Route3 ギャンブラー:03
あらすじ
ユキオは養父の香塚を殺害し、復讐を終わらせる。
駆けつけた学登に連れられ、香塚病院を後にするが……
雨音が少しずつ緩やかになっていく。街灯の光に反射した雨の通り過ぎる軌跡が時折瞬いて、消えていった。
明は学登の親戚にあたる暴力団、加倉組にかくまってもらうことを断固拒否した。唯子の元にとりあえずは戻りたいと言う彼を何とか説得し、梨恵は、梨恵と総志朗が昔住んでいたあの家に行くことを提案した。不服そうにしながらも、明はそれを飲んでくれたのだった。
家に着く頃には、雨は止んでいた。
梨恵と明が、道路に出来た水溜りをよけて、車から降りる。それに続くように車から降りようとした篤利を、学登が止めた。
「お前は家に帰るぞ。ガキは家で寝る時間だ」
「はあ!? ガキ扱いしないでくれよ! もう高校生だぞ、オレ!」
「充分ガキだ。親が心配するだろ」
わめく篤利が車から降りようとするが、否応無しに学登はアクセルを踏んだ。スピードは出ていないが、さすがに動いている車から降りる気にはなれなかった篤利は、半分出していた足を引っ込めた。
「梨恵ちゃん、俺も今日は組に戻る。ユキオのこと、頼んだぞ」
窓から飛び出た学登の手がひらひらと揺れて、そのまま行ってしまった。
梨恵はそれを見送って、明に向き直る。
明の沈んだ表情が、水溜りに映っていた。
「お風呂の準備、してくるね」
昔住んでいたこの家。もう住まなくなってから何年もたつのに、梨恵は電気も水も止める気になれず、いつでもまた住めるようにしていた。
それは儚い希望だったのか、願望だったのか。
けれど、家というものは不思議で、人が住まなくなった途端、急に綻び始める。どんなに掃除しても埃は降り積もり、汚れは落ちない。
取れないさびがこびりついたようで、取り戻せない思い出の数々を傷ませる。
流れ出るお湯を風呂桶にためながら、梨恵はリビングにいる『彼』のことを考えた。
彼は復讐をその手で終わらせた。
なのに、消えない悔恨をかきむしり、絶望の未来を思い描いている。
明も、おそらくは統吾も。もしかしたら他の人格達も。
総志朗は? 何を思い、何を考え、彼は彼の心の闇にいるのだろう。
梨恵は答えの無い自問自答を繰り返しながら、濡れた服を脱ぎ捨てた。
「お風呂、先入って」
服だけ取り替えた梨恵は、雨で濡れた髪を片方に寄せながら、彼に微笑みかけた。
エアコンの音とともに、かび臭さが吐き出されていた。
「梨恵さん、光喜が会いたがってるけど、会う?」
電気が明滅する。一瞬の暗闇に浮かび上がる、緑色の瞳。
「……光喜が?」
込み上げてくる、あの頃の思い出。嘲笑う光喜の顔が、すべてを破壊して消し去る。会いたい思いと会いたくない思いが交錯して、息が苦しくなる。
「今更会って、話すことなんて、あるの」
「光喜は、あんたに会いたがってる」
「どうして、そんなこと言うの? 光喜の味方みたいな言い方するの? 光喜は総志朗のこと、消そうとしたのに!」
寂しそうな明の顔を梨恵は直視できず、床に目線を落とす。影が黒く揺れていた。
「光喜はもう、敵じゃない。僕と統吾の考えと光喜の考えは、あの頃は一致してなかった。でも、今は一致してる。だから、敵じゃない」
切れかけた電球は、何度も何度も光を点滅させて、ふと消えた。
エアコンの作動音が、やけに大きく響く。
「会ってやって、くれないかな……」
大切な一人息子、浩人の表情と、明の表情が重なって見えた。
動物園に連れて行ってもらった浩人が、大事に持っていた総志朗からもらったライオンのネックレス。
それを眺めては、ぽつりぽつりと吐いた言葉。
――また、会いたいな。
鼻の奥がつんと痛くなる。梨恵は静かにうなずいていた。
「――梨恵」
下げた視線をゆっくりゆっくりと上げていく。髪の毛を伝って落ちる雨水が床を叩いたその瞬間、梨恵はあの左目を捉えた。
エメラルドグリーンの宝石のような輝きが、月明かりに照らし出される。
「最後だから、話したかった。ちゃんと」
張り付いたシャツから透ける白い肌。いつの間にか脱いだスーツの上着は、椅子の背もたれに置かれていた。
「……俺は、ずっとユキオを守るために生きてきた」
暗がりの中、光喜の足が一歩、梨恵に向かって進む。
「ユキオの望みを叶えたかった。それが人殺しでも……ユキオが望むなら、力になりたかった」
冷ややかで人を嘲った話し方をする光喜に、今、その面影は無かった。暗く低い声が部屋中を覆っていく。
「総志朗を消そうとしたのは、総志朗が人殺しを望まなかったから、ってこと?」
梨恵の問いに、光喜はうなずいた。
「普通に生きることを望んだ総志朗が邪魔だった。だから、俺は総志朗を追いつめた。だが――」
言葉を切り、梨恵に真っ直ぐに視線を投げかける光喜。梨恵もけしてそらさない。
「消そうとしたわけじゃない。眠ってもらおうとした。……またいずれ目覚めてもらわなければならないから」
家の脇を通り過ぎる車の音に気を取られながらも、梨恵は光喜を睨み続ける。
「俺とユキオは、双子の兄弟だ。ユキオの体の中で共存し、ずっとユキオと共に生きてきた。俺が望むものはただひとつだ。ユキオを助けたい」
「ユキオを助けることが、あの復讐だったと、そういうの?」
梨恵のほうから、一歩、光喜に近付く。二人の距離は、手を伸ばせば届く距離に変わっていた。
「……わからない。だが、望んでいたことだ。ずっと。……ずっと」
窓の外へ向けられた光喜の目が、遠く遠くへと向かっていく。何に思いを馳せているのか――梨恵も彼が見つめる先へとその目を向けた。
葉の落ちた木が、かすかに揺れていた。
「俺の役目は、終わったんだ」
どうすれば、過去の過ちを償えるのだろう。
どうすれば、過去への思いを断ち切れるのだろう。
あなたが抱えた決意を、消し去りたかった。
いなくならないでと願った、あの日。
過ちは、消えないのだと、知った。
更新がかなりかなり遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
夏の暑さにやられて脳みそがぶっ飛び放題で、やっとこ復活です(;;)
やっと物語もラストに向けて走り出したので、ここからはがっつり更新頑張りますっ
このセリフ、何度目だってかんじですが、今度こそ、頑張ります!
更新が停止中の間もWEB拍手、ありがとうございました。
おかげで復活できました!