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CASE3 犯罪者:06

「双子の兄、ね」


 双子といわれれば、誰でももう1人同じ顔をした人間がいるのかと思うだろう。総志朗もそう思って、彼の顔を凝視する。

 制服であることや、まだ線の細さが残る体格からして、高校生であることは確かだ。さらさらの黒髪は目にかかる程度。つりあがり気味の眉毛とくっきりとした二重の涼しげな目元。女の子にもてるタイプの顔立ちをした男の子だ。

 気にかかるのは、常に人を小ばかにしたような笑みを湛える口元。人を蔑んで笑う、そんな時に誰もがするであろう、嫌な笑い。


「あんたの名前は?」

「俺は、相馬優喜」


 記憶の底辺に眠る何かが、ざわついた。


 こいつ、見たことがある? 知ってる? いや、知らない。会ったこともない。見たこともない。


 即座に否定する。否定しなければならない気がした。


「……で、その、双子の光喜? そいつはいついなくなったの?」

「4年前。ええと、13歳の時だね」

「中1の時ってことか? それ以来行方不明なのか?」


 中学1年生で行方不明。そんな年齢で行方不明とくれば、誘拐が相場。生きている見込みは少ない気がして、総志朗は眉間にしわを寄せた。


「これ、ケータイの番号。見つかったら電話して。それじゃ」

「え? ちょ、待て」


 ドアの方に向かっていた優喜が振り返る。その顔は逆光でよく見えない。それでも、口元にはあの嫌な笑いが浮かんでいることはわかった。

 ぞくりと鳥肌が立つ。あの顔をどこかで見たことがある。どこで――

 カウンターにどかりと座り、総志朗は頭をぼりぼりとかいた。

 

「くそっ。なんなんだよ……」


 手元に残った、優喜のケータイナンバーが書いてある紙をぐしゃりと握りつぶす。








「もう22時だぞ。その依頼人、来ないんじゃないのか?」


 腕時計で時間を確認しながら、学登がつぶやいた。

 爆音のホールは壁一枚向こう。それなのに、ドリンクカウンターのこの場所にまで、大きな音は響き、小声では会話が出来ない。


「それならそれでいいんだよ。もうひとつ依頼来たしね」

「へえ! 珍しく繁盛してるじゃないか」

「珍しくとは失礼な! いや、珍しいんだけどさ」


 ふくれっ面になりながら、そう答える総志朗の顔が面白かったらしく、学登は歯を見せて笑った。


「梨恵さんが広報してくれたおかげ。ほんと、あの子は世話焼きね」

「いい嫁さん、もらったじゃねーか」

「冗談きついよ。梨恵さんはおかーさん役で十分だって」

「美人で気立てが良くて、世話焼きなんて、なかなかいないぞ」


 にやにやとオヤジっぽい笑いを浮かべたままの学登の発言に呆れて、総志朗は頬杖をつく。

 隣にいた青年が学登が作ったレッドアイを受けとって、さっさとホールの方へ去っていった。その後姿を見送りながら、学登は音楽にかき消されるくらいの小さな声で言った。


「……でも、情は持つなよ。わかってるな?」


 あまりに真剣で冷静な言葉。がんがんに聞こえた音楽が一瞬遠ざかり、その囁きだけが、耳元に残る。淡い夢から、過酷な現実へ呼び戻されたような切なさが込み上げる。


「わかってる」

 

 ポンと、ふいに肩を叩かれ、総志朗はびくりと肩を震わせた。びびってしまったことが気恥ずかしくて、おそるおそる振り返ると、フロント係のスーツの男が、「依頼人の方、来ましたよ」と入り口を指差した。







「来ちゃったか〜」

 

 裏口へ案内し、事務室へと入る。開きっぱなしのノートパソコンを閉じ、長テーブルの椅子をひいて、篤利に座るように促した。


「オヤジ、火曜に出所するらしい。家に帰ってくる前に、やって」


 そう言いながら、篤利は帽子を深くかぶり直す。そのせいで表情が見えない。いや、見せないために帽子をかぶっているのだろう。


「わかった。じゃあ、この契約書にサインくれ」


 総志朗はノートパソコンのすぐそばに置いてあった3枚の紙を、篤利に手渡した。

 1枚目は住所や電話番号、名前を記入する欄があるだけ。欄の上に『同意します』とだけ記されている。2,3枚目は文字の羅列。読む気にもなれない細かい字が紙面いっぱいにびっしり並んでいた。

 文字を文字と思えないその紙を、篤利は読むことなく、目を背ける。どうせろくなことは書いていないだろう、そう思ったのだ。


「報酬は後払いでいい。きっちり10万。いいな?」

「うん」

「じゃあ、ここにサインしろ」


 字が並んだ紙の方をぽいと放って、記入欄のある紙だけを手元に置き、篤利はサインを書いた。

 それを確認して、総志朗はにっこりと極上の笑みを浮かべ、曲がったネクタイを直した。


「じゃあ、契約成立ってことで。手順の話をしたいから、火曜にまたここに来てくれるか?」

「わかった」

「そんでは、火曜ね〜」


 のん気に手を振る総志朗の姿に、篤利は一抹の不安を覚える。だが、契約はしてしまった。後戻りは出来ない。

 不安を胸の上で握る手の中で握りつぶし、篤利はクラブ・フィールドをあとにした。







 篤利君に話した、あの話を覚えてる?

 「オレは独りだ」と。「それが当たり前なんだ」と、そう言ったことを、覚えてる?

 独りではないことに、気付いていたでしょう?

 それでも、独りで在らねばならなかったあなたの気持ちを思うと、胸がしめつけられるよ。

 そして、独りにしてしまった――。

 ねえ、総志朗。

 私、時々、たまらなく寂しくなるよ。孤独を感じるよ。

 あなたが、そばにいないから。



 


 


 

総志朗の人格のひとつである光喜を探せと言う、優喜の真意は?



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