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Route2 ルーレット:04

 唯子の手から放り投げられた一丁の拳銃を、ユキオはしっかりと掴んだ。

 片手に銃を構えたままの唯子は、香塚が逃げないようにとドアの前に立ちはだかる。


「なあ?」


 銃をクルクルと回し、ユキオは目を細める。

 手の中で踊っていた銃を掴むと、天井に向かって一発、弾丸を放った。弾け飛ぶ電球。パラパラとガラスが雨のように落ちていく。

 煌々とした光が無くなり、月明かりだけが部屋に注ぐ。藍色に染まった部屋の中、ユキオの目は時折ぎらりと光をなぞった。


「なあ、賭けをしないか?」


 ユキオの問いかけに、天井を仰いでいた香塚が目線を落とした。

 何を言ってるのかわからないと、眉をしかめる。


「ゲームさ。生きるか死ぬかの」

「何を……言っている」

「知ってるだろ? ロシアンルーレット」


 ユキオの拳銃から、ばらばらと弾が落ちていった。床を叩く金属の音が生々しく響く。そこから一発分だけ弾を拾う。


「オレと運勝負、してみなぁい?」


 ロシアンルーレット。六発入る弾そうに一発分だけを込め、ひとりひとりがこめかみに銃を当て撃っていくゲーム。

 六分の一から始まり、確率は次々に減っていき、確実に誰かを死に招く、恐ろしい賭け。


「誰が、そんな真似を……!」


 香塚は声を荒げ、ユキオに食ってかかろうとした。


「やらないんだったら、あたしが撃つ」


 後ろからの唯子の声で、押し黙るしかない。


「順番で撃って。相手を撃ったら、その前にあたしが殺す」


 逃げ場はどこにも無い。月明かりが陰る。

 ユキオはニタニタと笑い、銃を一回手の中で躍らせた。


「さて。じゃあ、まず。隠してる銃、出せよ」

「持っていない!」

「あんたが丸腰でいるなんてありえないね。早く出せ。持ってねえなら、撃ち殺す」


 苦虫をかんだような顔をして、香塚は白衣の下から手の平サイズの小さな拳銃を差し出した。護身用に持ち歩いていた武器だった。

 床に置かれた銃をユキオは拾い上げると、ズボンの背中側に差し込んだ。


「……もうすぐ警察と消防が来る。爆発なんか起こして、来ないわけがない」

「ここに来るまでには時間がかかるだろうよ。患者の避難が先だし? ここは入り組んだ場所にあるから、見つかるまで時間はたーーーーっぷりある」


 時計の音が静寂を鮮やかにする。

 対峙する二人の間には針を刺すような空気だけが蔓延し、青白い光が照らし出す。


「あんたから」


 放物線を描き、香塚の手に渡る一発の弾丸がこもった銃。

 それを両手で掴んだ香塚は、恨めしそうにユキオを睨んだ。

「どうぞ」と言うように、手の平を差し出すユキオ。

 確率はまだ六分の一だ。だが、その六分の一は、確実な死を連れて来る。


「早くしろよう。まさか、びびっちゃってんの? あの香塚先生が?」


 おどけた調子で笑う。

 香塚は震える指をトリガーにかけ、ゆっくりとこめかみに銃口を当てた。

 金属の冷たい感触が肌を突き刺し、香塚の全身を鳥肌が覆う。


「く……」


 撃鉄が弾ける音。だが、弾は出てこない。

 香塚はホウ、と小さく息を吐き、ユキオに銃を投げてよこした。

 自分の番が終われば、今度は相手を窮地に陥れる番だ。香塚の顔に笑みが戻る。

 ユキオは全くおびえた様子なく、拳銃をこめかみにすぐに当てた。

 楽しそうに笑い、「ぱああん!」と撃つ真似までしてくる。


「びびった?」


 喉を鳴らして笑い、躊躇無く引き金を引く。

 カチ、と音がしただけで、やはり弾はまだ出てこない。


「四分の一の確率だ。オレとあんた、どっちに運命の女神様は微笑むのかねえ?」








 やじうまが病院の周りを取り囲み、避難した患者や病院の従業員が駐車場にたむろする。他の病院へと搬送させるためか、救急車が何台も走り、あたりは緊迫した空気に包まれていた。

 病院の関係者が次々に殺害された事件のため、もともと香塚総合病院の周りにはしょっちゅう報道関係者がうろついていた。

 この爆破事件もスクープとばかりに、カメラをかまえた連中がてんやわんやと騒いでいる。

 爆破の影響はほとんど無いが、もしもに備えて患者は避難しているとか、怪我人はいるが死亡者はいないとか、この事件の様相は彼らの声で学登たちにもすぐにわかった。

 学登と梨恵、篤利は、車で香塚病院にまでやって来たのだ。

 こんな夜更けに病院に行くことを反対していた学登だが、爆破の一報をテレビで見るやいなや、ここに来ることを了承した。

 事態はとんでもない方向へと動いている。行かなければならなかった。

 三人は、人々の騒ぎ声と救急車とパトカーのサイレンの音に耳を塞ぎながら、事態を把握しようと、必要な情報を取捨していく。


「爆破なんてことを仕掛けてくるとはな……」


 思いもよらない展開に、学登は声を震わせる。


「ユキオ、だよな?」

「他に考えられるか?」


 篤利は信じられないと目を見開き、現実とは思えないこの騒ぎに唖然と口を開ける。


「なんでこんなことを?」

「さあな」


 冬の冷たい風が三人の頬をなでていく。思わず身をすくませながら、彼らはすべきことを見つけようと、この惨状に目をやった。










 始まる。

 鳥肌が全身を覆いつくして、このあまりに現実味の無い現実が体に染み渡る。

 止められなかった後悔が、刺し貫いて。

 呆然と見守ることしか、出来なかった。




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