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Route3 ギャンブラー:07

「俺はH区の廃屋に行く。梨恵ちゃんと篤利はS区の廃ビルに向かってくれ」


 梨恵の家に到着した学登は、篤利から唯子の残した言葉を聞いた。ユキオの行方が全くもってわからない現状では、唯子の言うことを信用して動くほかない。


「二手に分かれなくても……」


 不安そうに篤利が学登を見る。

 学登はあせりを隠し切れず、振り向きもせずに声を荒げた。


「こんな事件を起こしたんだ! 早くしないと、ユキオは警察に捕まる!」


 梨恵も無言で立ち上がり、学登の後を追う。

 篤利も慌てた様子で二人を追いかけ、玄関で三人はまた向き合った。


「篤利。お前が梨恵ちゃんを守るんだ。出来るな?」

「あ、ああ」

「これを渡しておく。身を守るためだ」


 学登の手には小さな拳銃が握られていた。ずしりと重たいそれを篤利に手渡すと、篤利の顔が一気に締まったのがわかった。


「ユキオは危険だ。見つけても近寄るな。俺にすぐに連絡するんだ。もしもの時だけ、それを使うんだ。わかるな?」

「う、うん」

「俺は車で出る。頼んだぞ、篤利」


 かかとを踏んだままの靴を履きなおし、外へ出る。

 冬の冷たい風がうなり声をあげて、枯葉を舞わせる。灰色に染まった雲は、今にも泣き出しそうだった。






――裏切るんじゃない。


 低く小さな声なのに、轟くような声。それはユキオの耳朶に響いて、ユキオを黙らせた。


――俺はお前を裏切らない。何があっても。


 窓から注ぐ光はどこにもなく、灰色に染まる部屋。ツンと尖った空気は針のようにユキオの肌を刺す。


「裏切らないだと!? こんなことをして、オレを裏切っていないと、そう言うのか!」


――俺はいつだって、お前の味方だ。


「俺の邪魔をするくせに!」


 からからに渇いた喉から吐き出される空気はわずかに震えて消える。

 手足は冷え切って感覚さえ無いのに、頭だけが熱い。こめかみが押されるように痛む。


――……お前は望みを果たした。香塚を殺した。お前を苦しめる人間は、もういない。


「まだいる!」


――誰?


「総志朗だ! あいつがいると、オレは安心できない! 消したはずなのに、いつもどこかにしがみついて、オレを見てる! あいつは消えない! 消えない! なんで消えないんだっ!」


 ブルブルと震える両手を睨みつける。どんな手段で彼を消そうとしても、消えたと思っても、気付くとそこにいる。心の奥の奥の深いところに、彼は居座り続け、ユキオを見上げてくる。

 ここにいると、消えないのだと、主張するように。


――ユキオ。お前は、総志朗に勝てない。


「なんだと!?」


――そして、総志朗も、お前には勝てない。


 光喜の声は、雪のようだった。知らぬ間に舞い落ちて、地面を真っ白に染める。音もなく影もなく、すべてを白く変えていく。


――総志朗はお前の心だ。お前も、総志朗の心だ。お前が望んだことはなんだ? 総志朗を創り出したあの瞬間、お前は何を願った? 総志朗に何を託した?


 しんしんと降り積もる。冷たいはずの雪の一片は、ユキオのてのひらで溶けて、じわりと水に変わる。体温を宿して。


「――オレは」


 呼吸が止まった。闇の中に置いて来た記憶が鮮やかに花開く。花弁をひとつひとつと開いて、その奥に隠したたったひとつの真実を彼に見せつける。


「思い出した……」







 階段を上るたび、白い光に包まれるようだった。薄暗く日の光の差さない階段は底知れない闇の中にぽつんと存在している。

 梨恵はごくりと唾を飲み込んで、階段の先を仰ぎ見た。

 壊れたドアが、風でぎしぎしと小さく揺れている。そこからもれる光はドアの動きに合わせてオーロラのように揺らぐ。


「総志朗……」


 予感がした。そこに、彼がいると。確かな予感が。






 スーツのボタンを閉じて、首に巻いたネクタイをしめる。体を覆う冬の冷気は消えないけれど、幾分かましになったような気がする。

 窓はきっちり閉めてあるのに、どこからか零れる冷たい外気。それを気にすることなく、彼は窓の下に座り込んだ。

 首筋をなぞる冷気に一瞬肩を震わせる。

 近くにあった石油ストーブに手をのばす。タンクを持ち上げると、タプンタプンと中の液体が揺れた。まだ灯油が入っていたようだ。

 胸ポケットからライターを取り出し、ストーブを点火させる。ぼっと燃え上がった炎が彼の冷えた手に熱を与えた。

 灰色に包まれた部屋に、オレンジ色が灯る。

 途端によみがえる思い出。


――そばにいさせて?


 オレンジ色を映した、奈緒の笑顔。この場所で、奈緒に告白されたことを思い出す。

 誰かがそばにいてくれているような気がして、彼は顔をあげた。けれど、そこには誰もいない。コンクリートの冷たい壁があるだけ。

 ため息を零し、ストーブを見つめる。

 頬が、熱い。


「総志朗」


 名前を呼ばれ、彼はそっと笑いかける。

 まさかここに来てくれるとは思ってもいなかった。だが、必ず会えると、確信めいた予感はあった。


「梨恵」













 いつでもどんな時でも、なにがあって味方でいる。

 けして裏切らない。

 ただひとりの兄弟。片割れ。

 お前の望みを叶える為に、こうしてずっと生きていたんだ。

 お前の望むことを叶える。

 それが、俺の存在理由だったんだ――




がんがん更新頑張ります。

あと10話くらいで完結予定です。

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