Route1 復讐:08
登場人物のおさらいです。
浅尾梨恵
26歳。総志朗の元同居人。
加倉総志朗
澤村ユキオの人格の一人。
何でも屋を営んでいた。
澤村ユキオ
基本人格。残酷な人間。
香塚の元で人体実験を受けていた。
黒岩学登
総志朗の保護者的存在。
ユキオの実験に関わっていた。
親戚が加倉組というやくざ。
白岡奈緒
総志朗のセフレ。
総志朗を消すために、五年前殺された。
浅尾浩人
梨恵の一人息子。
香塚孝之
ユキオの養父。
自分の研究のためにユキオを実験に使っていた。
視線が絡み合う。
梨恵は蛇ににらまれた蛙のように動けなくなってしまった。
大蛇に飲み込まれる寸前の、身の毛がよだつ恐怖。まさにその感覚が梨恵を襲い掛かり、ユキオを見つめることしか出来ない。
梨恵を見つけたユキオは、獲物を狩らんと一歩一歩動き出す。
動きを制しようと、加倉組の男たちは銃口をいっせいにユキオへと向けた。
「撃たないで!」
瞬間、梨恵は叫んでいた。
ユキオを殺さなければ、殺されるのは自分だ。
それはわかっているのに、彼の中にいるはずの『総志朗』を絶対に殺したくなかった。
「馬鹿だなあ。撃って! って言えば助かるのに」
ユキオはニタニタと笑い、トリガーに手をかける。
一触即発の緊張感がびりびりと空気を振動させた。
「総志朗を、返して」
「総志朗? まだそんなやつにしがみついてんの? 馬鹿じゃねえの?」
射程距離へと、詰め寄ってくる。
「ユキオ! それ以上動くな!」
学登が構えた銃は、まっすぐユキオに照準を向けていた。だが、ユキオはやはり動じることは無い。
少しずつ、迫ってくる。
「どいつここいつも、威嚇はしても、オレを撃とうとしない。あんたはオレを殺さないよう、命令してんだろ?」
余裕ぶった表情で、ユキオは笑みを絶やさない。
「撃てるんなら撃てよ! 殺せるなら殺してみろ! オレを殺さなかったことを、後悔してきたんだろ!」
唾を吐き出し、大振りに手を広げる。
学登はごくりと唾を飲み、片手で額に溢れた汗をぬぐった。
「殺せ! 殺せよ!」
「学ちゃん、撃たないで!」
梨恵の懇願で、ユキオを捉えていた学登の銃口が、ゆるむ。
ユキオはそれを見逃さない。
「バカ女が! てめえのその偽善が、てめえを殺すんだよ!」
「偽善の何が悪いの!? 私は、総志朗を殺させない! 私が守るのよ!」
とっさに出た怒声は、梨恵に力を与えた。身を震わせるほどの殺意を孕むユキオが恐ろしくても、それを上回るほどの気持ちがある。
一心に、ひたすら一心に言い聞かせる。
総志朗を守るのだと。守れるのは、自分しかいないのだと。
「言ったはずだよな? 邪魔するなら、殺す」
空気がぴんと張りつめた。
切れる寸前の糸が、細かに振動する。もう終わりだと、その時を告げた。
「梨恵ちゃん!」
ユキオの放った弾丸は、火を吹いて真っ直ぐに飛ぶ。
切り裂き、つんざき、引き裂く。
轟いた銃声が、耳朶を刺激し、体まで響き渡る。
「が、学ちゃん!」
すんでで梨恵をかばった学登の腕から、一瞬の間のあと、噴き出すように血が落ちていった。
慌てて駆け寄る梨恵。学登は痛みをこらえきれず、畳に膝をついた。
「なし、えちゃん。逃げ、ろ」
「嫌よ!」
「俺は、こ、殺されて……も、かまわないんだ」
学登の左の二の腕からはぼたぼたと血が滴る。止血しようと傷口を押さえた右手が、真っ赤に染まっていた。
「ユキオ。俺はお前に殺されても、文句は言わない。俺がお前にしたことは、お前を苦しめるだけだった。殺せ」
「潔ぎ良すぎじゃねえの? 黒岩さん」
ユキオはニタリと薄気味悪い笑みを浮かべて、また銃を構えた。学登の額を狙っている。
「総志朗! てめえは、大事なやつ一人、守れやしねえ! てめえも死ね!」
再び放たれた弾丸は、ぐらりと揺れた学登の胸部をえぐった。
学登を撃ったことで、加倉組の連中は遠慮をやめた。ユキオを殺そうと血走った目で銃を構えだしたのだ。
梨恵の静止も届くはずが無い。
ユキオはそれを瞬時に察知し、身を翻して逃亡を図った。
すでにこの家のつくりは把握していたのだろう。外へと出やすい窓を突き破り、ちょうど迎えに来た車にするりと乗り込んでしまった。
時間も場所も、ある程度計画しての犯行だった。
走る車の中で、ユキオは独り言をつぶやき続ける。
「もう消えろよ。てめえのせいで、白岡奈緒も黒岩学登も死んだんだ。てめえさえいなけりゃ、こんなことにならなかった。さっさと消えてりゃ、黒岩学登は死ななくてすんだ。なあ、いい加減わかっただろ? てめえの存在なんて、どこにもねえんだよ」
深淵に呼びかける。深く狭い闇の中。彼は、そっとまぶたを閉じた。
ユキオの声に応じるように。
すべてを、あきらめた顔で。
「ふ、は、あはははははは! バァカ! まじで最高! やっとやっと、いなくなりやがった!」
パタパタ、と床を叩く足の音で、梨恵は目を覚ました。
薄ぼんやりとした目の前。よく見えなくて、手で目をこする。
もう片方の手にかかる、ずしりとした重み。手を動かそうとして、やめた。
一人息子の浩人が、白いベッドの上にいる梨恵の手を抱え込むように握って、寝入っていたのだ。
「ここは……」
簡素なパイプベッドと、小さな棚。向かいには洗面所があるだけのこじんまりとした部屋。
なんとなく消毒液のにおいがする。
「……病院?」
スピ、と浩人の鼻が鳴った。小刻みに鼻の穴が動いている。浩人のねこっけの髪をなでると、浩人はふと目を覚ました。
「ママァ」
おいすがるように梨恵に抱きついてくる。
「ごめん、浩人。心配かけちゃったね」
ぎゅっと抱きしめた息子の温もりが、梨恵の目を潤ませた。
あなたを取り戻すためなら、私は何でもする。
償いだとか、そんなんじゃないの。
あなたが必要だから。
あなたが好きだから。
あなたに戻ってきてほしいから。
何でもする。
何があっても。
更新が遅くなってしまい、申し訳ありませんでした。
来週からまた月or火曜(たまに他の日も)更新していきます。