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Route2 ルーレット:06

 乾いた音が室内に反響する。銃口はユキオのこめかみからゆっくりと離された。

 月明かりが陰り、闇があたりを覆い尽くす。どこからか零れてくる光で、ユキオの目がぎらりと光った。


「ざーんねーん」


 舌をべろりと出して、笑う。喉が細かに動いて、クツクツと音を奏でる。愉快だと言わんばかりの笑い声に、香塚は唇を震わせた。


「さあ、あんたの番だ」


 銃が香塚の元へ戻ってきた。暗闇と同じ真っ黒の銃身を、香塚の目は捉えることが出来ない。命を奪い去る武器は、その存在を闇より深く濃く、主張する。

 わずかに動いた右腕はそれ以上動かすことが出来ず、香塚は意味も無く後ろにいる唯子を見た。

 銃を構えたままの女。タレ気味の大きな目とぽってりとした唇。その辺にいる普通の女の子だ。だが、女の目にはユキオと同じような鋭さが宿り、いつでも香塚を殺せると訴えかけてくる。

 後ろにいるのは、非力な女だ。おそらく突き飛ばすだけで簡単に倒せるだろう。しかし、女の持つ銃は、香塚を捉え、けして逃そうとしない。後ろを振り返り、一歩でも足を動かせば、女は容赦なく銃弾を香塚に浴びせるはずだ。

 ユキオになど負けるわけがないと思っていた。ユキオが己を殺しに来ても、返り討ちに出来ると信じていた。もしもに備え、万全の準備をしてきたのだ。ぬかりは無かった。

 それなのに、ユキオは、こうして香塚の命を奪おうと目の前に立っている。

 何を間違ったのか、脳が急激に答えを出そうと動き出した。

 ユキオを生かしたことが間違っていた?

 ユキオを侮っていた?


「おーい。早くしろよー。まだ確率は二分の一だぜえ? 自分がおっちんだところでも想像してびびってんのかよー?」


 わざとらしく語尾を延ばして馬鹿にした口調を繰り広げるユキオを、香塚は睨みつけた。

 確率は二分の一。死はまだ確定していない。ここで弾が出なければ、ユキオは確実に死ぬのだ。

 香塚は息を長く吐き出し、こめかみに銃を当てた。






 病院の裏側は、静まり返っていた。

 星も見えない厚く重たい雲。月のある場所だけ薄くなり、ぼんやりとした月の光が病院を青白く染めていた。

 裏口からは従業員らしき人物が時折出入りしていたが、周りに人はいない。おそらく表側での騒ぎで、皆そちらに行ってしまっているのだろう。

 学登は機を見て、裏口に入り込んだ。

 事件が起こっているとは思えないほど、いつもと変わりない廊下。だが、ほとんどの人間が避難してしまっていたためか、恐ろしいくらい物音ひとつしない。そこに生物は誰もいない錯覚に陥れられるほど、張りつめた冷たい空気が漂っていた。

 この病院から、総志朗を連れ出した日のことが、脳裏をよぎる。

 たった十五歳の少年が置かれた境遇。あまりに哀れで、あまりに凄惨だった。

 慕ってきてくれる少年を、学登は弟のように思っていた。

 だから、香塚病院の医師の一人が、ユキオを殺そうとしたことに怒りを覚えた。

 普通に生きられただろう少年が、理不尽にも殺される様を見過ごすことなど出来なかった。

 感情にまかせた、行動だった。


「俺は……」


 エレベーターよりも人とかち合う可能性が低い、非常階段へと歩を進める。

 一歩一歩階段を上がるたび、思考がクリアになっていく。

 あの医師の暴挙を止めなければよかった、と後悔してきた。ユキオがあの時死んでいれば、総志朗も他の人格たちも、何もせず何も感じず、安らかな死を迎えることが出来た。復讐に燃えるユキオに翻弄されること無く、今のような苦しみを知らずに死ねたのだ。


――あの時、あんたが俺を見殺しにしていれば、俺たちはこんなに苦しむことはなかった。


 光喜の言葉が、かすめていく。

 その通りだった。彼らを苦しめたのは、学登の浅はかな正義感だった。


――あんたは、自分が押し通した正義をへし折られるのが怖かったんだ。あんたは結局、保身のためにそう言い続けた。違う?


「その通りだ、光喜」


 お前の言う通りだよ、と学登はつぶやく。

 総志朗に「誰とも関わるな」と言い続けたのは、結局は誰かが犠牲になることを恐れたからだ。自分の偽善が招いた結果を見るのが、怖かったからだ。

 総志朗のことを思うふりをして、自分を守ろうとしていた。

 上がり始めた息を整えようと、一度足を止める。深呼吸を二度繰り返して、また階段を上がる。


「俺は……総志朗を監視してた」


 首を振る。

 確かに、保身のための行動だった。ユキオが目覚めて、その牙を向かないように、監視をしていた。

 だが、それだけではなかったのは、ゆるぎない事実だった。


「俺は、総志朗に、生きてほしかっただけだ……」


 非常階段を示す緑色のランプが目に入る。そこを目指して、足を速める。

 偽善だと言われてもかまわない。保身だろうと言われても「その通りだ」と答える。

 けれど、それだけではない。


 願っていた。

 加倉総志朗という人間が、ユキオにおびえることなく、ただ一人の人間として幸せに生きることを。父親が子どもの幸せを願うように。

 ひたすらに、それだけを願っていた。


 踏みしめる一歩が力を与える。

 長い長い階段の向こう。見出した答えは、彼らを止めるべく、走り出す。







 何が間違っていたかなんて、答えが出たってわからない。

 私が出した決断が、どんな答えを見出すかなんて、わかりやしない。

 それでも、進む。

 それでも、止まらない。

 あなたが、待っていてくれると信じているから。


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