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CASE3 犯罪者:03

「篤利、話があるの」


 階段を上って自分の部屋に行こうとしていた篤利は足を止めた。母親のいつも以上の真剣な表情に、手すりをつかんだ手に力が入る。


「なに?」


 なるべく無表情を装って、問いかけた。けれど、口元がひくつくのを感じる。


「あのね、お父さん、来週出所するの」

「早くない?」

「もう4年よ。早くなんてない」


 母親の表情を見ることが出来ず、篤利は手すりをつかんだ手だけを見つめる。

 言葉を発しようとして、口をいったん開き、また閉じた。ちらりと母親を見ると、眉尻を下げて、今にも泣き出しそうな悲しい表情をしていた。


「帰ってこなくていいのに」

「……篤利」

「あんなやつ、死んじまえばいいのに!」

「篤利!」


 母親の表情があっという間に悲痛なものに変わる。言ったことを後悔しつつも、間違っていないと、篤利は奥歯を噛み締める。

 父親のせいで、この4年間、苦い思いをしてきた。思い出さえも薄くなった父親に対して、今更母のような思慕を持つことなんて出来ない。


「……くそおやじ」







 太陽も少しずつ傾き始めた16時過ぎ。総志朗は東小の前に来ていた。ランドセルを背負った子どもたちが、校門前に立つサングラスにスーツといったあやしい格好の男を不審そうに凝視してゆく。その視線を全く気にせず、総志朗は篤利が出てくるのを待っていた。


「おい! おーりょー!」


 子どもの悪意に満ちた言葉が背中から聞こえて、総志朗は振り返った。帽子を目深にかぶった篤利と、篤利を後ろから蹴る少年の姿が目に入る。


「っつ……。てめ、ふざけんな」

「ふざけてねえよ! 学校くんじゃねえよ、犯罪者!」


 子どもってのは、意外と怖いね。


 総志朗はそう思いながら、サングラスを取って胸ポケットに突っ込む。そのまま、篤利の元へ歩き出した。


「どーどー。ちょおっといいか〜い?」


 にらみ合う2人の少年の間に割って入る。篤利の表情は帽子のせいでよくわからなかったが、もう1人の少年は、目を見開いて呆然としている。


「この子、借りてっていい?」

「え?! あ、え?」


 少年はただ唖然として、総志朗と篤利を交互に見る。20前後の若い男と篤利がどんな関係なのか見当もつかない様子で、口をパクパクと動かしていた。


「じゃ、あっくん、行くか」

「あ、あっくん?!」


 篤利の肩を引っつかみ、無理やり歩かせる。篤利が顔を上げたので、その表情を見ることが出来た。何が起こっているのか理解できず、困惑しているようだ。


「依頼の件、話を聞こう」


 低い声で総志朗がそう言うと、篤利は下唇をぐっと噛んだ。






 近くの公園へとやって来た2人。サッカーをする子供たちの歓声が木霊し、ブランコに乗った女の子がひそひそと何かしゃべっている。

 その脇を通り過ぎ、総志朗は自動販売機でコーラを2本買うと、1本を篤利に手渡した。


「しけてんなあ。普通、喫茶店とか入らねえ?」

「まあいいでないの。こんななりの男と小学生が喫茶店なんかにいたら、怪しいし」

「そりゃま、そうだけど」


 コーラを受け取り、蓋を開けると、しゅわしゅわと炭酸が音を出す。それをごくりと飲み込むと、きつい炭酸で喉が少し痛んだ。


「……オレのおやじ」

「うん」


 11月の秋空。少しずつ赤に染まってきた楓の葉っぱのその上には、さらに赤く染まりつつある空が広がっている。

 そばにあったジャングルジムに篤利は登って、なるべく空に近い場所に移動する。その下で、総志朗はジャングルジムに寄りかかった。


「横領ってやつ、やらかしてさ。懲役4年。……友達の会社助けるために、自分の会社から金を取って、その友達にあげてたんだってさ。馬鹿みてえじゃねえ?」

「そのせいで、いじめにあってる?」

「……そうだね」

「それで、おやじが憎い?」


 篤利はコーラをまたグビリと飲み込んだ。さっきより、喉がひりひりする。


「大嫌いだ。あんなやつ。……あんたにはわかんないだろうけど」

「……ま、確かにオレにゃ、わかんねえよ。オレ、親いないし」

「え」


 転がってきたサッカーボールを総志朗は蹴った。ボールを取りに来た子どもの足元にちょうど転がり、子どもは帽子を取って一礼し、サッカーをする輪の中に戻ってゆく。


「親いないって?」

「いないもんはいないのよ」

「ごめん。悪いこと聞いた」


 素直に謝る篤利。口調も態度も悪い少年の謝罪の言葉に驚いて、総志朗はジャングルジムの頂点に座る篤利を見上げた。


「とにかくさ、依頼は受けるよ。日曜日にここに来い」

 

 内ポケットから名刺を出し、ジャングルジムの真横にある砂場にそれを突き刺す。

 

「オレは受けた依頼は必ずやる。たとえそれが人殺しでも、だ。おやじを失いたくないってひとっかけらでも思ってんなら、来なくていい。それで契約は破棄だ。でも、来たら契約は成立する。お前の言うとおりにしよう。どうするか、よく考えとけ」


 胸ポケットにしまったサングラスを再びかけて、歩き出す総志朗。細身のスーツに包まれたその背中を篤利はじっと見つめていた。

 総志朗が公園の入り口まで行ってしまったところで、ジャングルジムから飛び降りる。高さがあったせいで、ひざが少し痛かった。


「何でも屋 加倉総志朗……」


 名刺を取り、そこに書かれた字を目でゆっくりと追ってゆく。

 夜の闇が迫りくる。冷たい風が名刺を持った手を震わせた。









 乗り越えなければいけない存在がある。

 いつかは越えなければいけない壁がある。

 立ち向かい、戦って、子どもは大人になってゆく。

 総志朗。

 あなたが乗り越えなければいけない存在は大きくて。

 超えなければいけない壁は、高かった。

 それでも、それに挑んでいく姿を、私は忘れることが出来ない。

 私、わかってるよ。

 あなたは弱くなんてない。弱くなんか、ないよ。

 



遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。


年始は更新が出来ず、申し訳ありませんでした。

大体週1更新で今年もやっていこうと思います(^^)

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