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Route1 復讐:01

この話から現在編(梨恵26歳)になります。


 Because you are strong


 and the ward of God abides in you


 and you have overcome the wicked one……






「やっぱりだめか……」


 篤利は何回もコール音を鳴らし続けた携帯電話をパタリと閉じた。

 ユキオの恋人、唯子の携帯ナンバーを手に入れたはいいが、彼女は電話に出ない。

 せっかくつかんだユキオに繋がる人物。絶対に逃したくない。

 手に持った携帯電話を睨みつける。あと一歩。あと一歩なのに、近づけない。

 ぐっと手に力を込めた時だった。携帯電話がブルブルと震え、着信を知らせる光が七色にきらめく。


「もしもし」


 電話に出る。聞こえてくるのは、タバコでやられてしわがれた覇気の無い男の声。


『お〜、あつ。今どこにいる?』


 篤利がアルバイトしている便利屋の社長だ。社長といっても、彼ともう一人と、篤利しかいないちっぽけな便利屋なのだが。


「今、渋谷」

『遊んでんのか?』

「ぶらぶらしてただけですよ」

『じゃあ、今から事務所来れるか?』


 鼻くそをほじりながら電話しているであろう、社長の暇そうな姿を想像し、篤利は小さくため息を漏らした。


「行ってもいいですけど、なんで?」

『お前に会いたいって、客がいるんだよ』


 誰だろう、不思議に思いながら、篤利は「わかりました。行きます」と答えた。

 携帯電話を切り、ポケットにねじりこむ。

 便利屋のアルバイトで雑用しかしていない自分に、わざわざ会いに来る客がいるのだろうか。首をひねりながら歩き出し、まさか、と思う。

 唯子を探す過程で知り合った唯子の友人、幸穂。彼女から唯子に連絡が行き、唯子が篤利のもとにやって来たのかもしれない。

 そう思い立ち、急がなければと走り出す。

 だが、ふと足を止める。

 幸穂には、篤利自身の携帯電話の番号は教えたが、便利屋のことはくわしく話していない。

 幸穂から連絡がいったのなら、便利屋ではなく、篤利に直接会いに来るはずだ。

 そう思い直した途端、急ぐのが馬鹿らしくなる。

 どうせ、仕事で知り合った誰かだろう。

 走ることはやめ、篤利はゆっくりと歩くことにした。







 薄汚れた事務所。従業員が男しかいないせいか、掃除は無頓着だ。たまった書類が机を多いつくし、床にまで落ちている。

 机はふたつ。篤利用の机は無い。

 日が差してこない北向きのビルのため、室内は暗く、しけっている。

 入り口を入って、前方に机があり、机がある場所の右には、応接室が設けられている。

 依頼者のプライバシーを守るようにとパーテーションを並べているが、上は隙間があるため、あまり意味が無い。


「こんちはー」


 机で漫画を読んでいた社長に挨拶するが、社長は親指で応接室を指し示し、また漫画に目を落としてしまった。

 案の定、今日も社長はやる気が無い。

 パーテーションに取り付けられたドアを開けると、パーテーションがぐらぐらと揺れた。

 地震が起きたら、確実に倒れるだろう。


「どうも……」


 ドアの向こう。二人掛けの黒革のソファーが二脚、対面に並んでいる。

 奥に座った、スーツの男。

 濃いグレイの細身のスーツ。藍色のストライプのネクタイ。チャコール色のサングラス。

――いつも出で立ち。

 篤利がまだ小学生だった頃、幾度となく見てきた、彼の姿。


「嘘だろ……」


 口から漏れた言葉は吐息のように消えていく。

 彼は音も無く立ち上がり、サングラスを取った。その拍子で揺れる、癖のかかったキャラメル色の髪。

 あの頃より無造作に伸びている。

 けれど、きっと変わったと実感できるのは髪の長さくらいで、彼はあの頃のままに見えた。


「久しぶり」


 目を細めて、彼が笑う。

 その瞬間、篤利は、止まっていた時間が動いていくのを感じた。


「そ、総志朗……!」






 灰皿にたまる吸殻の上に、さらに吸殻が落とされる。

 学登はもう一本、とタバコの箱を開けて、空になっていたことに気付いた。

 吸いたい時に限ってこうだ。

 吸いさしを吸おうかと一瞬考えたが、すぐに買いに行こうと思い直す。

 立ち上がりかけたその時だった。

 玄関のチャイムがなったのだ。

 黒髪を掻きながら、学登は玄関へと向かう。どうもうまくいかない。何かをしようとすると邪魔が入る。


「はいはい」


 返事をしながら、ドアを開ける。誰が来たかなんて確認しない。


「学ちゃん」


 あまりに懐かしい声に、学登は目を見開いた。

 そこにいたのは、梨恵と梨恵の息子、浩人だったのだ。


「な、梨恵ちゃん!」


 思わず声が裏返る。梨恵と固く手をつないだ浩人がびくびくと梨恵の後ろに隠れてしまった。


「お久しぶりです。浩人、挨拶して」


 梨恵に頭を押され、浩人は嫌々しながら梨恵の足に絡まっていく。だが、「こんにちは……」と消え入りそうな声で挨拶をしてくれた。


「こんにちは、浩人君。何年ぶりかな……。産まれたての時しか見てないからな。ずいぶん大きくなったもんだ」


 浩人は三歳だ。実に三年ぶりに見た浩人の姿に、学登は改めて年月の早さを実感する。


「学ちゃん、アメリカに行っちゃうし、帰ってきてたくせに連絡くれないし。ひどいわ」

「悪かったよ。梨恵ちゃんと浩人の生活を邪魔したくなかったんだ。総のことでまた気を揉んでほしくなかったし、巻き込みたくなかった」

「私を蚊帳の外に放り出さないで。私、絶対になんとかするって、ずっと決めてたんだから」


 梨恵の意志の強い瞳は、ずっと変わらない。強さを備えた凛々しい瞳を、学登は頼もしく思う。


「私、光喜に会ったの。総志朗のことを、聞いたわ」


 不敵な笑み。嘲笑う口元。彼の姿を思い出す。梨恵は気付いていた。光喜の笑みの裏にあった寂しそうな顔を。







 動き出して、揺らぎだす。

 私と、彼の、運命。

 たとえ、あなたが私を無視しても。

 私はあなたを見つける。

 人ごみに紛れ、姿を隠していても。

 私には、あなたがいると、わかるから。






春の競作祭「はじめての×××。」に参加しております。

「空に落ちる。」というタイトルです。そちらは毎日〜2日に1回更新中。

お暇でしたら、ぜひ読んでみてください。


小説家になろう内で、「はじめての×××。」で検索すると、参加作者様たちの素敵な作品を読むことが出来ます。

HPもぜひご覧になってみてください。

HPはリンクはってあります。

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