表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/176

CASE3 犯罪者:11

 強い風のうなる音。その音に混じり、空の果てにまで届く銃声。

 篤利の持つ拳銃から硝煙がたなびくが、風にさらわれ、すぐに消えた。


「篤利……」


 総志朗の言葉と共に、篤利は振りかざした両手をゆっくりと下ろした。小刻みに震える両手は、自分のものではないような気がしてくる。


「オレは、4年間、ずっとずっと、お父さんのせいで虐められてきた。『犯罪者の子ども』。それがオレのレッテルで、いつになっても消えなくて。意地張って隠してきたけど、本当はただつらいだけで! オレが、オレがどれだけつらいって思ってきたか、わかるかよ?!」


 偽物だと思った拳銃から飛び出た本物の弾。一直線に飛び出たその弾の迫力の音に、正行はどさりと尻をついてしまった。

 弾は正行の頭上の彼方へ飛んでいったのだ。


「篤利……。お父さんはすまなかったと思ってる。なあ、篤利。一緒に帰ろう。償いをさせてくれ。今、ここでお前に殺されてしまったら、もうお前に償うことが出来ない。償いは生きていなければ出来ないんだよ」

「そんなの、知らない!」

「篤利、銃を捨ててくれ」


 正行はすり足をするようなかんじで少しずつ篤利に近付いてゆく。篤利は銃口をまた正行に向け、「近寄るな」と牽制するが、正行はその歩みを止めない。


「父さんが死ねば、お前は満足するのか? だったら喜んで死のう。それがお前に対する償いになるなら」


 片手に握っていた銃を両手に持ち、撃鉄に手をかける。手が震えてうまくひけない。それでも撃鉄はがちりと音をたてた。

 その間も正行は篤利のそばへと近付いていた。篤利がようやく顔をあげると、もう正行との距離は1メートルもなかった。


「篤利、3人でまた暮らそう。俺と母さんと、お前。昔みたいに笑えるように、父さん頑張るから」

「また笑える? そんな日がいつくんの? オレは笑えない」


 正行の右手がのび、篤利が握る銃身の部分をつかむ。その手から逃れることは出来たはずなのに、篤利は動くことができなかった。

 

「じゃあ、殺していい。撃て」


 銃身を握ったまま、体を引き寄せ、銃口を自らの心臓部分にあてがった。

 まさかこんな行動に出るとは思っていなかった篤利は、目を丸くして正行を見つめる。


「撃て」


 痙攣のような震えが篤利の全身を襲う。それでも、右手の人差し指は引き金を探す。


「消えちまえばいいんだ。何もかも!」


 篤利は引き金をひいた。






「あれ、奈緒ちゃん」

「こんちゃ〜! 学ちゃん元気ぃ?」


 開店の準備のため、モップで床を磨いていた学登。開けっ放しにしていた店の入り口から、ひょっこりと顔を出した奈緒に笑顔を向ける。


「元気だよ。どうしたんだい? 踊りに来るにはまだ早い時間だろ?」

「う〜ん。ちょっと話したいことがあってぇ……。気のせいかなぁとか、わざわざ学ちゃんに言う必要ないかなぁとか思ってたんだけど〜」


 腰を左右に振りながら小首をかしげ、学登の顔を伺う。制服のスカートがリズミカルに揺れる。

「なに?」と言う顔を学登がした瞬間、奈緒は言った。


「この前ね、渋谷駅で総ちゃんに会ったの。変だったの」

「光喜だったんだろ?」


 学登はモップをテーブルに立てかけると、タバコを手に取った。トントンと叩くと、1本がひょいと顔を出す。それをつかみ、口にくわえる。


「光喜じゃなったんだよぅ」


 くわえたタバコが口からぽろりと落ちた。それを落とさないように差し出した掌の上でタバコは1回飛び跳ね、結局床に落ちてしまった。


「じゃあ、誰だったんだ?」


 タバコを拾いながら尋ねる。バクバクと心臓が脈打つのがわかった。


あきらって言ってたよ。総ちゃん、にじゅうじんかくじゃなくて、さんじゅうじんかくだったのお?」

「……総は三重人格じゃない」

「ええ〜? じゃあ、なんじゅうじんかくなのお?」


 言葉の意味を本当に理解しているのかわからない、奈緒の言葉。事の重大さを認識していない奈緒の言葉はのん気だ。


「その内、わかるかもな。ほら、オレンジジュースやるから、私服に着替えて来い」

「は〜い!」


 軍隊の敬礼のように額に掌を当て、奈緒は事務所の方へ行ってしまった。それを見届けた後、学登は盛大なため息を吐いた。


「……明が出てきたか……。まずいな……」







「そこまでだな。篤利」

 

 天空で風がうなる音がする。

 篤利の手から、銃がぼとりと落ちた。顔中から汗を噴出させていた正行の目線が、アスファルトの上の銃に下りた。


「人を殺して何になる? 篤利、人を殺しても、残るのは苦しみだけだ。父さんを殺して、どうする? 母さんが悲しむだけだ。お前が、苦しむだけだ」


 銃を構えた姿勢のままの篤利の手を、正行は握り締めた。じっとりと湿ったその手は、未だ震えていた。

 総志朗は2人のそばに近付き、落ちた拳銃を拾い上げる。グリップの部分を掴み、両手で銃を弄んだあと、背中のベルトのところに押し込んだ。


「弾は1発しか入ってねーんだよ。篤利。もう意地張るのはやめろって。お前が苦しんできたように、親父だって苦しんできたんだから。本当はそのこと、おまえ自身わかってんだろ?」

「オレ……くやしかったんだ。『犯罪者の子ども』って、『犯罪者』って言われて。言い返したいのに、出来なくて……。オレのお父さんは犯罪者じゃない。オレの、オレのお父さんはそんな人じゃない」


 ぼろりと大粒の涙が篤利の目から零れ落ちた。地面の上に何粒も何粒もまるで雨のように降る。


「オレ、バカだ。こんなことしたって、何も変わらないのに。わかってるのに」


 片手は篤利の手を握ったまま、正行はもう片方の手で篤利の頭に手を置く。


「帰ろう。篤利。お母さんが待ってる」

「うん……」


 ごうごうと吹く風のおかげで、硝煙のにおいはすっかりと消え失せた。

 空を見上げると、雲が目に見てわかる速さで動いていた。










 寂しさの影を。

 切なさの影を。

 私は見ていた。

 あなたは、篤利君の背中に、それを見た。

 でもね、篤利君、笑ってたよ。

 きっと今でも、元気だよ。



  

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ