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Route1 復讐:09

「梨恵ちゃん」


 ゆっくりと開いたドアから、学登が顔を出した。

 学登の後ろには看護師が歩いている姿が見える。やはり、ここは病院のようだった。


「学ちゃん! 大丈夫なの!?」


 立ち上がりかけた梨恵を制するように、学登は右手を上げてみせた。黒いセーターを来ているせいで、怪我の程度はわからないが正常に動いている。どうやら、ユキオに撃たれた右腕は、後遺症はなかったようだ。


「腕は平気みたいね」

「撃たれた胸も、無事だよ」


 そう言って、無精ひげをなでる。笑い事ではないのに、何のことはないといった顔をする学登の姿に、梨恵はほっと息を漏らした。

 ユキオが襲撃してきた日、学登はもしもに備えて、防弾チョッキを着ていた。撃たれた胸は痣が残ったものの、傷はひとつもない。

 そしてこれは、学登の賭け。

 彼らの、賭けでもある。


「私、なんで病院にいるの?」

「流れ弾に当たったんだよ。気付かなかった?」


 学登の指差す右肩を見る。包帯がぐるぐるに巻かれていた。

 それに気付いた途端、ずきずきと痛みが走る。


「俺が撃たれてすぐ、梨恵ちゃん、気絶したんだよ。怪我もしていたから、病院に運んだんだ」

「そう、だったの」


 左手につかまったままの浩人の頭をなでると、浩人は猫のように目を細めた。


「……殺されるかと、思ったわ」

「俺もだ。実際、防弾チョッキを着てなけりゃ、死んでた」


 今更になって震えが体を襲う。浩人の温もりだけが、最後の砦のように梨恵の心を支える。


「怖い思いをさせたな。悪かった」

「学ちゃんは悪くない。勝手な行動を起こしたのは私だわ」

「でも、つらかったろう?」


 涙がこぼれおちそうになる。丸い目を向けて梨恵を見つめる浩人を前に、梨恵は泣くことはできず、ぐっと唇をかんだ。

 浩人の前では、毅然とした母親でいたかった。

 だから、ここでは、泣けない。


「これから、どうなるのかしら……」

「どうにかする。大丈夫だ」


 学登の力強い言葉に、梨恵はただうなずいた。学登も不安でいっぱいだろう。

 ユキオのあの狂気に満ちた目は、誰にもどうすることは出来ない。それを悟るには、銃口を向けられたあの一瞬で充分だった。

 それでも、「大丈夫だ」と言い張らずにはいられないのだ。梨恵もそれがわかっているから、首肯する。

 浩人の手を握る。それだけで、勇気がみなぎった。








 ブラックジーンズのポケットに手を突っ込み、男は悠々と病院の自動ドアを通り抜けていった。右手にぶら下げた黒い革のバッグが大きな歩幅と共に揺れる。

 ドアの前に立つ警備員が、男をじろりと睨んだ。男はふっと笑って、ロビーにたむろする患者を見渡した。

 男――ユキオは端にあった人の座っていない三人掛けのソファーにどかりと腰を下ろし、また、あたりを悠然と睨んだ。

 差し込む光に包まれて、穏やかな昼下がりの姿を見せるロビー。患者を呼ぶ看護師の声が壁に反響する。

 静かな室内で、子どもの笑い声が一瞬聞こえた。

 肩にかけていたカバンを下ろし、足元に置く。喧騒に耳を澄ませ、目をつぶる。


「久しぶりじゃないか。ユキオ」


 ユキオの前に白衣の男が立っていた。ボリュームのある白髪は後ろになでつけられ、テカテカと光る。

 口ひげをなでる癖は、あの頃と変わらない。

 この病院の院長、香塚孝之だ。


「驚いたよ。君のほうから連絡が来るとはね」

「先生に会いたかったからね」


 右側の口角だけを上げて、ユキオは笑う。だが、その目は獲物を狙う狼の目のように鋭い。


「どうだい? 研究室に来るかい? 懐かしいだろう」

「茶くらい出してくれんだろうな」

「ははは。当然出すよ」


 歩きだした香塚のあとを追って、ユキオも歩き出した。

 奥に続く長い廊下。上に行くエレベーター。その先には、かつて彼を閉じ込めた檻がある。


「私の実験が警察にばれたらしい。最近嗅ぎまわられている。情報を流したのは、君かい?」


 振り返ることなく問いかけてくる香塚に、ユキオは何も反応は示さない。


「警察に露見する前に始末しなければいけないことが多すぎるよ。やっかいなことになった」


 そう言う割りに、その言葉が軽く感じられた。あまり大事だとは思っていないのが、香塚の飄々とした様子から察しがついた。

 エレベーターに乗り込むと、あっという間に目的の階にたどり着く。知らせる音が、地獄の日々を思い出させる悪魔の笛の音に聞こえた。


「懐かしいだろう? 君が憎む、君の家だ」


 煌々と明かりは灯っているのに、薄暗く感じる長い廊下。閑散とした様子が、その場所を異空間のように思わせる。

 そこにいるのに、足元がふわついて、そこにいないような感覚が襲う。


「どうした、ユキオ? 怖いのか?」


 エレベーターから一歩足を踏み出したまま動かないユキオに香塚は下品な笑みを向けた。

 人を小ばかにした、蔑んだ目で。


「他の医者は?」

「仕事中だよ。君が来るから、私だけ時間を空けておいたんだ」

「殺されるってのに?」

「どうせ殺せないだろう?」


 鼻で笑って、香塚はすぐ正面のドアを開けた。開けた瞬間に漂う白檀の香り。ユキオは顔をしかめ、鼻を擦った。

 重厚な木製の大きな机と、端整に編まれた細かい柄の絨毯。奥にそそり立つ本棚には分厚い本が詰まっている。

 香塚の部屋――院長室だ。


「――俺はてめえを殺しに来た」

「私は君の父親だよ? 父である私を、殺せるのかい?」


 余裕綽々といった様子で、香塚はお茶を用意し始めた。


「俺を見くびってんのか? 俺は、本当の母親も殺してるんだぞ」

「ああ、そうだったのかい。不審な点は多かったから疑ってはいたんだがね」


 ユキオを産んだ母親。ユキオを産んだ時はまだ高校生だった幼い少女。ずっと昔、自殺したと、新聞の記事に小さく掲載されていた。

 ユキオの養母である澤村麻紀子は、ユキオを捨てた後悔を捨てきれず追い込まれ、自殺したのではないかと予想していた。

 だが、事実は、違う。


「あの女のところに行って、首を包丁でかっ切ってやったんだ。あの女が断末魔の悲鳴を浴びて死んだ瞬間、俺はちびるくらい幸せだったよ。脅して、ちゃんと遺書も用意させた。半狂乱になって命乞いしてくるあのバカ女の姿は、一生忘れられねえよ」


 楽しげにユキオは一気にまくし立てた。己の武勇伝を誇らしげに語るように。


「だから、てめえを殺すことなんて、蚊を叩いてつぶして殺すみたいに、簡単なことなんだよ」











 復讐は、幕を開ける。








 This tale cleared.Next tale……ルーレット





 


WEB拍手に拍手ありがとうございます!

読んでくださっている方がいるというのは、とても励みになります。


WEB拍手にてこっそり予告をしていたのですが、ここのところ滞りがちでした。

申し訳ありません。

企画作品も終了し落ち着きましたので、その辺もきっちりやっていきます。

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