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Route2 ルーレット:02

「で、忘れ物って?」


 腰に届くくらいの長いストレートの髪。ショートパンツに細かな花柄のワンピースを着た唯子は、目の前にいる高校生を睨んだ。

 唯子の友人、幸穂から預かったものがあると呼び出してきた少年。

 目の前にいる、つり目の高校生は、にんまりと笑い、真っ黒の紙袋を差し出した。


「これ」

「どうも」


 紙袋を取ろうと手を出すと、スイとかわされる。むっとして、唯子は唇をひくつかせた。


「なに? 早く返してよ」

「交換条件」

「はあ?」


 つりあがった眉毛がピクリと動く。少年は唯子の反応を楽しんでいるかのように目を細めた。


「わざわざ届けてやったんだからさ。一個だけ、教えてよ」

「何を?」

「ユキオの居場所」

「……あんた、なに? ほんとにサチの友達?」


 幸穂は二八歳だ。高校生くらいの男と知り合いだとは思えない。


「幸穂さんとは知り合いだよ。嘘はついてない。ユキオとも知り合いだし」

「ユキオとも知り合い?」


 ますますわけがわからない。唯子は紙袋に向けていた視線を、少年へと移した。

 まだ幼さの残る顔立ち。つんつんとたてた髪の毛が、しゃれっ気に目覚めたばかりの若者だというのを主張している。


「ユキオ、あの殺人事件と関わってるんだろ? この紙袋の中身がその証拠だとしたら?」


 背筋が凍りつく。

――証拠。そんなものを残した覚えはない。だが、何も無いとは言い切れない。


「答えてよ。ユキオはどこにいる?」


 冷たい空気を飲み込んで、唯子は唇をかんだ。

 何の証拠なのかはわからない。本当にそこに『証拠となるもの』があるかさえも。

 だが、ユキオはもうすぐすべての復讐を終える。

 その邪魔となるものは、なんとしても排除しなければならない。


「……中身を見せて」

「弾丸が入ってる」

「それが証拠にでもなるっていうの?」

「日本に拳銃は溢れてない。警察が押収したものと一致すれば、疑われるのは確実だろ。ユキオが香塚病院に恨みを持ってることなんて調べればすぐにわかることだし」


 握った拳が震える。


「……香塚病院」


 ぎりぎりと噛み締めた奥歯をそのままに、歯と歯の隙間から息を漏らすような声で唯子は答えた。

 どうせ、居場所を教えたところで、今更どうしようもないはずだ。

 彼はもう香塚病院にいて、行動を起こそうとしている。


「どうも」


 少年は満面の笑みを湛えて、さっと踵を返した。唯子は慌てて、彼の服をつかんだ。


「ちょっと! それ、よこしなよ!」


 きょとんとした顔をしたあと、少年はふっと鼻で笑った。


「はい」


 渡された紙袋。唯子がそれを除いている隙に、少年は小走りで去っていってしまった。

 紙袋には、何も入っていなかった。








「梨恵さん!」


 病室のベッドでうたた寝していた梨恵の元に息せき切って現れたのは、篤利だった。

 走ってきたせいだろう。つんつんとはねた髪の毛が乱れまくっていた。


「篤利君。どうしたの?」


 体を起こし、寝癖のついた髪の毛を慌てて直す。

 篤利の後ろから、学登がひょこっと顔を出した。


「梨恵ちゃん、ユキオの居場所がわかった」

「本当!?」


 身を乗り出した梨恵を制する学登を押しのけ、篤利は「俺が探し当てたんだ!」と自慢げに胸を張る。


「香塚総合病院にいるらしい! 今から行こうと思ってるんだ!」

「私も行くわ!」


 ベッドから這い出て、梨恵は棚にしまった私服を取り出す。いつでも退院できるように、準備していたのだ。


「で、でも梨恵さん……」

「行くったら行くのよ! 着替えるから、外に出てて!」


 梨恵の怒声に、篤利も学登も肩をすくめて、すごすごと病室を出て行った。


――最後の賭けだ。


 梨恵は、総志朗の言葉を反芻して噛み締める。

 総志朗の最後の賭け。

 それは、梨恵にとっても、最後の賭けだった。









 病院のロビー。あたりはすっかり闇に包まれ、ナースステーションからの光だけが漏れる。

 巡回を終えた看護師の一人が小さなため息をつきながら、懐中電灯を軽く振った。

 もうすぐ深夜二時。

 夜勤には慣れたが、やはり眠いのだろう。あくびをしてしまい、慌てて誰かに見られてなかったかと、あたりを伺う。

 ふと、時計の音が聞こえた気がした。

 秒針が動く、小刻みの音。


「何の音?」


 ロビーに時計は設置してあるが、こんなにも音が気になったことは無い。

 懐中電灯をロビーに向けると、整然と並んだ若草色のソファーがその色を浮き彫りにした。


「……気のせいかしら」


 看護師は首をかしげながら、ナースステーションへと戻っていく。







 ドアに取り付けられた鉄格子付きの小窓。そこから香塚はユキオの様子を伺っていた。

 錆び付いたテーブルに置かれた目覚まし時計を睨み、ユキオは微動だにしない。


「何を考えている……」


 口ひげをなで、思案する。監禁されたというのに、ユキオはひとつもあせっていない。

 何かを心待ちするように、時折笑みを浮かべる姿は、香塚から見ても不気味だった。


「何を考えていようと、私がユキオに負けるわけがない……」


 そう独りごちて、鉄格子の向こうのユキオから目をそらそうとした時だった。

 ユキオが、香塚を見やった。

 いや、ユキオではない。左目を濃い緑に変えた男――光喜がそこにいた。

 香塚は、まだ光喜が『相馬光喜』であった頃なら会ったことはあったが、ユキオの中にいる光喜という人格と会ったことはない。

 初めて見るその左目の妖しい輝きに、香塚は思わずごくりと唾を飲んだ。


「考えたことはあるか?」


 光喜の突然の問いかけに、香塚はすぐに反応出来なかった。


「自分がどんな終わりを迎えるのか、考えたことはあるか?」

「……終わり、だと?」


 ようやく声を絞り出す。口内は乾ききっていて、飲み込む唾さえ出てこなかった。


「俺は毎日考えているよ。その瞬間を」


 光喜の左目がぎらりと光る。日本刀が光を受けた時のような、飲み込まれそうな恐怖を瞬かせた。


「何を言って――」


 その時。

 激しい爆発音とわずかな揺れが、香塚の体を貫いた。


 目覚まし時計が高音を響かせて、深夜二時を知らせた。








 そう、それは最後の賭け。

 復讐者が迎える、有終の舞台。

 今、それは静かに幕を開ける。



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