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Route1 復讐:04

 東京に戻ってきて一ヶ月。

 最近起こっている医療関係者の連続殺人事件はテレビを賑わせては、何も無かったかのように音沙汰を見せない。

 犯人の背格好はわかっているのに、捕まる気配は無い。

 犯行の一部始終を説明するニュースキャスターの横で、元刑事が苦虫を噛み潰したような顔をして、犯人の予測を立てる。

 頭をかきむしりたい衝動を押さえながら、学登はニュースを睨みつける。

 ユキオの捜索を依頼した篤利から得られたのは、『一緒にいると思われる女』の携帯番号のみ。

 だが、それだけでも大きな手がかりだ。連絡さえつけば、ユキオの行方はおのずと知れるのだから。


 ふいに呼び鈴が鳴る。

 こんな朝早くに誰だ、と独り言をつぶやきながら立ち上がり、玄関へと歩く。

 仕事の関係でアメリカに行っていた学登は、東京に戻ると同時に、知り合いの紹介でマンションを借りた。

 2LDKという間取りは男一人には広すぎたが、ちょうどいい間取りの部屋を探すのは億劫だった。


「……はい」


 チェーンをつけたままのドアを半開きで開ける。

 玄関に立つスーツ姿の男は目を伏せ、無言のままだった。


「総志朗!」


 先に声を発したのは学登だ。学登の声でようやく、その男は顔を上げた。


「こんにちは」


 消え入りそうな低い声。総志朗の訪問に驚きを隠せなかった学登だが、ふと表情を曇らせた。


「……総志朗じゃないな? 明か?」

「うん」


 チェーンをはずし、明を家の中に招き入れる。

 まだ引っ越してきてそうたっていない部屋には、テレビとソファーとテーブルしかない。

 おそるおそる部屋に入った明は、グレーのカーテンがかかった大きな窓に歩み寄った。

 東京の灰色の空が広がっている。


「探してたんだぞ」

「だろうね」


 淡々とした明の口調は四年前となんら変わっていない。

 学登は総志朗が姿を見せないことに落胆の色を隠すことが出来なかった。

 どさりと黒革のソファーにもたれかかり、タバコに火をつける。

 くゆる紫煙を眺めながら、深く刻まれた眉間のしわを親指で押さえた。


「総志朗、あんたに会いたがってたよ」

「総志朗は生きてるんだな」

「そう思ってただろ」

「……まあな」


 高層マンションの一室であるこの部屋からは、聳え立つビルと空のすべてが一望できる。

 だんだんと光に飲まれていくビルは、黒く変色していくようにも見える。


「総志朗が顔を出せる時間はそう長くないんだ。……ユキオが気付くとまずいから」


 ユキオという名が、テレビ画面で踊る『卑劣な犯罪!』というテロップを脳内に焼き付けさせる。

 ユキオが起こしている、最悪な事件。


「梨恵さんに会ったよ」


 空を見ていた明が、ようやく振り向く。


「きれいになってたね」


 幼い頃の思い出に浸るような目をして、明は小さく笑った。


「あの人は、本当にすごいよ」

「梨恵ちゃんは、総志朗にとって家族だからな」


 そうだね、と明は言って、また窓の向こうへと視線を向けた。空と同じ色をした灰色の雲がゆったりと動いていた。


「嫌な予感がするんだ」

「なに?」

「ユキオはあせってる。僕たちだからわかる。きっと唯子は気付いてない」


 コンクリートしか見えない風景が嫌になったのか、明は首を振って、カーテンを閉めた。

 うっすらと差し込んでいた光がさえぎられ、室内は暗くなる。


「東京に来てから、総志朗の気配が濃くなる。見知った風景を見ると、総志朗が見え隠れする。ずっと身を潜めてた総志朗が動き出したことに、ユキオだって気付いてるはずだ」

「どういうことだ」

「ユキオは総志朗を消したがってる。理由はわかるだろ」


 タバコを灰皿に押し付けると、赤い火の粉がパラパラと舞って、消えていった。


「いらないと思っている心で創ったからか。いらないのに、そこにあるから、煩わしい」

「そう……それに、恐れてる」

「主人格になってしまうことをか」


 明は静かにうなずいた。

 長い間、主人格をしていた総志朗。彼にまた主人格の座を取られてしまうのでないかと、ユキオは恐れていると、明は言う。


「勘だけどね」

「いや、俺もそう思う」

「じゃあ、ユキオが次に取る行動もわかるだろ」


 口にしてしまうのを迷って、学登は一度開けた口をまた閉じた。考えていなかったわけではない。ありえると心の中で思っていたからこそ、今まで考えないようにしていた。


「総志朗を消すために、総志朗に縁がある者を……殺す」


 黙ってしまった学登に代わり、明は感情の無い声でそう言った。


「四年前に、奈緒さんを殺したように」


 カーテンの隙間から漏れる光が白々と床を染める。

 学登はごくりと喉を鳴らし、額に手を当てた。


「俺たち……俺か篤利か、梨恵ちゃんか……梨恵ちゃんの子どもを狙うんじゃないかと、そう言いたいんだな?」

「憶測だけど」


 恐怖は感じない。ただ、罪悪感だけが増幅していく。

 殺されるのが俺ならばまだいい、と学登はつぶやいて、頭を抱えた。


「だから、警告をしておきたくて、来たんだ」

「なんで……こんなことになるんだ」


 後悔が押し寄せる。


 白い粉を持った、医者。ずっと昔、まだ香塚病院に総志朗がいた頃。

 総志朗を殺そうとした医者がいた。あの凶行を止めなければ。

 総志朗を連れて逃げなければ。

 総志朗を見殺しにしていれば。


――それでよかった?


 見い出せない答えがグルグルと回る。

 何が正しくて何が間違っていたのか、学登にはわからない。


「だから、言ったろう?」


 明の口調が、突然変わった。

 学登ははっとして顔を上げ、その目に見入る。

 暗い部屋の中、浮かび上がる、左目のエメラルド。


「――光喜」


「だから、言っただろう? あの時、あんたが俺を見殺しにしていれば、俺たちはこんなに苦しむことはなかったと」










 あなたの手の温もりを。

 私は一生忘れないだろう。

 あの日のあなたの強い眼差しを。

 私は死んでも忘れない。


 私は。

 あなたを忘れない。





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