CASE3 犯罪者:10
午後3時。
刑務所から出てきた男が、看守に一礼し、その場からスタスタと歩き出した。
白髪の増えた髪の毛が、吹き荒む風で乱れる。寒さで身を縮こまらせて歩く男、その男こそ、篤利の父、日岡正行だ。
「ハア〜イ」
黒塗りベンツが正行のすぐ横に停まり、スモークの貼られた窓が開いた。そこから顔を出したのは、キャラメル色のパーマがかかったようにうねる髪質の男。総志朗だった。
知らない男の軽薄な呼びかけ。すぐ真横ではあったが、自分ではないだろうと、正行は歩みを止めない。
「ちょっと、ちょっとちょっと! シカトしないで下さいよ〜」
車が正行の歩調に合わせてゆっくり進む。正行はこの怪しい男を訝しみ、歩みを速めた。
「迎えに来たんですけど。日岡正行さん」
「……君は誰だ?」
怪訝そうな顔をして、正行は歩みを止めた。サングラス越しの総志朗の表情は全くわからない。
「オレのことなんて、ま、どうでもいいでしょ。息子さんの頼みでわざわざ来たんだからさ、乗ってちょーだいよ」
「息子の頼み?」
「そ。篤利君」
自分の名前も、息子の名前も知っている、会ったことも見たこともない男。ジワリと汗が沁み出てくるのを感じる。
「言い方を変えた方がいいかな。息子さんを預かってる。乗ってくれるかな?」
「預かってる?! どういう意味だ?!」
「息子さんの命を預かってる、って言い方でもいいかもね。乗る? 乗らない?」
不適な笑みが、総志朗の口からこぼれた。正行が着ていたジャケットのすそが風によってバサバサと舞う。
「……わかった。篤利のところに連れて行ってくれ」
車で走ること30分。着いた先は周りに何もない工場の跡地。遠くに高速道路の高架だけが見え、あとは野原が続いている。
嫌な場所だ、正行はそう思った。
「篤利はどこだ?! 案内しろ!」
「案内なんかしなくても、ほら」
灰色に汚れたコンクリの建物。今にも崩れ落ちそうな建物のそばにたくさん積み上げられたドラム缶の横から、篤利がすっと姿を現した。
「篤利! 無事か? 怪我は無いか?」
駆け寄ろうとした正行だが、びくりと足を止めた。瞬間、強い風が吹き、ドラム缶のひとつが倒れ、ゴワン、と音を立てる。
「篤利……」
篤利の手に握られたもの。それは紛れも無く、拳銃だったのだ。
「な、何のつもりだ? 篤利! おもちゃだろう? なんでそんなものを持ってるんだ!」
篤利は何も答えず、銃口を父親に向けている。しばらくの間、正行は唖然と篤利を見つめていたが、ちらりと総志朗を横目で見て、指差した。
「この男にたぶらかされたのか?! 篤利!」
「おいおい、おっさん。言いがかりはよしてくれよ。篤利がオレに依頼してきたんだよ。あんたを殺してくれって」
正行の目が大きく見開かれる。信じられない、そういう目で総志朗を見た後、ゆっくりと篤利に視線を戻した。
「篤利、早くやっちまえって。引き金をひくだけ。責任はオレが取るから」
「篤利! どうしてだ?! 父さんが犯罪を犯したからか? どうして! 父さんを殺すのか?!」
風の強い、寒い日。なのに、汗は止まることなく流れ、篤利は震えを隠すことが出来ない。
腕の震えは銃にまで伝わり、銃もカタカタと震えていた。
「篤利!」
悲痛な、正行の叫び。篤利は、ゴクンと唾を飲み込んだ。
「……オレの、お父さんは……悪いことなんてするわけないんだ。オレのお父さんは、お前じゃない。お前なんかじゃない!」
「篤利、お父さんは、過ちを犯した。そのためにお前を苦しめてきたことは謝る。すまなかった。だから、そんなこと言わないでくれ……」
「お前なんか消えちまえばいいんだ! お前がいなくなれば、オレは苦しむことなんか無くなるんだ! 全部お前のせいだ! お前のせいだ!」
「人のせい、ね」
総志朗がぽつりとそう言った。篤利は拳銃を父親に向けたまま、総志朗を睨む。
「なんでもかんでも人のせいにするのは楽だよな。まあ、逆になんでもかんでも自分のせいにするやつもいるけど。誰かのせいにしてりゃあ気が済むなら、楽なもんだ」
この緊迫した雰囲気にそぐわない、のん気な総志朗の言葉。状況を楽しんでいるかのようなその能天気っぷりに、正行も総志朗を見つめてしまった。
「あ、ごめんごめん。邪魔したね。続きどうぞどうぞ」
スススと後ろに下がり、総志朗はのん気に口笛を吹きだした。一体この男はなんなのか、正行には訳がわからない。
「と、とにかく、篤利、その銃を父さんに渡してくれ。そんな危ないもの持っちゃだめだ」
「近付くな……」
一歩一歩、正行は篤利に近付く。なんとか息子の乱心を止めたい。罪を犯すのは自分だけで十分だ。正行と篤利の距離は少しずつ縮まってゆく。
「犯した罪は、償ったんだ。今度はお前に償いたい。いっぱい迷惑をかけたから。だから、消えろなんて言わないでくれ」
「嫌だ……! オレはお父さんなんかいらない! オレのお父さんは、もういない! あんたじゃない! ニセモノは消えろ!」
空気をつんざく重低音が、空を駆けめぐる。吹き荒れる風の音さえ、その時は聞こえなかった。すべてを突き刺すようなその音。銃の発射音だった。
ねえ、怖い?
私は怖い。
犯した罪と向き合うこと。
許しを乞うこと。
だって、罪は消えないし、過ちは償えないかもしれない。
怖い。
本当は怖いよ。
ザ・たっち、ちょっと好きです。「ちょっと! ちょっとちょっと!」よく言ってます(笑)