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CASE2 病人:07

「変なの」

「なにが?」


 誰もいない教室。

2人は黒板を背に、しゃがみこんでいた。

校庭から聞こえてくる野球部の声。音楽室から聞こえてくるブラスバンドの音。

時折、部活の生徒が教室に訪れるからなのか、廊下を歩く足音と笑い声が聞こえてくる。


「学校行くの、私面倒だなあって思ってたの。なのに、今は学校に行きたくてしょうがなくて……教室にいるだけで、なんかうれしい」

「へえ。オレは学校行ったことないからわかんねえや」

「総君、登校拒否でもしてたの?」

「ん〜。ちょっと違うけど、そんなもんかね」


 なぜ学校に行ったことがないの? と彩香は聞こうとしてやめた。

事情があったのだろう。聞いてはいけない気がした。


「昔は行きたくないって思うこともあったけどね。こうして通えなくなると、学校っていいなぁって思うの。いっぱい友達作って、いっぱい勉強して、いっぱい遊んで。学校って勉強だけしに行く場所じゃないんだね。自分の大切なものを見つける場所なんだよね。友達だったり、夢だったり、恋だったり。それは人それぞれだけど、ここで皆、大切なものを見つけるんだ」


 そっと床に触れる。

ひんやりとした感触が手に伝わってくる。

彩香はその手に力を込めて立ち上がると、自分の席に戻った。

カタン、と椅子をひき、席につく。


「ここで大切なもの見つけて、社会に出て、大人になって、大切なものを増やして。どこかの会社でOLやって、かっこいい彼氏と結婚して、子どもを2人産むの。男の子と女の子。姉弟がいいな」

「名前は?」


 総志朗も立ち上がり、彩香の席の前の机に寄りかかる。

それを見つめながら、綾香はフフと笑う。


「そうだなあ……彩太郎あやたろう総香そうか! あはっ変な名前!」


 机に突っ伏す。

どんなに未来を思い描いても、それは決して訪れることはない。

それは、彩香自身が誰よりもわかっていた。


「……こんなに生きたいって思ってるのに……。どうして私、死ななくちゃいけないの? 神様は不公平だよ。死は平等なんていうけど、生きるってことはとんでもなく不平等じゃない。どうして私だけ……。」


 喉が震えて、声がうまく出せない。

くやしい。結局は弱音ばかり吐いてしまう自分が嫌でたまらない。

それでも、思いは声になって出てしまう。


「皆と一緒に生きたかった! 皆と一緒に受験して、皆と一緒に大人になりたかった! ……生きるって不平等だよ……」


 雲が太陽を隠したのか、教室は一瞬暗くなる。

総志朗は窓の向こうに目を移す。

雲の合間から太陽の光が漏れて、一筋の光の線が地に向かって降りていた。


「総君」

「ん?」

「もう一箇所、連れてってくれる?」


 体を起こして、にっこりと微笑んでみせる彩香だが、拭えない悲しみで瞳は濡れていた。





 車を近くの駐車場に止め、2人は坂道の上にある公園へと訪れた。

公園の隣は神社で、林の間から屋根だけが見える。

今はまだ青い紅葉の木が生い茂り、秋はさぞ絶景なのだろうと思わせる。


「ここね、家の近くなの。小さいころはよく紅葉狩りに来たんだよ」


 紅葉の木をくぐり抜け、公園の端に行く。


「こっち!」

「すげえ……」

 

 彩香の後ろをついてきた総志朗は、思わず感嘆の声をもらす。

公園は高台にあるため、眼下には街が広がっていたのだ。

しかもちょうど夕暮れの時間。

ゆっくりゆっくりと落ちていく太陽が、マッチ箱のように小さい家やにょっきり生えたビルを赤く染めてゆく。


「ほら、あそこ。見える?」

「え?」


 うっすらと、本当によく目を凝らしてみないとわからないけれど、彩香の指差す方向には富士山が見えた。


「こんな場所から富士山って見えるんだな」

「空気が澄んでる日はね。今日はラッキーだね」


 ぼんやりと浮かぶ富士山は幻想的で、まるで夢の中のよう。

彩香はすべてが夢で、でも現実だったらいい、とおかしなことを考える。


「ね、総君」

「なに?」

「約束してくれないかなあ」


 富士山を見つめていた目が彩香に向けられる。

優しい瞳。緑がかった瞳は時折夕日色に染まって見えた。


「最後まで……一緒にいてくれないかな」


 冷たい風が、ひゅうとうなり声をあげた。

総志朗は変わらない優しい目で彩香を見つめる。


「いいよ。約束する」

「……ありがとう」


 夕日は落ちてゆく。

街は闇の中に溶け込んでゆく。





守られなかった約束。

守らせなかった約束。

あなたと彩香ちゃんだけが通じ合った思い。

互いを思いあったあなた達が向かったその闇。

ねえ、忘れないで。

彩香ちゃんと、約束した意味を。

彩香ちゃんの願いを。


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