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CASE3 犯罪者:12

 ベンツが住宅街の一角で停まった。

 後部座席から篤利と正行が降り、チャイムを鳴らす。インターフォンから「はい」という雑音交じりの声が聞こえてきた。


「ただいま」


 正行が遠慮がちにそう言う。家の中からドタドタと大きな音が聞こえ、勢いよく玄関が開いた。化粧っけのない女――篤利の母――が今にも泣き出しそうな顔でそこにいた。


「おかえりなさい」


 篤利の母は零れ落ちそうな涙を我慢して、正行の前に立つ。よく見ると靴をはいていない。喜びのあまり、それさえも忘れてしまったのだろう。


「……なんかさ」


 運転席から出てきた総志朗に向かって、篤利はつぶやく。泣いたために赤く腫れてしまった目を隠すように、帽子を深くかぶり直した。


「オレって、なにしてたんだろ。お母さんのあの喜びようを見ると、今までグダグダ悩んできたことがバカらしくなるよ。オレもああやって素直に待ってられたら良かったのに」

「いいんだよ、それで。悩んで悩んで悩みぬくことだって、大切なことなんだ。そんで出した結論だろ? どんな結論だったとしても、それがお前の出した答えなんだ。おまえ自身の、ただひとつの答えだ」


 お互いの手を取り、涙ながらに話し込む篤利の父母。それをじっと眺めながら、総志朗はぽそりと言った。


「なあ、篤利」

「ん?」

「お前、知ってたのか? 弾が1発しか入っていないこと。知ってて2発目を撃ったのか?」


 帽子のつばを掴み、うつむく。ほんの数秒の間。篤利は上目遣いで総志朗を見ると、にやりと笑った。


「さあね。……でも、オレは確かにあの瞬間、殺したんだ。……オレの中に住んでた大っ嫌いなニセモノのお父さんを」


 篤利の母親が、総志朗と篤利のほうへ笑顔を向けてきた。幸せそうに頬を赤く染め、涙の跡さえ拭おうとせず、篤利を手招きしている。


「今日はごちそうよ!」


 母親の呼びかけに篤利はうなずく。

 総志朗は「それじゃ」と言って、車に乗り込んだ。エンジンをかけ、サイドブレーキを下ろした時、窓ガラスがコンコンと音をたてる。窓を開けると、篤利が顔を出した。


「オレ、これからもきっといじめられるんだろうけどさ、気にしない。オレはオレ。オレは犯罪者じゃないし、お父さんだって、そりゃ前科一犯だけどさ。それでも、オレのお父さんだし」

「そうだよ。中学に上がれば、また変わるだろうしな。もしそれでもいじめられたら、オレに言えよ」

「どうにかしてくれんの?」

「藁人形の作り方を教えてやる」

「怖えよ、あんた」


 にっと笑って、総志朗はギアをドライブの位置に動かす。その動作を眺めたあと、篤利は言った。


「あんたさ、独りだって言ってたけど、そばにいてくれる人、いるじゃん。あの怖い女の人」

「あ〜、梨恵さん?」

「なしえさんっていうの? 思うにさ、独りが当たり前の奴なんて、この世にいねえよ。独りだって思ってても、どこかにいるじゃん、絶対、誰かが。だから、当たり前なんて言うなよな」


 一瞬、ほんの一瞬ではあった。総志朗がとても真剣な表情を見せた。真一文字に結ばれた唇と、涙が出そうになる手前のような哀しい目。

 けれど彼はすぐに笑ってみせた。わかってる、そう言うように。


「オレ、もうこんな依頼しないから」

「そりゃそうだ。オレじゃなかったら、まじでオヤジ殺されてたんだからな。ま、10万で殺しの依頼受ける奴なんていないだろうけど」


 もうあの表情は総志朗にはない。いつも通りの笑顔を見せ、篤利の肩を叩く。


「ああ、忘れるところだった。これ、返すよ」


 車のダッシュボードから、茶色の封筒を差し出す。篤利が総志朗に手渡した現金が入っていた封筒だった。


「え? でもこれは、依頼料だから」

「お前さあ、契約書、ちゃんと読んだの? もう1回読み直すか? 書いてあっただろ? 失敗したら金は返金だって」

「失敗って……」


 あきれた目をしながら、総志朗はこちらを心配そうに見ている夫婦を指差す。


「オヤジ、ぴんっぴんに生きてんじゃん。これを失敗と言わずしてなんと言う?」

「……そうだけど」

「小学生の持っていい金額じゃねーんだから、さっさとおかーちゃんに返しておけよ? 財布から盗ったんだか、銀行から勝手に下ろしたんだか知らねえけど。小学生の財布に入ってていいのは10円だ」

「それは少なすぎなんだけど」

「オレがお前くらいの時は財布には10円しか入ってなかったぞ。ちびまるこちゃんだって、1日30円だって言ってた」

「ちびまるこちゃんの時代と今の時代を一緒にすんなよ……。つうか、あんたどんだけ貧乏な子どもだったの?」


「うるせっ」と言いながら、総志朗は篤利の帽子のつばをつかむ。そのまま思いっきり下に引っ張り、帽子をさらに深くかぶらせる。

 前が見えなくなってしまった篤利は「うわっ! なにすんだよ!」と文句を言いながら、慌てて帽子を直した。


「じゃ、そういうことで。元気でな」

「あんたも、元気で」


 車の窓を閉める。少しずつ上がっていく窓。だんだんと総志朗の顔が見えなくなってゆく。

 狭まる視界の向こうを必死で覗き込みながら、篤利は大きな声で叫んだ。


「ありがとな!」






「えええええっ! 10万、ゲットできなかったのぉ?!」


 頬に手を当て大声で叫ぶ奈緒の姿は、まるであの有名な絵画、ムンクの叫びのようだ。


「しょうがないでしょ〜。失敗しちゃったんだもん」


 わざと女の子っぽいしゃべり方をして、総志朗は奈緒の真似をする。その姿にさらに奈緒は憤慨して、今度はぷりぷりと頬を膨らませた。


「もう! 総ちゃんなんか嫌い!」

「悪かったって。今度行こうな? 国外は無理だけど、国内で温泉とかさ」

「温泉?!」

「もちろん、混浴で」

「総ちゃん、エッチい〜」


 ベッドの上で寝そべっていた総志朗に、奈緒は飛びつく。パイプベッドが大きく跳ね上がった。


「ね、一緒にお風呂入ろうよ。温泉じゃなくても、総ちゃんと一緒にいられるなら、どこだっていいんだよ。あたし、お風呂でエッチするの、好きだよ」

「あの〜、お取り込み中すいません」


 奈緒と総志朗は声のした方に振り返る。


 あ、これ、いつものパターンじゃん?


 心の中でそう突っ込みながら、総志朗は溢れ出てきた冷や汗をこっそり拭った。

 いつものパターン。そう、怒れる鬼がそこにいた。


「お風呂でエッチねえ。へぇ。あのお風呂、私も使ってるのよねぇ。前にも言ったでしょ? 不純異性交遊はラブホでやれっ!」

「こわあ〜い。PTAのばばあみた〜い」

「奈緒! ばかっ! 余計なこと言うな!」


 鬼の額からにょきにょき生えるは、どでかい角。今日も梨恵の怒りは爆発だ。いっそドリフの雷様になってしまえ。そんな梨恵は、今日もとびっきりの雷を落とすのだった。







The case is completed. Next case……ダブル










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