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CASE1 ゲーマー:01

ご意見、ご感想いただけるとうれしいです。

「総ちゃんって意外と筋肉質だよね〜」


 間延びしたしゃべり方をする女が、男の腕を甘えるようになでる。


「意外とは失礼な」

「だって総ちゃん、ぱっと見、線細いじゃん」


 総ちゃん――そう呼ばれた男の名前は、加倉総志朗。

 彼は今、誰も住んでいない古びた家に忍び込んで、女と抱き合っていた。

 古びてはいたが、最近まで誰かが住んでいたと思われるその家に、総志朗は勝手に入り込んで住んでいるのだ。


「ね、ね。総ちゃん、次はいつ会えるぅ?」

「ん〜暇だから、いつでも。オレ、シャワー浴びてくる」


 総志朗は立ち上がると、風呂場へ向かう。

 この家の主が出て行ったのはつい最近のことなのだろう。

 水もガスも止められていないため、風呂場も使うことが出来るのだ。

 シャワーを浴びていると、先ほどまで寝ていた女――白岡奈緒がドア越しに話しかけてきた。


「ねー総ちゃん! 誰か来たみたいだよ〜。玄関バンバンたたいてる〜」

「はあ? まじで? わかった。オレ出るわ」


 家主かも。


 総志朗は嫌な予感に頭を抱えつつ、腰にバスタオルだけを巻いて、風呂場を出る。

 玄関の方で女の怒声とドアを叩く音が聞こえてきた。


 せっかくいい寝場所見つけたのに……


 せっかく行き着くことが出来た極楽浄土から、とうとう出て行かなければいけなくなってしまった心境だ。舌打ちして、玄関に向かう。

 玄関の鍵は壊れていたので、総志朗は代わりに南京錠を買ってきてつけていた。そのため開かないドアを「ちょっとー! なんで開かないのよっ!」と叫びながら、玄関の向こうで女がびしばし叩いているのがわかった。

 靴箱の上に置いておいた南京錠の鍵を取り、鍵をはずしてドアを開ける。


「え?! 開いたっ! ……って誰よあんた」


 おばさんがいるだろうと思っていた総志朗の予想に反して、意外にも若い20歳前後の女が、そこにいた。

 女は目を丸くして、総志朗を食い入るように見つめている。


「あんたこそ、ダレ?」


 とりあえず、しらばっくれよう。笑ってごまかそう。総志朗はにっこりと笑顔を浮かべて、女を見つめ返す。


「私はこの家の持ち主の孫よ! あんた、誰の許可受けてここにいんの?! それにその格好……」


 そう言われて、総志朗は自分の格好を改めて見てみた。バスタオルだけ巻いた半裸状態。確かに人に見せるような格好じゃない。


「スンマセン。つい」

「ついって意味わかんないから。だから、なんでここにいんの?!」


 ウェーブかかった長い髪をポニーテールにしたその女は、背も高く美人だ。はっきりとした大きな瞳を長い睫毛が覆い、唇はぽってりとしていて、色っぽい。

 なのに、この気の強さ。

 もったいないな、と総志朗はにやけた。


「聞いてんの?!」

「あ、ごめん。聞いてなかった。悪いね〜。勝手に借りてて」

「貸した覚えないんですけど。出てってよ」


 強硬な態度の女に、総志朗はにじり寄る。にじり寄った分だけ、女は上体を後ろにそらしたが、足は逃げまいと動くことはない。


「出てけって言われてもさ〜。オレ、住むところなくって」


 頭をポリポリかいて、ごまかし笑いをするが、女は眉間にしわを寄せて怒りをあらわにしている。笑ってごまかせ作戦はどうやら効きそうにない。


「人のうちに勝手に住みつかないでよ!」

「おねーさん、名前なに? オレ、加倉総志朗」

「人の話聞いてる?!」


 飄々としたこの男にかなりの不信感を抱いてはいるようだ。だが、名前を名乗られた以上は名乗り返すのが礼儀。女は不承不承ながらも、自身の名を名乗った。


「私は浅尾梨恵。この家は私の祖父が独り暮らししていた家よ。今は入院しているから住んでないけど、八月から私が代わりにここに住むの。だから、出て行ってくれないと困るのよ」


 名前を名乗ったら少し冷静になったのか、女――梨恵の口調が和らぐ。フウと一息ついて、総志朗の反応を待つ。


「んーそっかぁ。わかった。じゃあ、一日ちょうだい」


 これでもかという笑顔を向ける総志朗。笑ってごまかせ作戦、継続中だ。

 梨恵は一瞬、総志朗の緑がかった茶色の不思議な色をした瞳に、思わず惹きつけられそうになった。

 よく見ると、この男、かなりかっこいいのだ。色白だが、ほどよく引き締まった筋肉質な体。整った外見は色素が薄いせいかハーフのようにも見える。


「一日くれるの? くれないの? 準備しなきゃいけないからさ」

「え? ああ……」


 頬を赤く染めてしまった梨恵は、頬を片手で覆いながら考え込む。


「じゃあ、一日だけよ。また明日来るわ。……絶対出てってよね」

「だいじょーぶ! だいじょーぶ! オレ、約束は守るよ!」


 信用できない匂いがぷんぷんだ。

 けれど、今日はどうすることも出来ないだろう。それを理解した梨恵は、とりあえずは信用することにしたようで、大きなため息をつく。

 だが、疑いの目を向けたまま。

 ここはいったん帰ろうと、梨恵が一歩下がったその時、総志朗の後ろから女が一人、顔を出した。


「総ちゃ〜ん! なに話し込んでんのぉ? 彼女ぉ?」

 総志朗に後ろから抱きつき、梨恵に笑顔を送るこの女は、どう見ても高校生だ。

 半裸の男と、女がひとり。

 ここで何をしていたかは、梨恵にも容易に想像がついたのだろう。あからさまに眉をしかめた。

 梨恵は総志朗を蔑んでにらむが、総志朗は全くそれを気にせず、にやにやと笑う。


「じゃあ、明日」


 総志朗はとっとと扉を閉め、家の中に逃げ込んだのだった。





 玄関は固く閉ざされてしまった。

 

 これって、うまく逃げられた?

 

 そう思うと、がくりと肩が下がる。梨恵は足音をわざとでかくして立ち去ってみるが、反応は当然のごとく無い。

 門を出たあとで、ふと立ち止まり、振り返る。


 さっき、あの女の子、私のこと『彼女?』って聞いた。ってことはあの子はあの男の彼女じゃないの? それにしたってあのいちゃつき具合……恋人ぽかったけど。なんにしても変なやつら!


 とんでもないのと関わってしまったかも、と梨恵はふつふつとまた沸いてきた怒りを抑えて、歩き出した。







 総志朗と初めて会った時の印象は最悪だった。

 でも、総志朗と出会ったこと、後悔してない。

 宝物を、くれたから。


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