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プロローグ2

「先生!」


 短い髪を揺らして、女の子が廊下の向こうから走ってくる。


「幸ちゃん、どうしたの?」


 長いウエーブの髪を耳にかけ、彼女は持っていた本を抱えなおす。大量の本がどさりと音を立てた。


「相談したいことがあるの!」


 幸ちゃんと呼ばれた少女がにこやかに彼女を見上げる。

 そこはとある私立の中学校。彼女はそこで教師として働いている。

 名前は浅尾梨恵あさお なしえ26歳。169センチという長身、スレンダーで美人の彼女に、生徒達はとても懐いている。


「あのね」


 幸はあたりをきょろきょろして、誰もいないかどうか確認すると、声のトーンを落として話し始めた。


「あたしね、カレシと別れそうなの。なんか、飽きたとか言われてさ。もうどうしたらいいのやら!」


 最近の子は進んでる。


 梨恵は苦笑いを浮かべ、抱えていた本をもう一度抱えなおした。どこかに置こうかと思ったが、その行動に移る前に、幸が言葉を発した。


「どう思う?」

「飽きたなんていう男は最悪だよ。私だったら別れちゃうなぁ」


 生徒相手なのに、梨恵は思わず本音をもらした。恋愛の悩みに歳はあまり関係ない、梨恵はそう思う。


「先生はいないの? 大事な人とか!」


 幸に問われ、梨恵の思考は一気に過去にさかのぼっていった。

 きれいに染め上げられたキャラメル色の髪はふわふわしたねこっ毛だった。緑のかかった茶色の瞳をした、彼。まぶたの裏に焼きついて離れない凛とした後姿と、不思議な瞳。


「先生?」


 はっとして、梨恵は幸に笑いかける。


「昔はいたよ。とても、とても大事な人」

「昔? じゃあ、その人は先生のそばにいないの?」

「うん。どこか……遠くへ行ってしまったから」


 そう言って、梨恵は目をふせる。

 どこかへ行ってしまった彼のあの時の姿が頭から離れない。切なさや罪悪感が胸に込み上げる。忘れることは一生無い、心の痛みで涙が溢れそうになった。


「その人の名前は?」


 幸は梨恵の態度を不思議そうにしながら、問いかけた。梨恵の表情を覗き込み、聞いてはまずかったかと、顔をしかめる。


「……加倉総志朗」


 あの時の情景が梨恵の目をくらませる。

 陽炎のように漂う記憶が、だんだんとはっきりとした形で姿を現してゆく。




 去り行く彼に問いかける。

 ―――あなたは誰なの?

 彼は振り返り、不適な笑みを浮かべた。

 それまで一度も見たことがなかった冷酷な目をしていた。

 ――――オレはオレだよ。







 仕事の帰り、梨恵はなんとなくケータイでニュースを見ていた。

『昨日夕方18時ごろ、K市で男性の他殺体が発見された。遺体には胸や背中など数箇所に鋭利な刃物で刺された跡があり、警察は怨恨による殺人事件と見て、捜査している。身長175センチ〜180センチ、年齢20歳〜30歳の男の逃走する姿の目撃情報もあり、警察は犯人と見て、捜索に当たっている』

 梨恵はぞっとして、細い肩を片手で抱いた。

 K市は梨恵が住んでいる市だ。近くで殺人事件、それだけでも恐ろしいのに、なぜか梨恵にはこの事件に『彼』が関わっているのではないかと、直感があった。

 なぜそう感じたかなんてわからない。

 けれど、確信に近い、直感だった。




 家に帰った梨恵は、5年前の日記帳を開く。

 日記はほとんどが短いとりとめのない文章だったが、思い出は鮮明によみがえってくる。

 彼と出会ったのは5年前。

 梨恵が21歳、彼―――総志朗が19歳の時。

 よみがえる思い。

 よみがえる傷。


 そう、物語は5年前から始まる。






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