CASE3 犯罪者:01
「俺のシャーペン、無いんだけど」
「は?」
「お前が盗ったんじゃねーの?」
放課後の教室。ランドセルに教科書をつめこんだり、上着をはおったりして帰り支度をしている生徒の傍らで、1人の少年がキャップを深くかぶった少年の胸倉をつかんでいた。
教室は静まり返り、皆の視線が2人の少年に集まる。
「なんでオレがてめーのシャーペンなんか盗らなきゃいけねーんだよ? どうせ安っぽい100円のだろ? そんなの誰が好き好んでパクんの?」
「お前なら、盗りそうだろ。オヤジはおーりょーとかするんだからさ」
「関係ねえじゃん。そんなん」
キャップをかぶった少年は、胸倉を掴んだ手を無理やり引き剥がす。だが、2人は未だ睨みあったままだ。
「カエルの子はカエルって言葉、知らねえの?」
「あれ?」
バイト帰りの梨恵は、疲れのたまった体をほぐそうと肩を叩きながら歩いていた。家の前まで来た時、そこに少年が立っていることに気付いた。
キャップを目深にかぶり、長そでのポロシャツを着た、小学生か中学生かといったかんじの少年。梨恵の家の門に貼られた張り紙をジィっと見つめている。
その張り紙は、梨恵が数日前に張ったものだ。総志朗が営む何でも屋ははっきりいって全く繁盛していない。それに痺れを切らした梨恵が、『依頼募集』の張り紙を手書きで作ったのだ。
「あのぉ……、もしかして、依頼? とかだったりする?」
少年の肩をポンと叩いて、顔を覗き込みながら聞いた。奥二重の鋭い目が、帽子の下から見えた。
「あんた、ここの家の人?」
「そうよ」
「コレ、あんたがやってくれんの?」
少年は梨恵が書いた張り紙を指差す。思わず梨恵は満面の笑みをこぼした。
「私じゃないけど。依頼?!」
「そう」
ジーパンのポケットに手を突っ込みながら、少年は無愛想に答える。梨恵はその無愛想さを少し不快に思いながらも、貴重な依頼人を逃すまいと笑顔をふりまいた。
「じゃ、中にどうぞ!」
少年を家の中へと迎え入れる。
総志朗は今日、学登のところへ行くと言って朝早くに家を出てしまった。急いでいたのか、脱ぎ散らかされたスウェットが床に転がっている。それを梨恵はそそくさと拾うと、少年をダイニングの4人掛けテーブルに座るように勧めた。
「何か飲む? コーヒー……は嫌かな? ジュース無いから、ウーロン茶でいい?」
少年はうなずくだけ。
すいませんとかありがとうとか無いのか!
イラっとくる梨恵だが、大事な大事な依頼人を粗末に扱ってはいけない。再び笑顔をつくり、ウーロン茶と茶菓子を出した。
「お名前は?」
「……日岡篤利」
「私、浅尾梨恵っていうの。よろしくね」
篤利はそっぽを向いたまま。いかにも少年といった線の細い体を椅子に預け、ふてぶてしい態度だ。
「篤利君は、小学生? 中学生?」
「……小6」
「へえ。この辺の小学校に通ってるの?」
「東小」
会話が続きそうにもない。少年らしいといえば少年らしいとんがった態度に、梨恵はイライラを募らせながらも、やはり笑顔だ。
「依頼はなにかな?」
「つーかさ、あんた、なに? オレ、何でも屋やってる人と話したいんだけど」
……クソガキ! ぶんなぐりたい!
右腕がプルプル震えるが、大事な大事な依頼人を逃すわけにはいかないので、梨恵はやはり笑顔だ。
「……あんた、笑顔怖いね」
「……お子ちゃまはあんぱ○まんの時間かしら? テレビつけるわね。ごゆっくりご覧になって。ウフフ」
ものすごくおかしな笑顔で梨恵はテレビをつけると、キッチンにひっこんだ。キッチンの影で、梨恵は食器棚を拳でグリグリ。怒りを密かに発散させていた。
「総志朗。おかえり」
「依頼って?!」
梨恵からの電話を受け、喜び勇んできたのだろう。髪の毛は風でなぶられてあちこちにふっとび、額から大粒の汗をかいてゼエゼエと荒い息を吐く。
「彼」
茶菓子のせんべいをポリポリ食べる篤利と、総志朗の視線がばっちりとかみ合う。
総志朗のかけていたサングラスが、ずるりと落ちた。
「ガキじゃねーか!」
「そうよ。でも依頼人よ」
ふんっと鼻息を吐いて自慢げに笑う梨恵の服を引っつかみ、キッチンの影に隠れる。篤利の位置から姿が見えないことを確認して、総志朗は小声で怒鳴った。
「アホか! ていうかアホか! なんつーかアホ!」
「アホアホって失礼ね。アホにアホって呼ばれるなんて、いくらの私でもへこむわよ」
「オレがアホなのか! ってそうじゃなくて!」
もう一度、篤利の姿を確認する。ウーロン茶をすすって、あん○んまんを見ていた。
「あんなガキが金持ってるわけねえだろ! がきんちょの依頼なんてな、『ぼくちんのタマがいなくなっちゃったんでちゅぅ。探してほしいでちゅぅ。コレ、いらいりょうでちゅぅ』んで、手に握ってんのは10円玉なんだよ! 5円チョコ2個しか買えねえじゃん! もしくは10円ガム買ったらおしまいじゃん! 子どもの笑顔に騙されるな!」
「ちゅうちゅうしゃべるガキなんていないわよ」
「どっかにいる!」
「今時10円しか持ってないガキもいないわよ」
「オレは10円しか持ってないガキだった!」
「……かわいそうに」
「同情するなら金をくれぃ!」
「古い」
ガタンと音がして、梨恵と総志朗は驚いて顔をあげた。2人のすぐ後ろに、篤利は立っていた。
「あのさ」
「な、なに?」
癖になってしまったのか、梨恵はまた笑顔を作った。これまたおかしな顔だったらしく、篤利は口角をひくつかせてドンビキしている。
「金なら、ある」
「え?」「まじ?」
驚く2人を尻目に、篤利はランドセルをあさる。茶色い封筒を差し出しながら、梨恵の方を見た。
「あのさ、あんた、ちょっと席はずしてよ」
「あのねえ」
堪忍袋の緒が切れた梨恵が食ってかかろうとしたが、「まあまあ」と総志朗に止められ、渋々2階へと上っていった。
梨恵の姿が見えなくなったのを確認して、総志朗は篤利と向き合う。
「で、依頼は?」
封筒を受け取りながら、尋ねる。1,2枚とは思えない厚み。そっと封筒を覗き込むと、何枚もの万札が見えた。
「これ、お前」
「人を殺してほしいんだ」
「は?!」
「だから、人を殺してほしい」
私、一途でありたかった。
一心にそれだけを信じ、それだけを追いかけられる人間でありたかった。
篤利君があなたを信じ、あなたを追いかける姿を、私はまぶしく思ってた。
私には、それが出来なかったの。
あなたの姿を追えなくなったのは、いつからだったのだろう。
あなたのすべてを、私は……見ないふりしてしまった。
本当は、わかっていたのに。
家なき子のネタがわかる人、います?(^^;