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Route3 ギャンブラー:01

後書きに登場人物のおさらい(ユキオの人格達のみ)を書いてます。

ごちゃごちゃした設定で申し訳ありません(^^;

 非常階段を駆け上がり、長い廊下を走っている時だった。学登は確かに遠くで響く銃声を聞いた。

 上がる息を整える間もないまま、足を速める。冬の冷たい空気が閉ざされた廊下。けれど、学登の首筋を汗が伝っていく。

 ユキオの実験が行われている研究棟はいくつもの鍵がかけられている。秘密を守るためだ。だが、その鍵は破壊されて、すべて開いていた。

 誰の仕業かはわからないが、侵入者がいたのだ。研究室に潜入しなければならない学登にとって、この事態はラッキーと言えたが、逆に嫌な予感を覚える。

 ユキオか、そのユキオの協力者か――誰かがすでに侵入し、事を起こしているかもしれない。いや、『かもしれない』ではない。確実に、何かが起こってしまっている。

 ゴクリ、と息を飲み込み、ユキオの部屋へ向かう。音は、そちらの方向から聞こえてきたのだ。

 立ち込める不気味な静けさ。半開きになったユキオの部屋のドア。

 学登は一瞬立ち止まり、ためらう。見てはいけない気がする。全てが――終わってしまった予感がする。

 覚悟を決め、一歩踏み出す。目の前にあるユキオの部屋へ、進む。


「……ユキオ」


 部屋の中には、銃を下ろし、うなだれた男が一人、立っていた。

 伸びきったキャラメル色の髪で、その表情は見えない。

 窓に叩きつける雨音だけが薄暗い部屋で木霊していた。


「ユキオじゃ、ない……」

「――明か?」


 ゆっくりと顔をあげる明。焦燥しきった青白い表情で、力無く笑う。

 暗い部屋の中で佇む明のシャツは鮮血が点々と彩り、足元は血の海が出来ていた。

 叫びそうになる衝動を抑えながら、学登は明の視線の先を追う。


「こ、殺したのか……」


 真っ白な壁をその血で染めた香塚。頭だけを壁にもたれかけ、濁った目を中空に漂わせていた。えぐられたその手足。致命傷は、額に開いた小さな穴。


「ユキオが……殺した」

「ユキオはどうしたんだ?」

「眠った」


 明の小さな声はわずかに震えている。暗い室内でも、明の唇が真っ青になっていることがわかる。


「とにかく、逃げよう」


 足元の血だまりを避け、明に近付く。その腕を取り、引っ張るが、明は微動だにしなかった。


「明」

「この人は、父親、だったんだ」


 か細い声が、空気を震わせた。


「ユキオは、この人に、そっくりだ」


 奥歯と奥歯が当たる音。吐き出される息が、白く舞う。


「僕たちは、あんな人間に、なってしまったんだ」


 軽蔑の眼差しが、香塚に注がれる。もう動くことの無い体へと。


「明。お前とユキオは違う。ユキオも、香塚とは違う。どんな人間になるかは、お前たちが自分で決めることだ。明、お前は、大丈夫だ」


 明の肩をつかみ、訴えかける。明の目は悔恨と失意で満ち溢れ、その色を失っていた。絶望し嘆く明に、学登は唇を噛む。

 伝えたい言葉がある。言わなければならない思いがある。けれど、それはうまく形にならない。それが悔しい。


「――光喜はあんな風に言ったけど、僕たちはよくわかってるよ。あんたの気持ち」


 明の手が、学登の腕を掴んだ。湿った手の平は熱を湛え、学登の目を見開かせる。


「あんたは僕たちのことをちゃんと考えてくれた。僕たちを見守ってくれた。ちゃんと、わかってる」


 明は寂しそうに笑う。


「ユキオは加倉組を襲った日、あんたを殺そうとしたけど、撃つ瞬間、狙いを変えたの、気付いた?」

「……なんとなくだが」

「あんたの頭を狙ったのに、違う場所に狙いを変えた。無意識だったかもしれない。意識したのかもしれない。でも、致命傷にならないかもしれない場所に狙いを変えた」


 温まっていた体が、冷たい空気によって、だんだん冷えていく。だが、明が掴んだ手首だけが、じんじんと熱い。


「ユキオや光喜が、あんたを殺さないのは、あんたを生かして苦しめるためじゃない」


 光喜は一度、学登の元に訪れている。その時、学登は光喜に尋ねた。『なぜ殺さないのか』と。

 光喜は言っていた。


――あんたは生きて苦しめばいい。罪を抱えて生きていくのも、辛いだろう?


「光喜はあんな風にしか言わないけど。僕たちはわかってる。僕たちは……あんたには生きてほしい。僕も統吾も光喜もユキオも……総志朗も。あんたに、感謝してる」


 喉の奥が熱くなる。零れ落ちそうになる涙をこらえて、学登は小さく息を飲み込んだ。

 考えてもいなかった。後悔だけで占められた心。彼らの本当の思いに気付く余地など無かった。


「あの時、あんたが助けてくれなければ、僕たちは、何も知らずに無為に生きるだけだったんだ。あんたが、教えてくれたんだ。憎悪だけじゃない世界があることを」


 揺らめいたのは、光。

 笑っていたのは、総志朗。奈緒がいた。梨恵がいた。何でも屋を営んだことで出会った人たちと楽しそうに、笑っていた。失われた優しい光の向こう側。二度と戻らない日々。

 穏やかで平穏で、優しかった。

 クラブ・フィールドのカウンターは、回るライトの光に照らされる。

 光はグラスに当たって角度を変え、彼の顔を明るく照らす。


「あんたが、与えてくれたんだ」


 この胸に巣食う後悔は一生消えないだろう。

 間違っていたのか、そうではなかったのか、その答えなんて永遠に見出せないだろう。

 それでも、学登が下した決断に感謝する人がいる。

 なら、それを支えにして、この傷を死ぬまで抱えて生きてもいいと、学登は目を閉じた。


「ありがとう、明」









 答えなんて、命が尽きるその日が来ても、わからないものなのかもしれない。

 誰かにとっての悪は、誰かにとっての善なのかもしれない。

 見つけられなくても、歩む。

 進む。止まらない。

 あなたにまた出会うまで。ずっと。



登場人物のおさらい

(ユキオの人格達)



澤村ユキオ

主人格。養父のユキオに人体実験の餌食にされ、ずっと憎んでいた。


9歳の人格。


統吾

16歳の人格。


光喜

元はユキオの双子の片割れ。胎児内胎児としてユキオの体の中にいた。一度ユキオの体から抜き取られるが、香塚の手を借り、ユキオの中の人格の一人として戻ってきた。


加倉総志朗

香塚の手により眠りについたユキオに変わって、主人格をやっていた交代人格の一人。

ユキオに追いつめられ、今はほとんど出てこられない。


(彼らの生い立ちについては、『Recollection2 深淵』の章をご覧いただけると詳しくわかります)



長い長い連載についてきて下さる皆様、本当にありがとうございます。

拍手、励みになっています。

この章ともう一章(章の区切りを変えることもあるので、増えるかもしれませんが)でこの物語も終わりを迎えます。


すでに作者は感慨深い気持ちになっていますが(笑)あともう一走り、頑張りますので、どうぞ最後までお付き合いください。


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