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CASE3 犯罪者:09

「どうぞ」


 肩まで伸ばした長髪の髪、無造作に生えた髭、一重まぶたの切れ長の瞳。黒いシャツに黒いパンツをはいたその男は、篤利の目には最近流行っている『ちょい悪オヤジ』のように見えた。ただ、『ちょい』ではなく、本当に悪そうな男のような気がしたが。

 その男――黒岩学登が事務室の奥にある物置のドアを開け、篤利と総志朗を待っていた。


「わざわざ呼び出して悪いね、黒岩さん」

「悪いと思ってたのか」

「いや、全然」


「このやろう」と学登は総志朗の頭を軽く叩き、篤利のほうに向き直る。


「いいか? ここのことは他言無用だ。誰かにもし言ったら、お前、殺されるから」

「は?」


 日常会話のような他愛無い言い方で、学登は恐ろしい言葉を吐く。ふわりと口から吐き出されるタバコの煙さえ、毒ガスのような狂気を隠し持っている気がしてくる。

 大きな音を立て、ドアが閉まった。その音に篤利は思わずびくんと身を震わせた。

 薄暗い部屋の右奥の床にあったマンホールの蓋のようなものを学登はこじ開ける。真っ暗なその穴には、階段が見えた。


「暗いから、気をつけろよ」


 学登を先頭に、篤利、総志朗がその階段を下りる。肝試しをしているような、ファンタジーの世界のダンジョンに入り込むような、恐怖感とわくわくが込み上げ、篤利は辺りをきょろきょろと興味津々に眺める。

 階段を下りると、すぐに扉があり、そこを学登が開け、電気をつけた。先ほどまで暗がりにいたから、急な明るさに目がついていかない。


「で、どうするんだ?」

「ん〜、なんでもいいけど。ガキでも使えそうなやつ」

「ガキに使えるやつなんて、ねえよ」


 学登は薄ら笑いながら、部屋へと入っていった。ずらっと並んだ本棚には、びっしりとハードカバーの本が並んでいた。

 こんな部屋に何の用があるのか、篤利には総志朗と学登の会話の意図がつかめず、困惑する。


「ま、これが妥当だな。テレビやら漫画やらでよく出てくるから使いやすいだろ」


 本棚が簡単にぐるりと回転し、本が並ぶちょうど裏側に、びっしりと拳銃が飾ってあった。

 篤利は驚きのあまり、声が出ない。

 そんな篤利を無視し、総志朗と学登はどの本を買うか相談するような気軽さで、拳銃を選んでいる。


「ちょ、え? ま、待てよ! なんだよここ!」

「拳銃倉庫」

「はあ?!」


 当たり前のことを聞くな、とばかりに総志朗は首をかしげ、また拳銃を手に取り、撃つまねまでしている。


「法律違反だろ?!」

「抜け穴なんていくらでもあるだろ? やくざが拳銃持ってるのはなんでだよ?」

「え、て、え? あの人、やくざなの?」


 篤利は学登を震える手で指差す。本当に悪そうだと思ったのは間違いではなかった。


「関係はしてるけど、やくざじゃねえよ。ああ、でもこういうことをしてるってことはやくざなのかもな」


 学登は楽しそうにそう笑って、総志朗の手に拳銃と弾丸をひとつ手渡した。

 リボルバー式のその拳銃。回転式弾倉に弾丸をひとつ入れながら、総志朗も学登と同じように笑った。


「ってことで、はい」

「え?」


 思わずそれを受け取ってしまった。ずっしりと重い拳銃が両手の上に乗っている。


「え? え? え?」

「そっちの奥で試し撃ちも出来るぞ? 練習しとく?」

「え? え? え?」

「さっき言ったろ? 自分のことは自分でする。父ちゃんに教わったろ?」

「え、えーーー?!」

 

 混乱の極みで何を言っていいのかわからない。篤利の手の上に乗った拳銃は、爆弾を持ってしまったかのように手の上をポンポンと飛んでいた。

 それをようやくしっかりと掴み、篤利は大きく深呼吸をした。


「ふ、ふざけんな! 依頼と違うだろ!」

「違う? 何も違っちゃいねえよ。ほれ、よく読め」


 総志朗のスーツの内ポケットから、3枚の紙が出てくる。先日書いた契約書だった。

 拳銃を総志朗に預け、その契約書を受け取る。受け取る手がわずかに震えていた。

 細かい字の羅列。前はあまりの細かさに読む気が失せ、全く読んでいない。だが、今は食い入るようにその字をすばやく目で追っていく。


『父親を自らの手で殺害する』


 その一文が、目に入った。まさか、そう思って、その文の前後をまた読む。


『乙は甲の依頼に関し、補助をするのみとし、甲は父親を自らの手で殺害する。以上を甲乙間の契約とし、』


「なんだよ! 甲とか乙とか! それに、これ、なんだよ、これ!」

「あっくん、人生経験がひとつ増えたね! 契約書はよく読んでからサインよ」


 にっこり、と悪魔の笑顔を浮かべる総志朗。

 落ち度は篤利にあることは明白の事実。だが、こんなやり方は、悪徳以外の何ものでもないと、篤利はキッと総志朗を睨んだ。


「あんた、一体何者なんだよ……」


 がくりと膝をつき、うなだれる篤利の正面に立ち、総志朗はぱっちりとウィンクした。


「オレ? オレは何でも屋さんよ。そう、何でもする」









 詐欺師まがいのやり方。

 それなのに、たまに誠実で。

 あなたは、『何でも屋』という仕事を楽しんでた。

 あなたにとって、仕事は支えだったんだ。

 生きるための、『加倉総志朗』として生きるための、支え。

 そういうあなたが、私、大好きだったよ。

 心から、大好きだったよ。




契約書はよく読みましょう。篤利のような目にあわないように。

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