CASE3 犯罪者:08
「ゆう君、お友達来てるの?」
「うん。おやつ、よろしく!」
あれは、いつのことだったか。ああ、そうだ。オヤジが捕まってすぐ。4年前。8歳の時。
「なんで?! そんなの関係ないじゃん!」
「でも、関わってほしくないのよ。お母さんは」
「あっくんには関係ないじゃん! 親がやったことだろ?!」
仲良くなった友達の家での、1コマ。忘れたくても、忘れることが出来ない思い出。
オレを見た友達の母親は、友達――ゆう君を呼び出して、言ったんだ。
「あの子とは遊ぶな」
犯罪を犯した人間の子ども。関わって悪い噂が立つのが嫌だったんだろう。聞こえてきてしまった言葉の数々が、苦しかった。
けど、ゆう君は「関係ない」と言ってくれた。大人がなんて言ったとしても、友情にひびが入ることはないって信じてた。
けれど。
ゆう君は、次の日からオレを無視し始めた。親になに言われたかは知らないけど、意外と簡単にひびは入るらしい。
「あいつは犯罪者の子どもだから。関わんない方がいいぞ」
オヤジがいなければ。こんな目に会うことなんてなかったのに。
オヤジが嫌いだ。いなくなってしまえばいい。
この世から、消えてしまえばいいんだ。
依頼実行の日。その日は訪れた。
スーツに袖を通し、ネクタイをぎゅっとしめる。今日はストライプのシャツにストライプのネクタイ。
コーヒー色のサングラスをかけ、家を出る。晴れ渡った上天気。仕事をするには最高の天気だ。
繁華街は若者たちで、ほどよく賑わっていた。「学校は?」と思わず聞きたくなる出で立ちの少年少女が、人ごみをなんのそのと道いっぱいに広がって歩いている。
そんな人の壁を抜けて、総志朗はクラブ・フィールドへとやって来た。開店前の時は、裏口から。ポケットにあるはずのカギを探しながら、裏口の方へ回ると、ドアに寄りかかって座る少年の姿が目に入った。
「あっくん?」
「あっくんて呼ぶな」
「早かったね。学校は?」
「さぼった」
『NY』のロゴ入りのキャップをかぶり直し、篤利は立ち上がる。足がしびれていたのか、「いってぇ」と文句をたれた。
「あのさ、のん気にお茶してる時間なんて無いんだけど。オヤジ、3時に刑務所出るんだよ」
「知ってるよ。まだ12時じゃん。大丈夫!」
フィールドのカウンターにいつものように勝手に入り込み、総志朗はアップルジュースを篤利に差し出し、自分もジュースを勢いよく体に流し込む。
喉が渇いていた総志朗は「ぷはあ」とあっという間に全部飲んでしまった。
「最近どうよ?」
「はあ?」
「この前、学校で会った時はいじめられてたろ? まだいじめられてんの?」
「……うっせぇ」
アップルジュースを飲もうとコップに手をかけようとしていたのに、篤利はそれを止めて、うつむく。
テーブルに置かれた手はグウに強く握られていた。
「友達ゼロ?」
「いらねーよ、友達なんて。親が悪いことしてたってだけで、オレのこと避けるような奴、友達なんかじゃねえ」
ドン、とテーブルを叩いた。むかつく思い出が脳裏をよぎり、腹が立ってくる。
「うわべだけの友達なんて、いてもいなくても一緒だよな」
「帰っていい? オレ、あんたとこんな話するつもりないんだけど」
「まあまあ。世間話でもしようや」
のん気な総志朗の声が癇に障る。何がしたいのか、わからない。篤利はイライラとする気持ちを抑え、アップルジュースを一口飲んだ。
甘ったるい味が、今日は苦々しい。
「オレの話、していい?」
殺伐とした空気が流れているはずなのに、総志朗はそれに気付いているのかいないのか、笑顔を崩すことはない。実に楽しそうだ。
「オレ、あんまり人と深く関わりたくないんだよね」
「話していいって、言ってないけど」
「まあ、聞けって」
何を言っても無駄だ、そう悟って、篤利はつまらなそうに頬杖をついた。口がへの字に歪む。
「本音を吐ける友達も大切にしたい恋人も、オレは作らない。親もいない。べつにそれは苦じゃない。それがオレにとっては当たり前だからだ」
サングラスがちょうど篤利の手のすぐ横に置かれる。篤利はサングラスに目線を落とした後、そっと総志朗の目をのぞき見た。
あまり見たことがない、緑色の交ざった茶色の瞳。色素が薄いせいとは思うが、日本人とは思えないその色に、つい見入ってしまう。
「でも、時々、孤独を感じるよ。オレはなんのためにこの世にいるんだろう。オレなんかいなくなってもいいんじゃないかって。だからこそ、こんな仕事をして、自分の存在意義ってのを確かめてんのかもしれない」
篤利の視線に気付き、総志朗はにやりと笑う。気まずくなって篤利はすぐに下を向き、帽子をまたかぶり直した。
「お前はさ、オレみたいになっちゃだめなんだよ。ひとりでいることを当たり前だと思っちゃだめなんだ。お前、何がつらいんだ? 友達がいないこと?」
「違う」
「じゃあ、父親が横領をしたこと?」
「違う」
「……父親がそばにいないこと?」
篤利が勢いよく顔を上げた。顔を真っ赤にし、唇を噛み、握り締めていた手はいっそう強く握られている。
「そんなわけないだろ! あんなくそやろうは死ねばいいんだ! もう帰る!」
篤利は立ち上がり、ドアの方向へ向かってずんずんと歩き出した。
「はいはい。短気は損気〜」
ひょいと出てきた総志朗の足に、篤利は思いっきりつまずく。危うくこけそうになったが、目の前にテーブルがあったため、そこに手をかけて、なんとかこけずにすんだ。
「てめっ! なにすんだよ!」
「来い」
「はあ?!」
「自分のことは自分でする! 父ちゃんに教わんなかったか?」
「はああ?!」
あなたは言う。
ひとりでいることが当たり前なのだ、と。
あなたは優しいから、その道を選んだ。
誰も傷つけたくなくて、あなたが選んだ道。
けれど、誰とも関わらずに生きることなんて、誰にも出来やしない。
だからこそ、すべては起こるべくして起こったこと。
あなたがそうしたんじゃない。
私がそうさせたの。
私のせいなんだよ。