CASE4 ダブル:02
総志朗は今、とある高校の前に来ている。
紺色のネクタイに、紺色のブレザー。この辺の高校でその制服といえば、今総志朗が来ているこの高校しかなかった。
偏差値は平均より高く、県立高校ではあるが進学校の高校。おそらくこの高校に相馬優喜が通っているのは間違いなかった。
下校時間になったため、ぞろぞろと校門から人が出てくる。
総志朗は出てくる人間ひとりひとりに『相馬優喜』を知らないか、聞いていた。というのも、昨日もこの高校の前で優喜が出てくるのを張っていたのだが、彼は現れなかったのだ。
何日も張るのは億劫なので、聞いてしまえばいいやという短絡的な作戦。
「相馬〜? 2年の相馬のことかな?」
男子高生のひとりが、総志朗の質問を受けて、友人にそう聞いた。
「あ〜。あのたま〜にしか来ないやつだろ。ちょークールなの」
思い当たる人物像がいたのか、友人は首をひねりながらも答えてくれた。
「たぶんそいつ。住所とか知ってるか?」
「住所〜? しらねえけど……」
「家の電話番号は?」
「同じクラスの奴なら連絡網でわかるだろうけど、なあ?」
食い下がって聞く総志朗だが、男子高生の反応は悪い。個人情報がどうたらこうたらで世の中うるさいのだ。そう簡単に教えてしまうことをためらっているのだろう。
「これで、どうだ?」
最悪な手段だが致し方ない。総志朗は5000円をちらつかせる。途端に男子高生たちの顔色が変わる。お互い目を見合わせ、うなずきあった後、「5000円ずつなんだよな?」とせびってきた。
「しょうがない。教えてくれりゃあ、やるから。電話番号ゲットしてきてくれよ」
なんだかカツアゲされている気分だ。総志朗は安易に金をちらつかせたことを、どっぷりと後悔した。
『はい。相馬です』
電話をかけると、上品そうな優しい女の声が聞こえてきた。おそらくは優喜の母親だろう。
「あ、あの。クロニャンヤマトの宅急便なんですけど、そちらにお届けするものがあったんですが、どうやら住所の表記が間違っているようでして。正しい住所を教えていただきたいんですけれども」
『あ、はい。ええと、東京都T区……』
宅配業者を装って住所を聞き出した総志朗。
警戒心の薄い相馬優喜の母親に舌を出しながら、聞き出した住所をメモ帳に記す。
家になら相馬優喜も現れるだろう。会って、少しでもいいから相馬光喜の情報を提供してほしい。
聞き出した住所へと総志朗は向かう。
「学ちゃん、こんばんは」
開店して間もない時間に、梨恵はクラブ・フィールドに訪れた。平日のためか客足は少なく、ホールで踊る人々も10人に満たないようだった。
これなら話が出来る、梨恵はカウンターに肘を置いた。
「けっこう久しぶりだよね? 元気にしてたかい?」
頼んでいないのに、学登は梨恵が好きなシャンディーガフを作ってくれている。弾けるビールとジンジャーエールの泡が交ざってゆく。
「うん。元気。ちょっと、聞きたいことがあって」
「なんだい?」
目の前に細長いグラスに注がれたシャンディーガフをすっと出してくれた。それを受け取り、ごくりと一口飲む。ビールの苦味がほんのり喉に残った。
「私、光喜に会ったんです」
「それで?」
「あいつらを消したいって、言ってたんです。邪魔になる存在だって。……あいつらって複数形で言うってことは、光喜の言う消したい人間って、誰と誰のことをさすの? 総志朗?」
学登が口を開きかけた時、梨恵の横から男が出てきて、学登にジーマを注文した。仕方なく、梨恵は学登が注文を出すのを待つ。
ジーマのビンにライムをさし、客に提供すると、学登はすぐに梨恵と向き直った。だが、何も言おうとはしない。
その沈黙が嫌で、梨恵がまた質問を繰り返した。
「もし、総志朗のことを言っているのだとしたら、総志朗の中にいる人格はまだいるのかな? だから光喜は複数形で言った……。総志朗は多重人格者なの?」
自分の推理を述べていく。真剣な顔つきでそれを聞いていた学登が深いため息をついて、言葉をやっと発する。
「……総志朗はそう、多重人格者だ。総志朗のようにたくさんの別の人格を持つことを、解離性同一性障害って言うんだ。まあ、俺たちがよく言う多重人格のすべてがこれに当てはまるわけじゃないが」
カラン、とシャンディーガフの氷が音を立てる。うるさいはずの音楽が、なぜか遠くで鳴り響くだけで、耳に入ってこない。
梨恵はじっと学登を見据える。
「解離性同一性障害は幼い頃の虐待が原因の場合が多い。子どものころのトラウマから自分の身を守るために別の人格を作り出す。それがきっかけで増殖していくんだ。別の人格が。1人の人間の中に」
学登の顔が苦しそうに歪む。
「だが、総志朗は違う。総志朗の多重人格は、違うんだ。普通の多重人格じゃない。でも、根本は一緒だ。自分を守るために、創り出された」
自分を守るために。その言葉がとても重く感じる。幼い頃、守ってくれる人がいなかったように聞こえたから。
「梨恵ちゃん、総志朗には関わらない方がいい」
「え?」
「総志朗に関わっていたら、巻き添えを食うかもしれない。総も俺も逃げるわけにはいかないんだ。逃げても、問題は総自身の中にある。梨恵ちゃんも奈緒ちゃんも、このまま総志朗のそばにいれば、危険かもしれない。だから……」
続きを言わせる気にはなれなかった。梨恵は学登の言葉をさえぎり、声を荒げた。
「光喜にも同じことを言われたことがあるわ。でも、私は総志朗と暮らしてきて、彼のことを意味もわからず見捨てることなんて出来ない! 関わるななんて言われたら、気になるじゃない! そういう煮え切らない言い方はやめてよ!」
「とにかく、総志朗のことに関わらないでくれ。君のためだ」
そう言って、学登はカウンターから離れ、ホールへと行ってしまった。
ガラス越しに学登を睨みつけるが、学登は素知らぬ顔で、接客をし始めた。
「もう! なんなのよ! わけわかんないっ!」
ダンっとカウンターテーブルをグウで叩く。
隣で談笑していたカップルが、まるで猛獣を遭遇したという顔で梨恵をじろじろと見ていた。
関わらない方が、良かったのかな?
でも、そうなのかもしれない。
あなたを傷つけたのは、私。
私が関わらなかったら、あんなことは起きなかったかもしれないのだから。