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Route1 復讐:05

 あの時、殺していれば。


 後悔は延々と学登の心を締め続けていた。

 奈緒が殺された時、その後悔は満潮の海のように覆いつくし、引いていくことはなかった。

 総志朗が殺されるのを、止めていなければ。

 多くの犠牲は生まれなかった。

 そして、総志朗自身も――その手を血に染めることなく死ねたかもしれないのに。

 偽善が、彼を苦しめる。学登はそれをわかっていながら、己の正義感を貫いた。

 時がどんなに流れても、何が正しくて間違っていたのか、判断することが出来ない。


「あんたは……俺たちを殺さなかったことを後悔してるんだろう?」


 緑に輝く左目が学登を射抜いていく。見透かして小ばかにしたような目線は、学登を責める。


「ずっと罪の意識として背負ってたんだろ?」


 図星だ。光喜の言うことはすべて的を射ていて、学登には反論の余地はない。


「あんたは総志朗の兄貴ぶって世話焼いて、その実、ユキオが目覚めないように見張ってた。澤村麻紀子と一緒になって、ユキオを閉じ込めようと躍起になっていた。そうだろう?」


 ユキオの養母、澤村麻紀子。彼女はユキオの出生も眠りについたことも全て知る人物。

 何年も前に学登のところへ訪れ、警告を与えてきた。


――総志朗には酷だけれど、友達も恋人も作ってはいけないわ。大事な人は大事であればあるほどに、弱みになる。


 ユキオを目覚めさせるために、光喜は何をするか。麻紀子はすでに勘付いていたのだ。

 学登はそれを総志朗に強いるつもりが、孤独な総志朗の姿にいたたまれず、総志朗が広げていく交流の輪を見て見ぬ振りをしていた。

 総志朗自身も弱みをつくってしまうということを理解していた。

 それでも、寂しさに負けて、奈緒や梨恵と仲を深めた。

 そして、学登はそれを止めることをしなかった。口では何度も「人と深く関わるな」と言い続け、けれどそれは口先だけにとどめてしまった。


「あんたは、ずっと言い続けてた。『大切な人を作るな。犠牲が出る』と。だけど、それは本当に総志朗を思って言っていたこと?」


 光喜の問いかけに、学登は押し黙る。


「あんたは、自分が押し通した正義をへし折られるのが怖かったんだ。あんたは結局、保身のためにそう言い続けた。違う?」


 喉が鳴る。冷や汗にも似た湿った汗が額に吹き出てくる。


「怖かっただろ? 総志朗を殺さなかったせいで、どんどん犠牲が生まれていく様は。そうなるのが怖くてさんざん総志朗を孤独に追いやったのにな。ざまあないな」


 嘲笑が耳にこびりつく。

 反論さえ出来ず、あとからあとから染み出てくる汗を手の甲で拭う。


「なぜ、殺さない?」


 闇を払拭し、広がる光。朝を告げる太陽は、カーテン越しでさえ、光を降り注ぐ。

 日の光を背にした光喜は、顔に張り付いた笑みを崩すことはない。


「俺も人体実験に関わった。他のやつらは殺して、なぜ、俺は殺さない?」


 誰よりも俺が憎いんじゃないか、とこぼす。

 だが、光喜は目を細めるだけで、何も答えようとはしなかった。


「なぜだ! 俺と他のやつらと何が違う!? 何も変わらない! お前たちを地獄に突き落とした、他のやつらと、何も変わらないんだよ!」


 床が軋んだ音をたてる。

 光喜の顔から、ゆっくりと笑みが消えていった。


「……あんたは生きて苦しめばいい。罪を抱えて生きていくのも、辛いだろう?」


 重くのしかかるような言葉。

 学登は握っていた拳から、ゆるりと力を抜いた。


「梨恵を、守ってくれよ」


 フローリングの床を擦る足音。

 ゆったりとした足取りで去っていく光喜。

 学登はその背中をうつむきながら目で追う。


「こ、光喜! 待て! なんでそんな忠告をするんだ!」


 光喜は振り返ることなく、つぶやいた。


「俺はあんたの敵であり、味方だ」


 言い放たれた言葉が、学登の耳に余韻となって残る。

 部屋を出て行く光喜を、呆然と見送った。










「な、ななななななな何があったの! うちは借金なんて一切してないわよ!」


 梨恵の母、理沙は梨恵に呼ばれて出て行った玄関先で奇声をあげた。

 門の前の道路にずらりと並ぶ強面の男が十人。

 黒いスーツを身にまとい、サングラスをつけた男たちは、マトリッ○スを思い起こさせる。


「なななななな梨恵! あんた、いつこんな怖い人たちににらまれるようなことしたの!」


 男たちの脇には黒塗りベンツが三台。ピカピカの車体には本日の青空が映し出され、まるで鏡のようだ。


「お母さん、私、しばらくこちらの方たちのお世話になることになったの」

「はあ!? 監禁!? 梨恵、監禁されるの!?」


 完全にパニックを起こした理沙は、目を白黒させて、梨恵の服をつかむ。


「お母さん、違うから。ちょっとした……ええと、旅行?」


 梨恵は学登から連絡を受けていた。

 ユキオから身を守るため、しばらくの間、梨恵と浩人をかくまうと、進言してきたのだ。

 最初は断っていたが、浩人にまで及ぶかもしれない危険を思うと、何の供えもない無防備な家にいるわけにもいかない。

 親戚筋にやくざがいる学登は、彼らの警護を受けると言う。

 迷惑はかけたくないが、大事な一人息子を危険にさらすわけにはいかない。

 梨恵は悩んだ末、学登の好意を受けることにしたのだ。


「浩人、準備終わった?」


 遠足気分でリュックを弾ませた浩人が玄関からひょっこり顔を出す。

 慌てたのは理沙だ。

 どう考えても、浩人がやくざに連行されていく図にしか見えない。


「ひひひひ浩人は私の宝物よ! つつつつつ連れて行かないで!」


 浩人を抱き寄せ半泣きになる理沙に、梨恵は苦笑を浮かべることしか出来ない。


「あんたひとりで、監禁されなさい!」

「なによ、それ」


 産む前はあんなに反対していたくせに、今はすっかり浩人の虜だ。一人娘のことなんてもうでもいいらしい。


「もう、いい加減にしてよ。監禁されるわけじゃないの! 色々訳あってしばらくお世話してくれるのよ。浩人も連れて行かなきゃいけないの!」

「だめよ! だめーーー!」


 時代劇よろしく、浩人の引っ張り合いになる梨恵と理沙。

 学登はその光景をベンツの中から半笑いで眺めていた。









 あなたはいつもそうだった。

 自分の本心を語るのが苦手で、顔に浮かべた嘲笑ですべてを紛らわせていた。

 誰よりも。

 何よりも。

 その左目の奥に秘めた思いは、哀しかったのに。



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