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Route1 復讐:02

「ほ、本当に総志朗なのかよ!」


 まさかという気持ちが拭えない。篤利は総志朗に歩み寄り、上から下まで彼を見やる。しわのないスーツを着こなす姿や、呆れたように篤利を見る視線、楽しそうに笑う口元。すべてが、あの頃のまま。


「本当にオレだっつーの」

「だって、オレ、ずっと、探してたんだぞ! だけど、全然、見つからなくて」


 四年間、彼の姿を探し続けていた。

 小学生だった頃、何の力も無い自分に落胆し、中学生になっても、結局は何も出来ず。高校生になって、やっと彼の背中を追う第一歩を踏み出せた篤利にとって、この四年は途方もなく長く感じた。

 四年の間の思いが、喉をつつき、嗚咽が込み上げる。途切れ途切れになる声を絞り出し、この歳になって泣くなんて恥ずかしくて、ぐっと唇に力を込める。


「悪かったよ。でも、しょうがなかったんだ」


 寂しげに笑う総志朗。四年前よりもずっと、彼はその背中に重いものを背負い込んでいるように見えた。


「今まで、何してたんだよ。オレ、心配してたんだからな」

「悪い、オレもよくわからない」


 その目に宿るのは、深い哀しみ。澄んだ緑色の瞳は、はるか遠くに過去を置いてきたのだと、訴えかけてくる。


「あんたはもう帰ってこないと、思ってた」

「オレもそう思ってたよ」


 苦笑し、彼は立ち上がる。昔は見上げていた彼が、今は同じくらいの目線の高さだ。


「篤利、でかくなったな」


 驚いたのは総志朗の方。小学生だった篤利が、ここまで大きくなっているのだから、年月というのは恐ろしい。


「オレの方がまだ高いな」


 篤利の身長と自分の身長を手をかざして測る。総志朗の方が数センチ高い。


「あんなちっこくてうざっちかったお前が、こんなでかくなって便利屋だもんな」

「うざっちいは余計だ!」


 変わらない。総志朗はあの頃と変わらない。からかって笑う時の少し意地悪な目も、しゃべり方も。

 総志朗は消えてなんかいなかった。

 安堵感と喜びは、胸の中をあっという間に占拠して、篤利の顔に笑顔を生み出す。


「篤利、便利屋なんだよな?」


 急に総志朗の顔が真剣になる。篤利は戸惑いながらもうなずき、ソファーに腰を下ろした。

 総志朗も向かい側に座り直し、腕を組んだ。


「依頼をしに来たんだ」

「依頼!?」


 総志朗が自分に依頼。そんな事態が起こるなんて想像だにしていなかった篤利は素っ頓狂な声をあげ、体を前のめりにする。


「依頼って、オレに!?」

「お前以外に誰がいるんだよ」

「まじかよ! ちょ、オレ、感動なんだけど!」


 認められた気がして、胸が熱くなる。涙が目の端ににじむ。


「で、なに!? 何でもやるよ、オレ!」


 ドンと胸を叩いて、誇らしげに笑ってみせる。総志朗は「頼もしいな」と笑みをこぼし、またすぐに真顔に戻る。


「オレには、時間が無い」

「え……」


 総志朗が纏う切迫した雰囲気。それは四年前には無かったものだ。


「オレがこうして出ていられるのは、ユキオが眠っているからだ」

「眠ってるって……」

「オレはもう主人格じゃない。ユキオが深く眠り込んでいる時しか、出てこられない」


 吸い込んだ空気が喉に引っかかって飲み込めない。篤利は総志朗の言葉を理解したくても理解したくなくて、唇を震わせる。


「梨恵に、渡してほしいものがあるんだ」


 梨恵の名を口にした総志朗の顔が、途端に優しくなった。懐かしい温かな手に触れた時のように。


「梨恵さんに? 直接渡せば……」

「渡せないんだよ」

「どうして?」

「どうしても」


 決意に満ちた強い瞳。篤利はそれ以上言うべき言葉を見つけられず、口をへの字に歪める。

 梨恵は総志朗に会いたがっている。なのに、どうしてやることも出来ない。


「頼む、篤利。オレの跡継ぎたくて、便利屋やってんだろ?」

「そうだよ! オレは……!」


 今、口にしないと、二度と伝えることが出来ない気がして、篤利は心の声を我慢せずに吐き出す。

 ずっとずっと総志朗の背中を見ていた。追いかけていた。

 追いつきたかった。


「オレは! 総志朗にずっと憧れてたんだ! いつかあんたみたいに何でも屋やりたいって思ってたんだ! だから、だから!」


 もう高校生だというのに、涙を我慢出来なかった。頬を伝っていく涙を拭い、目の前にいる総志朗を睨みつける。


「じゃあ、オレの依頼、受けるだろ」

「当然だろ!」


 泣いてしまったことが恥ずかしくて、総志朗とは目を合わせない。総志朗がどんな表情をしているのか、見ることが出来ない。


「あともうひとつ」


 立ち上がった総志朗の手が、篤利の肩をポンと叩く。


「梨恵に伝えてくれ」


 空調の音が急に激しくなる。おんぼろビルだ。いつものこと。ゴオゴオとうなる空調の中で、総志朗の声はやけに大きく聞こえて、篤利は息を飲み込んだ。



「オレが勝った場所で会おう」


 にやりと笑い、彼は続ける。


「明日。必ず」










 あなたは、強い。

 私が思うよりもずっとずっと強い。


 ねえ、会えるよね?

 また、会えるよね?






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