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Route2 ルーレット:09

残酷な描写があります。

苦手な方はご注意下さい。

 床に散らばる壊れた電球のガラス片が、明滅する。月の光は陰り、雨の音が増していく。ざああざああと泣きわめく。

 香塚の手に収まった拳銃は悲鳴のような音をたて、引き金を動かされてゆく。ぎちぎちと、軋む。


「ユキオ、さよならだ」


 ほんの少し力を加えるだけで、消える命。目の前にいる凶暴な殺人鬼は、あっけない最後を遂げようとしていた。

 勝利を確信し、美酒を飲んだときのように酔いしれる。こんな快感はもう二度と味わえそうにない。

 眉間に皺を寄せ、おびえきった表情を浮かべるユキオ。死を覚悟したのか、目を強くつぶる。

 ついにその時が来たのだ、と感慨深い思いに浸りながら、香塚は人差し指に力を込めた。


「死ね! ユキオ!」


 金属のぶつかり合う音が木霊する。

 壁に当たり、響く。


「――な……」


 撃鉄のはじけた音だけが香塚の耳に残る。香塚は手に持った銃を仰ぎ見た。

 弾は出てこなかったのだ。


「ど、な、なぜ……!」


 事態を全く理解出来ない。ロシアンルーレットはこれで終わりを迎えるはずだった。最後のはずなのに、弾は出てこなかったのだ。

 そんなことが、起こるわけがない。


「く……は」


 目をつぶったユキオが苦しそうにうずくまった。わけがわからず、ユキオを凝視する。ユキオは――体を震わせ、笑っていた。


「ど、どういうことだ!」


 耳の奥に残る空砲の音。顔面から血の気が失せていくのがわかった。まさか、まさかと繰り返し、せせら笑うユキオを眺めるしかない。


「あはははは! まじでおっかしい!」


 ばっと顔をあげ、ユキオは笑いすぎて涙をにじませた目を香塚に向けた。先ほどまで見せていたはずのおびえた表情はどこにもない。あるのは――嘲り笑う顔だけ。


「ここでクイズでーす」


 目の端ににじんだ涙をふいて、ユキオは手の平の上で何かをはずませた。鈍い金色がはねる。


「これ、な〜んだ?」


 ユキオの手の上で踊るそれを確認した後、香塚の目は床に散らばった弾丸へと向かった。ゲームが始まる前、ユキオは拳銃に入った弾を床に落とし、そこから一発だけを弾倉に入れたはずだった。一発は電球を撃つのに使われたから、床には四発分の弾がある。

 そして、ユキオの手にあるのは――拳銃に入れられたはずの弾。


「お……ユ、ユキオ……! 銃に弾を入れたふりをしたのか!?」

「正解」


 本気になってやっていたロシアンルーレット。死を恐れ、震える体を無理やり奮い立たせ、それでも続けたゲーム。勝利を確信し、笑ったはずなのに――

 笑っているのは、ユキオ。

 ユキオの手の平で弾む弾と同じように、その手の上で踊らされていただけだという事実を思い知らされる。


「弾入ってねえのに、一喜一憂しまくっててさあ。すっげ面白かったよ、香塚センセ! オレの演技も上手かっただろう? 途中何度も笑っちまったけっど!」

「お、お前はなんという……」


 声がわなわなと震えた。飼い犬に手を噛まれたというのは、こういうことなのかと歯軋りをする。

 だが、まだ負けたわけではない。切り札があるのだ。

 懐に隠し持った拳銃の存在を、ユキオは知らない。この拳銃を取り出し、一撃を食らわすことなど、造作もないこと。

 勝利に酔いしれるユキオに目に物を食らわせてやる、と香塚はニタリと笑った。


「お前などに負けん……!」


 白衣の下に潜ませた拳銃に指が引っかかるその瞬間、香塚の腕が後ろに引っ張られた。

 熱い何かが、全身を駆ける奇妙な感覚。目を見開き、右腕に視線を移す。


「あんたの考えなんて、お見通しだしー」


 白衣が、赤く、染まっていた。

 ユキオの手には、香塚が所有していた拳銃。ゲームが始まる前に奪われた香塚の銃だった。ユキオがそれを持っていたことはわかっていた。だが、油断するであろうユキオが、己より早く銃を撃てるとは思ってもみなかった。

 腕を後ろに引っ張られたのではない。撃たれ、後ろへと腕がのけぞったのだ。


「あんたがさー、もう一丁くらい拳銃隠し持ってそうなことくらい、察しがついてるっつーの」


 撃たれたことを実感した瞬間、火を噴いたように痛み出す右腕。感覚の無くなったこの腕では、拳銃をつかむことさえ出来そうになかった。

 それでも左手で銃をつかもうとするが、左手を動かしたその瞬間、左手にまたもや痛みが走る。


「なあ? 香塚センセ」


 一歩一歩歩み寄ってくる悪魔は、笑みを絶やさない。


「あんたは今までオレをこういう風に扱ってきたんだよ。意味のねえことで弄んで、苦しむ姿を嘲笑ってきたんだ。どうだ? それを味わう気持ちは」


 放たれ、えぐられる痛み。左足は血を噴き出し、枷になる。


「オレはずっと、こうしてあんたを殺す日を待ちわびてた」


 口元に浮かぶ歪んだ笑み。だが、その緑色を帯びた目は、ひとつも笑っていない。水のように澄み切った色は、純粋に殺人を楽しんでいるのだと訴えかけてくる。

 香塚の右足は肉片をまき散らせ、もう動かない。


「ひ、ひいい! 殺さないでくれ! 殺さないでくれ!」


 尊大な態度を取ることも出来なくなっていた。目の前に迫り来る死神は、闇よりも濃い影を引き連れて、香塚を追いつめる。


「いい眺めだ。ずっとあんたのそういう顔を見てみたかった」


 幼いユキオの顔が脳裏をよぎった。どこも見ていない淀んだ瞳が、香塚を見上げるその時。ふとよぎる予感のような恐怖。その瞳に内包された巨大な闇を、香塚は見て見ぬふりをしてしまったのだ。

 自信とプライドが、ユキオの持つ残虐性から目をそらせてしまった。


「あんたの敗因を教えてやろうか?」


 焦げ付く匂いが、地獄の匂いのように感じる。耳に届くのはユキオの楽しそうな声だけ。


「あんたの慢心だよ、香塚先生」


 ガラス片が光る。散らばる弾丸が、ころころと動いた。そぼふる雨音が強く、強く耳朶に響く。

 耳をつんざく音。額にほとばしる熱い何か。

 失神してしまいそうな痛みを越えるさらなる痛みと、身をすくませる恐怖の中。

 少しずつ失う意識にめまいのような感覚を覚えながら、香塚は確かに聞いたのだ。

 最大に込められた皮肉交じりの、彼の言葉を。


「今まで、どうもありがとう。香塚先生」









This tale cleared.Next tale……ギャンブラー





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