A current scene2 墓参り
題名に「A current scene」とつくものは、現在(梨恵26歳)のストーリーです。
『A current scene1 息子の笑顔』の続きです。
「ママー!」
「ん、うん?」
電車の心地良い揺れ具合で、梨恵はうとうとしてしまったようだ。
浩人が椅子の上に足を乗っけて、車窓を眺めていた。
「あ、浩人! 土足で椅子の上に乗っちゃだめ! そこは座るところなんだから!」
慌てて浩人をちゃんと座らせると、靴を脱がす。
浩人は床に届かない足をぶらぶらさせて、不満そうにしていたが、梨恵が飴を差し出すと、すぐに笑顔に戻った。
こういうところ、よく似てる。
笑みがこぼれる。くせっけの髪をなでると、浩人はくすぐったそうに身をすくめた。
「どこ行くのー?」
「うん。お母さんの友達のところ」
「ふうん」
電車のドアが開くたび、12月の肌寒い空気が入り込んでくる。身を縮め、浩人に抱きつくと、浩人は「きゃあ」と笑う。
「あ、次降りるよ」
目的地の駅で2人はホームに降り立つ。空気は冷たいが、日差しは暖かい。太陽はすっかり真上にあがっていた。
「浩人」
浩人の手を取る。体温の高い子どもの手は、握るだけでホッカイロのよう。温めてあげるつもりで握った手が、逆に温められている。
2人は駅からバスで10分、さらに歩いて10分のところにある、墓地へと訪れた。
道の両側に地蔵が並び、それを抜けるとある小さな墓地。墓は10個くらいしかない。
一番端にある墓。時期はずれなのにそこだけたくさんの花が供えられ、お菓子が置いてあった。
「誰のお墓なの?」
「うん……。ママの大切なお友達」
持ってきた菊の花をお供えし、柄杓で墓に水をかける。流れる水が墓標をなぞってゆく。
墓前に座り、手を合わせる。
まだ若い、未来ある身でこの世を去っていった墓の主のことを想う。
「ほら、浩人も手を合わせて」
「なにをお願いするのー?」
「どうか安らかに、ってお願いするの」
「安らかにってなあに?」
まだ何もわからない幼いわが子。いつか真実を話さなければならないことを考えると、胸が痛くなる。
「浩人がお布団の上で寝てるときみたいに、気持ちよ〜く眠れますようにってことよ」
「へえ〜。じゃあ、おやすみなさぁい」
浩人の頭をなでながら、ふと墓誌に目をやる。亡くなった日付に目がいった。
もう、5年か……。
5年前の出来事。亡くなってから、今日でちょうど5年の月日が流れていた。
よみがえる思い出は、鮮明で、切なく。梨恵は浩人を抱き寄せた。
そういえば……篤利君、もう16,7歳になるのよね。あの日からずっと会ってないや……。元気にしてるのかな。
5年前、総志朗にまとわりつき、彼を慕っていた少年のことを思い出す。
当時11歳だった彼。少年は5年で著しく成長する。きっと会ってももう気付くことはないだろう。梨恵はそんなことを思いながら、「苦しいぃ」とわめく浩人から、そっと身を離した。
「あら、先生。今日は遅い出勤ね」
梨恵が職員室へ入ると、パソコンをいじっていた家庭科の教師が顔をあげ、梨恵を一瞥した。
「ええ。ちょっと用事があって、午前中だけお休みさせてもらったんです。すいません」
「ああ、そうなの。浅尾先生がいないから、男性の先生達、残念がってたわよ」
アハハ、と力なく笑い、梨恵は自分の机に座った。
授業のない教師が数人、それぞれの机で自分達の業務を行っている。
「そういえば、浅尾先生、知ってる?」
「なんですか?」
「連続殺人事件。この辺なんだって」
ケータイで見たニュースが頭をよぎる。自分の住む市で起こった殺人事件。あのニュースを見たとき、『彼』が関わっているのではないかと、そう思ったのだ。
「なんだっけ? なんとか病院の医者が2人殺されたらしいわよ。生徒達には気を付けるように伝えてあるけど。浅尾先生は副担任だから、クラスの子に伝える必要ないけど、1人で帰ろうとする子がいたら、注意してね」
「はい。病院って、なに病院ですか? わかりますか?」
「ええと……『か』がついたような。かしま? かやまかしら?」
冷や汗が首筋を伝う。恐れていたことが現実味を帯びてきている。梨恵は指先がわずかに震えていることに気付かれないよう、机の下で手をぎゅっと握った。
「香塚医院、だと思います」
声が震える。『YES』の返事が来ないことを祈る。
「ああ。そうそう! そんな名前だったわ!」
「そんな……」
「え? なに?」
体中から急に体温を奪われたような、寒気に襲われた。恐れていた事態。信じたくない現実が、目の前に迫ってきていることを、梨恵は感じ取っていた。
あの時のあの言葉がグルグルと頭の中で回る。
『彼』を殺したのは、私。
だから、『彼』が現れた。
――あなたは誰なの?
私は。
あの時、『彼』を見たのだ。
とても、とても残酷な目をした、彼の中の悪魔を。
――オレは、オレだよ。