CASE2 病人:05
総志朗が彩香の病室に訪れるようになって、2週間が過ぎた。
そのたった短い期間の中でも、彩香は自分が日に日に弱っていっているのを実感していた。
指先に力が入らない。
ゴハンを食べてもすぐに吐いてしまい、体重はどんどん落ちてゆく。
すっかりとこけた頬をなでる。
こうして、だんだん弱って、最後には死んでしまう。
そう思うとぞっとして、自分の体を抱きしめる。
その体が自分が思っていた以上に細いことに、彩香は気付いた。
体の芯がすっと冷えるのを感じた。
怖い。死はもう目の前まで迫ってきている。
「彩香ちゃん、いる?」
ベッドを囲むカーテンの向こうで、総志朗のシルエットが動いた。
「い、いるよ」
慌てて返事をすると、総志朗はカーテンを少しだけひいて、顔をひょっこりとつきだした。
「どう? 調子は?」
「……変わらない」
今日は笑顔が作れない。
妙にイライラする気持ちを抑えられず、いつもとは違う、つっけんどんな返事をする。
総志朗は不思議そうに首をかしげた。
「今日は桃買ってきたんだ。食べれる?」
「……いらない」
「どうした?」
いらつく気持ちが表情に出ていたのだろう。
総志朗が心配そうに彩香の顔を覗き込むが、彩香は顔をそらす。
今日はひとりになりたい。誰とも関わりたくない。
そんな思いが胸の中に広がると同時に、総志朗が帰ってしまい、独りになる自分を想像して、彩香はおびえた。
相反した矛盾だらけの気持ち。
どちらが今の自分の本当の気持ちかわからず、困惑する。
チリチリと腹の底で、何かが燃えているような感覚。
止められない感情がどろどろと吹きだしてくる。
「私、死ぬの」
「え?」
「死ぬんだよ! どんなに頑張っても、もうすぐ死ぬんだよ!」
言葉が抑えきれずに溢れ出す。
骨と皮だけになって、死にゆく自分の運命が呪わしい。
なぜ、こんな運命を辿らなければならないのか。
自分以外の人間は、これからも、平然と世界を謳歌して生きてゆくのに。
「どうして、こんな目に会うの?! なんで私なの?! こんな! こんな風に死ぬのなんて嫌! こんな場所でただ死ぬのを待ってるだけなんて、嫌!」
細くなった指。白くなった肌。あばらの見えた腹。
すべてが死へのカウントダウンのような気がして、恐ろしくなる。
「彩香ちゃん」
総志朗の手が、彩香の肩に触れる。
「優しくしないで! どうせ死ぬから、同情してるんでしょ?! そんな気持ちなんていらない!」
「彩香ちゃん!」
肩をつかまれ、目線を上げた。
緑色がちらつく瞳に、吸い込まれそうになる。
「同情なんかじゃない。オレだって、不安なんだ。オレも、怖いんだよ。彩香と一緒なんだ。怖いんだ。怖いんだ……!」
「え……」
強く抱きしめられ、めまいがした。
なにが不安なの? 怖い? なにが?
問いは言葉にならない。
窒息しそうなほどの抱擁に、彩香は涙がこみ上げてきた。
そうだ。この人は、私と同じ場所にいる。同じ恐怖を抱えてる。
それが何に対する恐怖なのか、彩香にはわからなかった。
それでも、体を芯から温めてくれる、総志朗の体の温もりに彩香は愛しさを感じる。
違う。ああ、これは。
先ほどまで感じていた激情が沈み、代わりに湧き出てきた感情。
バカみたい。もうすぐ死んじゃうのに、恋をするなんて。
……これは、恋だ。私、本当にこの人に惹かれてる。
寂しさを埋めてくれたからなのか、そばにいてくれたからなのか、同じ気持ちを共有しているからなのか、それはわからない。
けれど、彩香ははっきりと自覚した。
脈打ち、生きたいと奏でる、自分の心臓の早鐘の音を。
同じ。
同じ気持ち。
ねえ、総志朗。
あなたが彩香ちゃんに感じていたものは何だったの?
必死に生きようとする彩香ちゃんの姿が、私は忘れられないよ。
彼女のそばで、あなたがやろうとしたこと、それは、あなた自身の望みだったのかもしれないね。