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CASE2 病人:02

「あ、梨恵さーん!」


 祖父が入院していた病院の談話室から、小走りで駆け寄ってくる少女。

深くかぶったニット帽の耳の辺りを手でつかむのが、この少女の癖のようだ。


「走っちゃダメだよ。調子はどう?」

「最近はいいよ」


 笑うと大きな目がとても細くなる、快活そうなその少女の手は青白い。


「あのね、この前、話してたことなんだけど……」


 梨恵はそう言って、あたりをきょろきょろした。

連れて来たはずの総志朗がいない。


「あいつ、逃げた」

「え?」

「彩香ちゃん、ちょっと待っててくれる?」

「う、うん」


 ニット帽をおさえた彩香を尻目に、梨恵はまたエレベーターに飛び乗った。

1階に下りて、あたりを見渡すと、待合室のソファに座り込んだ総志朗の姿が見えた。


「あんた、何してんのよ?」

「え? 診察待ち?」

「どこも悪くないでしょ!」


 総志朗の耳をつかみあげると、総志朗は「いて! いてえ!」と泣き声をあげた。


「悪いところあるんだよ!」

「どこ?」

「……頭の中?」


 ああ、確かにアンタはバカだったよね!


 梨恵は極上の悪魔の笑みを浮かべて、総志朗の頭をグリグリッとなでる。


「うん、そうだね。でもね、馬鹿につける薬はないって、昔から言うのよ? っていうか、なに逃げてんのよ! 今度から家賃ぶんどるわよ!」

「梨恵さん、笑うと怖いんだってば! 怖い! 家賃は勘弁!」


 そんなこんなで、総志朗と梨恵はエレベーターへと向かう。

得意技は怒れるオーラを放つことだという梨恵の後ろを、ビビリながら総志朗がついていく。


「どういうつもりよ? 逃げるなんて」

「こんなこと言うのは、あれだけどさぁ……深入りしたくないんだよねぇ。もうすぐ死ぬ人間になんて」

「はあ?」

「つらくなるだけじゃん」


 梨恵が持ってきた依頼、それは余命幾ばくもない少女の彼氏になるというものだった。

祖父の入院していたこの病院で知り合った、彩香という少女。

高3の時に倒れ、そのまま入院生活を余儀なくされている彼女には、願いがあった。

その願いを、梨恵は叶えてやりたかった。


「深入りしたくないって、つらくなるだけって、それってひどくない? 必死に生きてる子に対して、失礼だよ」

「犬を飼いたいって子どもに、死ぬ時が来たらつらくなるからやめろっていう親だっているんだ。『死』なんて、誰もがあまり関わりたくないものなんだよ。それを押し付けるなんて、おかしいだろ」


 いつになく真剣な言葉を吐いて、総志朗はうつむく。

梨恵は振り返って、総志朗をにらみつけた。

彼の言うことは正論かもしれない。

だが、それを肯定する気にはなれなかった。


「会うだけ、会ってよ。それから決めても、遅くはないでしょ?」






「あ、あの、一度、会ったことあるの、覚えてますか?」


 病人とは思えないほどに頬を赤く染めて、彩香はしどろもどろに言葉を発する。

それをにっこりと笑顔で受け止めて、総志朗は言った。


「覚えてるよ。梨恵さんのおじいさんのお見舞いに来た時に会った子だよね?」

「わ、わあ、覚えててくれてたんだあ……。うれしいです」


 ゆでだこのごとく、真っ赤になった彩香は年頃の普通の女の子そのもので、大病を患っているようには見えない。


「ええと、私、えと、ああ、だめだ。梨恵さん、説明してください! 私、自分の病室にいるんで!」


 そう言って、彩香は真っ赤な頬を手で押さえて、病院の奥へと駆けて行ってしまった。


「あんたに、ひとめぼれしたんだってさ」

「へ?」

「この前、私と一緒に病院に来た時、あんたに一目で惚れちゃったんだってさ。何でも屋の名刺渡したでしょ? ほんの少しの間でいいから、彼氏になってほしいんだって。依頼料も出すって」

「依頼料って……金払って得る彼氏なんて、どうかと思うけど」

「それでも、いいんだって」

 

 総志朗の胸の内に罪悪感のような、もやもやとした気持ちが広がる。

そこまでして得たいと思うのは、本当に『彼氏』という存在なのか?


「わぁかった。受けるよ。この依頼」

「ほんと?」

「ああ、そんなにオレが好きなら、付き合うしかねえじゃん。モテル男はつらいねえ」

「バカじゃん」


 冷たく総志朗をにらんで、梨恵はすたすたと彩香の病室へと向かう。

総志朗はその後姿を、ただ見つめていた。




 怖かったんだ。オレも。いつか、消えてしまうのが。











彩香ちゃんの背中の向こうに見えた死の影を受け入れられなかったのは、誰よりもあなただったのだと思う。

死んでしまうのが怖かったんじゃない。

あなたは、彼女のその思いに触れてしまうのが怖かったんだね。

だから、関わりたくないと思ったんでしょう?

本心を話さないあなたの本当の思いを、私は大事なところで見逃してしまった。

あの時、気付いていれば。

こんなことにはならなかったんだよね。 

彩香はCASE1ゲーマー:08で登場しています。

今回の総志朗の「もうすぐ死ぬ人間とは関わりたくない」という言い分は少し反感を覚える方もいるんじゃなかろうかと思うのですが……これは彼の本心ではないので、ご容赦下さい。



更新が遅くなりまして、申し訳ないです。旅行に行ってました(^^;

またきちんと更新していくので、これからもよろしくお願いいたします。

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