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Route1 復讐:07

 いきなり飛び込んできた車は門の重い扉をぶち破り、破裂音を響かせる。

 木屑が飛び散り、木片が大きな音をたてる。

 速度を落とさず家に侵入したミニバンは、タイヤをうならせ、庭をすべっていった。

 広い日本庭園。松の木がなぎ倒され、騒ぎに気付いた男達が怒声をあげながら、庭で惑う。

 半円を描いて止まった車から、悠然と男が一人、足を出した。

 男が完全に車から体を出すと、車はまた砂煙をあげて走り出し、行ってしまった。


 喧騒の消えた一瞬、加倉組の男たちは、そこにいる男に恐怖を覚えた。

 たかだか一人。多勢に無勢のこの状況は恐れるに足るものではない。だが、男の浮かべた不敵な笑みと狂気を孕んだその瞳に、誰もが固唾を飲んでいた。

 片手に構えた拳銃を、男はとんとんと叩き、自分を取り囲む男たちをぐるりと見やる。強面の連中が揃っているのに、男はひとつもひるまない。


「ここに、女がいるだろ?」


 男は楽しげに問う。誰も答えない。


「浅尾梨恵。いるんだろ!」


 緊縛した空気が埋め尽くす。一触即発のこの状況下で、ただ一人、笑う。







「浩人、絶対出てきちゃだめだからね」


 広い家屋の一番奥の部屋。北側にある日の差さない部屋で、梨恵は浩人を押入れへと隠した。

 外の喧騒は届いてこない、静まり返った部屋。

 守るために男達が何人も部屋を取り囲んでいる。

 半べそをかいている浩人を隠すのは、彼を巻き込まないため。

 そして、ユキオに会わせないため。

 浩人は総志朗に父親としての姿を重ねてしまっている。総志朗の姿を認めれば、きっと「パパ」と行って駆け出すだろう。

 それほど、浩人にとって総志朗と行った動物園の思い出は、大切なものになっているのだ。

 だからこそ、総志朗と会わせるわけにはいかない。

 今、ここに来ているのは、総志朗ではなく、ユキオなのだから。


「ママァ……」


 泣き声をあげる浩人の頭をそっとなで、ぎゅっと抱きしめる。


「大丈夫。ここにいるのよ」


 浩人のねこっけが梨恵の鼻をくすぐる。ミルクの香りが心を落ち着かせてくれる。

 涙をためた浩人の頬を優しくなで、梨恵は押入れを閉めた。

 ここまで彼は来るだろうか。浩人の元までたどりついてしまうだろうか。

 恐怖は暗雲となってどんどん増えていく。

 震える足を無理やり動かして、梨恵は部屋の外へ出る。


「浅尾さん、部屋から出ないで下さい」

「トイレくらい、いいでしょ?」


 梨恵の護衛を頼まれている男が即座に梨恵の肩をつかんだが、梨恵はそれを振り払って歩き出した。


「我慢できませんか」

「出来ない」


 男は梨恵の後ろをぴったりとついてくる。


「ユキオが表玄関から侵入してきてるんです。危険です」

「ここまでは来ないわよ」


 歩調を速める。男は梨恵にくっついて離れない。


「私のことより浩人のことをきっちり守って」

「大丈夫です。あの部屋の周りには護衛が何人も配されています」

「ちょっと、トイレ入るから。そこにいるのやめてくれる?」


 いつの間にかトイレのドアの前までたどり着いていた。

 護衛の男は慌てて一歩後ずさる。


「音まで聞くつもりなの? 勘弁してよ」

「す、すいません」


 男はさらに慌てて、数歩後ろに下がった。

 その一瞬の隙を突いて、梨恵は勢いよく走り出す。男は何が起こったのかわからなかったのか一瞬呆けた顔をしたが、すぐに梨恵を追って走り出した。

 だが、梨恵は廊下を曲がり、広い家のどこかへさっと身を隠し、男の追跡を振り払う。








 護衛の男を撒いた梨恵は、組の連中に見つからないようにしながら表玄関へと向かっていた。

 梨恵を守るようにと学登から口を酸っぱくして言われている組の者たちは、梨恵を見つけたならすぐに捕まえて、あの奥の部屋にかくまってしまうだろう。


 梨恵はどうしてもユキオに会いたかった。

 殺されるかもしれない。それはわかっている。だが、突き動かされる。

 ユキオに会えば、総志朗を取り戻せるかもしれない。

 呼びかければ、総志朗が顔を出し、ユキオを蹴散らしてくれるかもしれない。

 そしてまた『総志朗』に戻ってくれるかもしれない。

 あの日々が――戻ってくるかもしれない。

 淡い期待が、恐怖心を上回った。

 遠くから、叫び声が聞こえてくる。思わず足がビクリと止まる。

 この先、この向こうには、梨恵が知らない、血にまみれた世界があるかもしれないのだ。

 体中から血の気が引いていっているのがわかる。

 恐怖は体中を覆いつくし、鳥肌がぞわぞわと全身に広まっていく。


 空を切り裂く轟音が耳を弾く。

 一発、二発。音が飛ぶ。


 ガタリ、とふすまが倒れ、梨恵は息を飲んで立ち尽くした。


「梨恵ちゃん……!」


 組の連中がふすまと共に倒れている。その横には、学登がいた。


「な、なんでここに!」


 テレビの音量を最小から最大にいきなり変えたかのように、たくさんの音がいきなり飛び込んでくる。

 罵声、怒声、悲鳴。

 その中心はまだ遠い。だが、確実に騒ぎは波及し、事を荒立てる。

 倒れていた組の男は、片手から血を流し、よろけながら歩いていってしまった。


「ユキオが発砲してる。あいつは流れ弾に当たったんだ」


 蒼白の梨恵を気遣うように学登はそうつぶやくと、梨恵を部屋の隅に寄せた。


「危険なんだ……! 奥の部屋で大人しくしていてくれ」

「でも!」

「梨恵ちゃん、気持ちはわかる。だが、出て行ったところで殺されるだけだ。どうして俺がここに君をかくまったか、理由を忘れたわけじゃないだろう」

「私を狙ってるのはわかってる。でも、私は浩人さえ守ってもらえればそれでいいの!」


 学登の肩越しから、ずっと先。

 庭が見える。

 梨恵がふと目線を動かしたその時。


 ――ユキオと目が合った。










 あなたを守りたい。

 守ると言った。

 あなたを守ると、私、言ったの。

 だから。




前回で150話超えました。

ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。

物語はやっと終わりに向け進んでいます。

最後までお付き合いいただけたら幸いです。

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