒーはすっかり冷えてしまっている。
「あ〜くそ。オレは何してんだ」
相馬優喜の家を探し当て、彼の帰りを待つこと2時間。辺りはだいぶ暗くなり、かさかさと落ち葉が道路を横断している。
都心から離れれば東京といえども、閑静な住宅街が建ち並ぶ。優喜の家があるこの辺りも静かな住宅街。有名な芸術家が住んでいたことで有名なこの一帯は、高級な一軒家が多く見られる。
優喜の家も裕福な家庭のようで、3階建ての家屋は高い塀で囲まれ、シャッターの閉じた車庫は2台はゆうに入りそうな大きさだ。
そんな場所で木枯らしに身をさらしながら佇んでいることが、『怪しい』と疑われはしないか、総志朗は気が気でない。
「あら、どなた?」
日本美人、そういう言葉が似合いそうな、黒髪の女性が総志朗に声をかけてきた。切れ長の目元が優喜に似ている。母親に間違いない。
「あ、優喜君、います?」
「優喜のお友達?」
「そうです」
そうです、そう答えたが、果たして友達に見えるかどうか。もうすぐ20歳になる自分が、高校生の優喜の友達に見えるとは思えない。唯一の救いは今日は普段着であったこと。パーカーにジーンズの今日の格好なら歳をごまかせるかもしれない。年齢が上がってみえるスーツではなくてよかった。心底そう思った。
「あの子、いつも帰りが遅くて。どこに行ってるか、心配してるのよ。あなた、知ってる?」
「あ〜ええと、その辺ふらふらしてるのは知ってますよ」
ずいぶんテキトウなことを言ってしまっている。けれど、他に言いようがない。総志朗は友達ではないと疑われないように努めようと、真顔を作る。
「そう。本当にあの子はしょうがない子ね……。あ、ごめんなさい。優喜に何か用なの?」
「ちょっと、宿題を写させてもらおうかなあなんて、思ってたんですけど」
ごまかし笑いがこぼれる。愛想笑いだと思われているといいが。
「あの、光喜君、どうしてます?」
総志朗は唐突に出てしまった言葉に慌てて、口を手で覆った。探りをいれようとしたのだが、これでは優喜の友人らしくない。優喜の友人であるなら、彼の双子の兄、光喜が行方不明であることなんて知っていて当然のはずだ。
「光喜? 光喜って、誰かしら?」
「え?」
怪訝そうに眉をしかめる優喜の母。冗談で言っているのではないことは、その真剣な表情でわかる。
「光喜は、優喜の双子の兄なんじゃないんですか?」
「光喜なら、家にいますよ」
優喜の母がにこりと微笑む。辻褄の合わない言葉。どうもおかしい、総志朗は態度には出さないで、心の中で首をかしげる。
「光喜君は行方不明なんですよね?」
「……光喜なら、4年前に交通事故で亡くなりました。あなた、優喜のお友達なのに、知らなかったの?」
光喜を知らないと言い、彼は家にいると言う。なのに、死んだとも言う。どれが真実なのか、全くもってわからない。からかわれているのかとも思うが、そんな嘘をつくような人間にも見えない。
総志朗は困惑し、何を聞いたらいいのかもわからなくなってしまった。
「あれ、来たんだ。こんにちは。ああ、こんばんは、かな?」
戸惑う総志朗の後ろから、聞き覚えのある声。振り返るとそこに、相馬優喜が立っていた。
狂気がほとばしる。
私たちは、翻弄される。
その狂気の渦に。
逃れることも出来ず、のまれることも出来ず。
ただ、溺れないように、必死になりながら。