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CASE3 犯罪者:05

日曜日の朝、スーツを身につけた総志朗は、鏡の前でピンとはねた寝癖を直していた。


「あれ? 総志朗、どっか行くの?」

「ん? まあね。フィールドに行くんだ」

「ふーん……。そういえば、昨日何時に帰ってきたの? 私が寝た後でしょ?」

 

 ついそんなことを聞いてしまった梨恵。なんだか母親のようだ。


「覚えてないんだよね〜。酒飲んで記憶とんだのかも」

「そう……」


 ふと、梨恵は光喜のことを思い出した。彼とは一度会ったきりだ。だが、のどに引っかかった魚の骨のように、彼のことがちくちくと思い出される。


 二重人格とかって、他の人格が出てる時はその時の記憶、無いんだよね……。光喜になっていた……?


 溢れ出る疑問で、梨恵はぼうっとしてしまった。鏡の向こうから、総志朗が不思議そうに梨恵を見ていることに気付き、梨恵は曖昧に笑う。


「寝癖、直してあげる」


 ごまかすために、寝癖直しのスプレーを取って、総志朗の髪の毛にしゅっと吹きかけた。飛び出た液体が目に入ったのか、総志朗は片目をつぶる。


「私も、フィールド行っていい? 今日はやることなくて暇なの」

「お、いいよ。篤利に会うんだけどさ」

「ああ。あの目つきの悪い子ね。邪魔にならないように、あの子が来る頃には買い物でも行くから」


 準備を全くしていなかった梨恵は、総志朗の寝癖を適当に直して、足早に自分の部屋へ戻っていった。









 11時過ぎ。フィールドには誰も来ていないようで、表の入り口も、従業員用の裏口もしっかりと戸締まりされていた。


「どうするの?」

「ご心配なく」


 まるでドラえもんがポケットから道具を出す時のように、総志朗は「フィールドのカギ〜」と言って、ポケットからカギを出してきた。


「あれ、笑わないの?」

「面白くないし」


 チェッと口を尖らせながら、総志朗は裏口のカギを開ける。


「なんで裏口のカギ、持ってんのよ。まさか……」

「なんだその疑いの目! 黒岩さんからもらったんだよ!」

「あんたら、合鍵持つ仲なの? ホモ?」

「そっちの方向を疑うの?!」


 大げさに手をあげて笑いながら、総志朗は中へと入り、ホールへと向かう。光が入ってこないように設計されたクラブのホールは昼近くといえども、真っ暗だ。

 電気をつけると、パッと店内は明るくなった。普段から薄暗い店内がこうも明るいと、しょっちゅう来ているとはいえ別の場所のよう。梨恵は居心地悪そうに、カウンター周辺をうろつく。


「篤利君、いつ来るの?」

「時間の指定はしてないし、来るかどうかもわかんね」

「はあ?」


 表口のカギをあけ、二重のドアをひとつずつ開けていくと、11月の少し冷えた風が店内に入り込んできた。


「あの子、どうするのかしら? 本当に父親を殺したいのかしら?」

「さあ。ガキの考えることは俺にはさっぱりだね」


 空気の入れ替えのため、ドアを開けっ放しにして、総志朗は梨恵の近くまで戻ってくる。

 カウンターに入り、勝手に冷蔵庫から、オレンジジュースを取り出した。


「でも、心理学にもあるのよ。『父殺し』って」

「なにそれ?」

「専門じゃないから、よく知らないけど。子どもはね、父親に反抗して、自立しようとするの。父親の権威を否定して、自分のやりかたで生きようってことね。これを心理学では『父殺し』っていうのよ。敵わない父親を乗り越えたとき、子どもは大人になるの。あの子もさ、そういう時期なんじゃないかな?」


 オレンジジュースをグラスに注ぎ、ひとつを梨恵に渡す。梨恵は、「ありがと。でも、勝手に飲んでいいの?」と言いながら、グビグビとそれを飲む。


「手助けしてあげなきゃね。ああいう年頃の子は、一歩間違えればあっという間にヤンキーになっちゃうから。ちゃんとまっすぐ歩けるように手助けするのが、周りにいる大人の役目なんだから」

「梨恵さんて、大人ね」

「あんたよりはね。さて、私、買い物行くわ」

「え? もう?」


 飲み干したジュースグラスを置いて、「買い物したくなったから」と梨恵は行ってしまった。





 梨恵が出て行ってしまい、総志朗はオレンジジュースの入ったグラスを片手に、カウンターに肘をついた。今日は待ち人をひたすら待つ日。1日が長そうだ。

 その時、開けっ放しのドアから人影が揺れた。


「梨恵さん?」


 横目でそれを確認する。影がこつこつと靴音をたて、店内に侵入してくる。


「悪いけど、開店してないよ」


 影の形は梨恵ではない。篤利でもない。


「あんた、何でも屋でしょ?」


 制服を身にまとった青年。目にかかる長さの黒髪が、風に吹かれる。


「そうだけど」

「依頼なんだけど。これ、人づてにもらって」


 男の手にある総志朗の何でも屋の名刺が、ドアから差し込む光に当たって白く光る。


「まじ? なに? なんでもやりまっせ!」


 思わず笑みがこぼれる。うまくいけば一気にふたつの依頼をゲットできる。総志朗は嬉しくてたまらない。


「人を探してほしいんだ」

「人探し? どういう人?」


 男はクツクツと喉を鳴らして笑う。不気味な笑い方。


「相馬光喜。俺の双子の兄なんだ」









 悪夢。

 そうだ。これは悪い夢。

 覚めない悪夢に今も私はうなされている。

 光喜。そして、優喜。

 彼らが引き起こす悪夢は、覚めることがない。

 総志朗。

 どうか、戻ってきて。

 私のところへ。

 待っているから。


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