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Route2 ルーレット:03

 響き渡る爆発音とわずかな振動。香塚は面食らい、目を泳がせた。

 はっとして、ドアの向こうにいる光喜を見る。


「まさか」


 香塚のぼやき声を聞き取ったのか、光喜は香塚をじっと見据え、口の端をニイとあげた。


「花火を利用して、時限爆弾を作ったんだよ。カバンに入れて、ロビーに置いて来た。気付いてるかと思ったんだけど。つまらねえな」


 ロビーの一番端にあった三人掛けのソファーにどかりと座り、悠然とあたりを伺っていたユキオの姿を思い出す。彼の足元に黒革のバッグがあったことを、香塚は思い出せない。


「心配しなくていい。そんな大掛かりなもんじゃない。花火みたいなもんさ」


 淡い緑色のその目の奥に計り知れない何かを感じ取る。香塚は冷や汗がにじみ出てくるのを悟られないように、一歩ドアから身を離した。

 奥の階段から、スーツの男が走り寄って来る。がたいのいいその男は香塚が雇ったSPだ。角刈り頭のSPは汗を手の甲でぬぐいながら、香塚に耳打ちした。


「一階のロビーで爆発がありました。規模は小さく、怪我人はいないそうですが、避難を開始しています。院長も、早く」


 語尾がすれて消えていく。香塚は不思議に思ってSPの男を凝視する。男はがくりと肩を落とし、そのまま倒れてしまった。

 突然の事態に香塚は「ひっ……」と小さく悲鳴をあげ、後ずさる。


「麻酔銃だよ。死んではいない」


 男の大きい体で死角となっていた。男の後ろに髪の長い女が銃を構え立っていたのだ。


「な、ど、どういうことだ!」

「ユキオには共犯者がいる。気付かなかった?」


 女は長い髪をかきあげ、にっこりと笑った。

 足元に倒れる男の懐にあった拳銃を取り出し、二丁の拳銃を香塚に向ける。


「もう一人いたSPもあっちで血だらけでうめいてるよ。麻酔銃はそいつから奪ったんだ。あんたの味方はもういない」


 女の言葉に、香塚はぎりぎりと奥歯をかんだ。追いつめたはずの獲物に牙を向かれた。

 唇が震え、拳が震える。手の平に食い込んだ爪が、すんでのところで理性を呼び戻す。


「鍵を開けて」

「なんだと」

「そこの鍵を開けて」


 唯子の目はユキオが閉じ込められた部屋をさす。香塚は逡巡したが、唯子の持った拳銃が自分自身に向けられていることを認識し、ポケットにつっこんだ鍵を手に取った。

 この扉を開けることにより、いっそう形勢は不利になる。

 だが、開けなければ、殺される。

 迷う時間を許さないと、唯子の拳銃から火が吹いた。床をえぐり、弾が跳ねる。


「早くして」


 ごくりと唾を飲み込み、鍵穴に鍵を差し込んだ。

 まるで地獄への扉が開くように、鍵の回る乾いた音が廊下に響いた。








「梨恵ちゃん、よく考えて。この時間だ。まずは家に帰って、明日にしないか」


 着替えの終えた梨恵が、カツカツとヒールの音を響かせて廊下を急ぐ。その後ろを学登が追いかけ、さらにその後ろから篤利がついてくる。


「嫌よ。今すぐ行くわ」


 小脇に抱えたコートをばっと広げながら羽織る。襟を直し、消灯済みの廊下を見渡す。出口がどこだったか、思い出せない。

 増築を重ねたこの病院は迷路のようだ。梨恵は人差し指で顎を二回叩くと、さっと左を向いた。


「梨恵ちゃん、出口は右だよ」

「うっさい! わかってるわよ!」

「思いっきり左むいてんじゃーん」


 後ろから篤利の茶々が入り、ぎっと睨みつける。篤利はひょこっと肩をすくめて舌を出した。


「とにかく一度浩人に会ってからにしよう。梨恵ちゃん、意味がわかるか?」

「え?」


 神妙すぎる学登の表情に、梨恵はふと我に返る。すぐに会いに行かなければという思いが先に来てしまい、頭がそれだけでいっぱいになっていた。冷静になる一瞬。ふとよぎったのは、向けられた冷たい銃口と、ユキオの暗い目。


「覚悟をしないといけない。……浩人にもう二度と会えなくなるかもしれないんだぞ」


 学登の低い声が、静まり返った廊下で、やけに大きく聞こえた。梨恵は唇を手で覆い、うつむく。


「ユキオに会いに行くということは、死ぬかもしれないと考えてなきゃいけない。覚悟はあるのか? また拳銃を突きつけられる、その覚悟はあるのか?」


 氷を飲み込んだようだった。冷たい固まりが食道を通り、胃の中に落ちる。落ちたその痛みで、縮み上がる体。


「……死なないわ。何があっても」

「梨恵ちゃん」

「浩人のためにも。総志朗のためにも。絶対死なない」


 梨恵の目に宿る力強さ。非常用の出口をさす緑色のパネルの光が、梨恵の瞳に反射する。その輝きは、まるで、総志朗の瞳のようだった。







 開いた扉の前で、香塚と光喜はにらみ合う。

 時計のわずかな音。爆発の影響で暖房が止まってしまったのか、空気はだんだんと冷たくなっていく。なのに、香塚は大粒の汗を頬から首筋に流していた。


「決着をつけるのは俺じゃない。ユキオだ」


 そう言って、光喜はゆっくりと目を閉じた。

 再び目を開けば、ユキオが姿を現す。香塚は恐怖を覚えながらもふつふつと沸き起こる不思議な期待を隠せず、好奇心の固まりだな、と自嘲する。


「ユキオが決着? 私に逆らえもしないクソガキに何が出来る」

「……違うね。逆らえなかったんじゃない。逆らわなかったんだよ。この憎しみを溜めれば溜めるほど、それだけあんたを殺す時、爽快感を味わえる」


 クツクツと喉を鳴らして笑う。


「俺はこの時をずっと待ってた……」


 少しずつ開いていくまぶた。その瞳の奥に、ぞわぞわと溢れ出す闇の色。


「あんたも爪が甘いよな」


 ユキオが笑った。










 何も映さない闇色の目。

 深淵の闇の向こうにあったのは、何だったのだろう。

 その手が欲したものは、復讐だけだったの?

 総志朗。

 あなたの存在が、彼らをどう導くの?





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