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CASE2 病人:10

「チーカマとさきいか、どちらかしか選べないとしたら、どっちにする?」

「……なんで?」

「チーカマとさきいかが食べたい。けど、お金が足りない」


 コンビニの陳列棚の前で、梨恵は真剣な顔でつぶやいた。

 黄色い買い物かごの中には6本セットのビールとジンジャーエールが入っている。


「ジンジャーエールやめれば?」

「シャンディーガフが飲みたいから嫌」


 横に立っていた総志朗はあきれた顔をして、ため息をついた。


「オレに買えって言ってない?」

「さっきからそう言ってるつもりだったんだけど、気付かなかった?」

「……まわりくどいです」

「男ならこのくらい察してよね」


 夜中、梨恵は突然総志朗に酒を飲もうと言い出した。おごるからと。

 いつでも金の無い総志朗としてはありがたい話で、うとうとと眠りかけていたのに飛び起きて、今梨恵と一緒にコンビニに来ている。

 まだ半分夢の中にいるようなぼんやりとした状態のためか、コンビニの明るすぎる照明が目に痛い。目をしぱしぱさせながら、梨恵の買い物に付き合っている。


「このくらい買うよ。チーカマとさきいかね」

「あと、柿の種。ピーはいらない」

「……了解」


 オヤジくさい酒の肴選びだね、と言おうとして、止めておく。余計なことを言って、おごってもらえなくなるのは避けたい。






「ごめんね。私、おせっかい?」


 ビールをグラスに半分、ジンジャーエールを足して、即席シャンディーガフを作りながら、梨恵は口を尖らせた。

 酔いが回っているせいか、いつもより口調が子どもっぽくなってしまっている。


「彩香ちゃんの父親に会って来た……って梨恵さんもすごいことするね」

「だって、見過ごせなかったんだもん! あんた落ち込んでたじゃん!」

「感謝してるよ。そこまでしてくれるなんてさ。梨恵さんは優しいね」


 素直な言葉が漏れる。泡だったビールを一飲みすると、苦みが喉元をすうっと通り抜けていった。


「で、おとーさんはなんだって?」


 口についた泡を手の甲で拭きながら聞く。梨恵はグフッと頬を膨らませて気持ち悪い笑みを浮かべた。


「会っていいってさ。自分を大切に想う誰かがそばにいてくれるのは、彩香にとって幸せなことなのかもしれないって!」

「まじ?」

「まじよ。感謝しなさいよ」


 先程までの神妙な態度はどこへやら、鼻高々に胸を張り、ビールを注げと総志朗に向かってコップを傾ける。仕方なく総志朗はシャンディーガフがまだ半分残っているグラスにビールを注いだ。








「彩香ちゃん」

「総君!」


 総志朗が病室に入ると、すぐに彩香は体を起こした。勢いが良過ぎたのだろう、彩香は腰をさする。


「なんか久しぶりな気がするな」

「うん。ほんと少し会えないだけで、すごく寂しくなっちゃった」


 照れくさそうに笑う彩香。だが、その顔色は悪く、あきらかに具合が悪そうだ。いつも青白い肌がいっそうその色を強め、声はか細くなっていた。


「ねえ、総君」

「ん?」


 脇に寄せてあった椅子を引き出し、彩香のすぐそばに座ると、彩香はその細い棒のようになってしまった腕を総志朗の方へ向けた。その手を総志朗は両手で握り締める。


「好き」

「オレも」

「すごく、好き」


 彩香の目には涙がたまっていた。思わず総志朗は彩香の手をさらに強く握る。その拍子で、彩香の目にたまっていた涙が、ぼろりと零れ落ちた。


「私、前向きになるって決めたの。死ぬのは怖いけど、総君と出会えたから……生き抜くよ。最後の最後まで」

「うん」

「だから、総君もあきらめないで。生きることをあきらめないで」


 その言葉に総志朗はそっと微笑んで、つないだ手の上に自分の額をのせた。


「彩香ちゃん、すげえな。なんで気付くかな? エスパー?」

「総君が好きだからだよ」


 西向きの病室。夕日の光がほんのりと部屋をオレンジ色に染める。

 

「きれいだね……」

「え?」

「空も、雲も、風も、木も……人も。すごく、きれい」


 光は彩香の青白い肌を赤く染め上げる。そのおかげで、この瞬間だけ、健康的な女の子に見えた。


「世界は、すごくきれいなんだね」

「彩香ちゃんが一番、きれいだよ」


 冗談交じりに総志朗がそう言ったので、彩香は「もう!」と口を尖らせる。


「マジだって。彩香ちゃんが、世界で一番キレイ」


 彩香の唇にそっとキスをする。

 1回離れたあと、もう一度、今度は何度も、キスを交わした。

 離れたくないという想い。離れてしまうという想い。

 2人をつなげるキス。

 想いをつなげる、キス。










 別れは突然で。そして、必然だ。

 いつかそれが訪れると、知ってしまった。

 私、離れたくなかったよ。

 好きだったから。

 好きだったの。

 でも、それと同じくらい、あなたのことも好きだったんだよ。

 















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