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CASE2 病人:01

「総ちゃ〜ん! えっちしようよぅ」


 奈緒が甘えた声を出して総志朗にすりよる。


「暑いからやだ〜」


 首を振ろうとする扇風機を手で押さえながら総志朗は答えたので、声がブルブルと震えた。

扇風機は必死で首を振ろうとし、ガタガタと音を立てているが、総志朗は気にも留めていない。


「総ちゃんとえっちしたいから来たのにぃ!」


 扇風機から手を離し、プウと顔を膨らませて怒る奈緒の顔をその手でプシュウとつぶしてやる。

扇風機はやっと総志朗から開放され、正常に首を振りながら風を送り出した。


「なしえっちにクーラーのリモコンは奪われるし、ラブホ行く金はねえし。こんなくそ暑い部屋で抱きあったら、暑くて死ぬ」




 梨恵との共同生活が始まって1ヶ月。最初に決めたことは部屋割りと生活費の折半方法。

 祖父が遺したこの家は2階建ての2LDKだ。

2階に6畳と4畳半の2部屋、1階はLDKという間取りになっている。

その2階の6畳の部屋を梨恵が使うことになり、1階のリビングが総志朗の部屋と決まった。4畳半の部屋は祖父の荷物がしまってあるため、使っていない。

 生活費の方はというと、光熱費は折半、食費とその他の雑費は自分達でまかなうことになった。

 2人の喧嘩は同居初日で勃発した。

食料はそれぞれで買い、それぞれで食べる。それが最初に決めたルールだったのだが、総志朗はその日の風呂上り、やってはいけない行動に出てしまったのだ。

 誰しもがあるだろう。冷蔵庫を開けると、自分のものではないおいしそうなもの。

食べるか食べないか、迷った挙句に食べちゃった! ありがちなことだ。

 総志朗の場合はビールだった。

風呂上りの茹だった体を冷やしてあげるよ、とばかりに輝くビールのシルバー色の缶。

一本くらいと、手を出してしまった。

ゴキュッと喉を通るビールは、あっという間に総志朗を爽快な気分にした。

 だが、後ろに控えていたのは、怒りに震える鬼……いや、梨恵が立っていたのだ。


「あんた、それ、誰のだか知ってるのかな? それ、最後の1本なんだよねえ」


 怒っているのに、笑っている梨恵。


あ、この人、怒ると笑うタイプなんだ。


 総志朗はそんなことを冷静に分析していたが、食べ物の恨みほど(この場合は飲み物の恨みだが)は恐ろしい。

 この家の主は梨恵であり、総志朗はある程度のお金は払っているとはいえ、居候同然。

梨恵の命令は絶対だった。

 梨恵は頭に雄雄しく生えた角を隠すことなく、美人な顔が台無しになるほどに恐ろしい表情で言ったのだ。


「1ヶ月間のクーラーの使用禁止!!」





「暑い」


 ぼやいた総志朗に抱きつく奈緒の体温でよけいに暑い。


「じゃあさ、なしえっちの部屋に忍び込んでえっちしようよ! なしえっちの部屋にはクーラーあるんでしょ?」

「あるけど……」


 そんなことがばれたら、確実に殺される。


 梨恵の怒ったあの顔が脳裏によぎり、総志朗は頭を抱えた。

ぷっくりと柔らかい奈緒の肌が、背中越しに伝わってくる。


 やばい。


 思わず奈緒を抱きしめると、奈緒は「や〜ん」と甘えた声を出した。

その時だった。ガタリという音。

振り返ると、角が生えた梨恵が立っていた。

 総志朗の部屋のリビングとキッチン、ダイニングは続き部屋で仕切りが無い。

そのため、キッチンやダイニングに行くと、必然的に総志朗の部屋は丸見えだ。

 外から帰ってきて、何か飲もうか、とでも思ったのだろう。

梨恵は、奈緒と総志朗の会話といちゃいちゃをすべて目撃してしまったようだ。


「人の部屋で何をしようとお話していたのかしら?」


鬼の形相で、やはり笑う梨恵。


「こわ〜い」と奈緒はわざとらしく、体を縮める。


「梨恵さん、じょーだん!冗談だってば〜。怒んないでよ〜」


 甘えた調子で言ってみたが、梨恵の表情は変わらない。鬼の形相で笑っている。


「あ〜わかったぁ! なしえっち、総ちゃんとあたしがいちゃいちゃしてたから嫉妬してるんだぁ〜! かわいい〜」


 バカ! そんなこと言ったら!!


 総志朗は慌てて奈緒の口を手で塞いだが、後の祭り。

梨恵の表情は鬼どころか閻魔大王のごとく。

おめえら、次なんかとんでもねえこと言ったら、地獄に落とすぞ! と顔が言っている。


「梨恵ちゃん、ごめん!」

「ちゃんづけで呼んだ? あんた、年下よね? 年下はタメ口聞いちゃいけないのよ?」

「梨恵さん、申し訳ありませんでした」


 閻魔大王はまだ怒っている。


 普段はタメ口がどうのなんて気にもしないくせに。梨恵さんは怒らせちゃいけないな。


 そんな風に反省していると、梨恵が少し声を和らげて言った。


「まあ、いいわ。ちょっと、あんたに頼みたいことあるし」


 いつの間にか閻魔大王は消えうせ、いつもの梨恵の表情に戻っていた。

大きすぎない形のいいアーモンド形の目と、誰もがうらやましいと思うだろう、綺麗な曲線を描くはっきりとした二重。

 普通にしていれば、本当に美人だ。


「頼みたいこと?」


 すっかりいつもの調子に戻った梨恵に安心して、総志朗は一息つく。


「そう。……でも、無理強いする気は無いよ。ちょっと重い話だし……。依頼があるの」


 依頼、という言葉に満面の笑みを浮かべた総志朗だが、すぐにそれは消えた。

重い話、梨恵がそう言ったのが気にかかる。  

 

「依頼は、ある女の子の彼氏になること」

「え」










あの子とあなたの邂逅がもたらしたものはなんだったのだろう?

あなたは、あの子とその先に見えた闇に、どんな思いを重ねていたのだろう?

生きることと死ぬこと。

降りかかる平等の死と、生まれ落ちたその瞬間から存在する不平等の生。

あの子が言ったあの言葉は、あなたに伝わった?

言葉足らずの私は、あなたにうまく伝えることは出来なかったけれど。

伝わっているといい。

伝わっていてほしい。

そう願っているの。






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