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Recollection5 本物は闇から来る:01

 鼻先を冷たい風がくすぐっていった気がして、彼は目を開けた。暗がりの中にぼんやりと映るのは天井だけ。

 体を起こそうと腕を動かす。何か細長いものがついてくる。なんだろう、と目をこらして、それが点滴の管であることに気付く。

 窓からうっすらと月明かりが差し込む。

 彼は軋む体を無理やり起こした。


「……ここは? お母さん、どこ……?」


 見知らぬ場所。不安が去来し、彼は身を縮こまらせ、母の姿を探した。


「ここ、びょう、いん? なんで、こんなところにいるの? そっか、光喜が死んじゃって、病院に運ばれてたから……」


 記憶を必死で辿ってゆく。おぼろげな記憶が映像となってよぎっては消えてゆく。

 立ち上がった勢いで、点滴の針がぶつりと抜けた。けれど、それを気にしている余裕はなかった。

 霧がかかった記憶は、古い映画をみているかのよう。ぐらぐらと揺れる思考回路。


――光喜、死んじゃったのよ。


 ふとあの日の母の言葉を思い出した。双子の兄・光喜は十三歳の時に自殺した。歩道橋から飛び降り、車にはねられて死んだのだ。

 壁に寄りかかり、そろそろと足を進める。違和感が拭いきれない。

 灰色の視界に入ってくる自分の足が、自分のものとは思えない。

 いつのことだったか、電源を落としたテレビのようにぷっつりと何もかもが見えなくなったことがあった。

 あの日からの記憶が一切無い。不安が脂汗となってにじみ出る。

 廊下に出ると、非常口を示す光が不気味に廊下を緑色に染めていた。

 静まり返った長い廊下。その向こうから、小さな光が彼に向けられる。


「どうしたんですか?」


 懐中電灯を持った白い服の女が彼に声をかけ、近付いてくる。怖くなって後ろに後ずさった彼だが、女が看護師と気付いて、ほっと一息ついた。


「あ、や、相馬君! 相馬優喜君よね!? 目を覚ましたのね! 先生を呼んでくるわ! 病室に戻って、ね?」


 女の手が、優しく彼の肩をなでた。


「目を覚ました……? 僕は、どのくらい寝てたんですか?」

「一週間も意識不明だったんですよ。よかった、目を覚まして」


 一週間、彼はそうつぶやいて、首をひねった。あまりに深い眠りに落ちていた。もっと、もっと長い、眠り姫のように百年は眠っていた気分だ。


「あの、僕はどうして、ここにいるんですか?」

「……覚えていないんですか? あとでゆっくりお話しますから」


 哀れみに満ちた看護師の目が、怖くなる。カタカタと手が震えていた。







「優喜の意識が回復した!?」


 電話を耳に当てたまま、篤利は飛び起きた。

 ウトウトと布団の中でまどろんでいた時間。母親にたたき起こされ、「黒岩って人から電話」と子機を渡された。

 時計を見るとまだ六時だ。


「で、どうしたんだよ?」

『それが、どうも様子がおかしいらしいんだ』


 電話の向こうから、学登の困惑が伝わってくる。

 布団を跳ね除け、ベッドに座りなおす。


「様子がおかしいって?」


 篤利の母は、心配そうにドアを少しだけ開けて、篤利を伺っている。篤利は「ちょっと向こう行っててよ!」と文句をぶつけ、再び受話器に意識を集中させる。


『詳しいことは後で話すから、学校終わったらフィールドに来い。朝早くに電話して悪かったな』

「学校終わったら、って。そんな気になる話、学校終わるまで待てるかよ。今から行く!」

『はあ? 今からこっちに来てたら学校遅刻するだろ』

「サボるからいいよ!」


 そう怒鳴り声をあげると、篤利は受話器をベッドに放り出し、急いで服を着替える。


「ちょっと、篤利! 学校サボるなんて、許さないからね!」


 唖然と見ていた母親がはっとして篤利の腕をつかむが、篤利はその手を振り払い、母親をぎろりと睨んだ。


「一大事なんだ! 一回くらい、いいだろ!」

「いいわけないでしょ!」


 朝っぱらから始まった喧嘩に、父の正行も目を覚ましたようだ。寝癖で逆立った髪の毛をそのままに、あくびしながら近寄ってきた。


「あなた! 篤利が学校サボるなんて言ってるの!」

「ああ? 篤利、小学生のうちからサボりはやばいだろ〜? て、俺は小二からサボってたけど」


 あくびのせいでにじみ出てきた涙をぬぐいながら、正行はのほほんとたしなめる。


「なんだよ。お父さん、ひきこもりだったのかよ」

「違う違う。友達とゲーセン行ったり、ピンポンダッシュしたりして遊んでたんだよ」

「あなたっ!」


 母が正行の肩をどつきながら怒鳴る。正行は困ったように苦笑いして、ぼりぼりと頭をかいた。そのおかげで寝癖が少しだけ直る。


「ま、とにかくだ。学校はサボるな」

「……全然説得力ねえし」


 いつもかぶっているキャップをかぶり、篤利は父と母の間をすり抜け、走り出す。後ろから母親が何か言っているが、聞こえないフリ。

 階段をダダダと駆け下りていく篤利の足音を聞きながら、正行はまた大きなあくびをかました。


「一大事だって言ってるんだから、ま、いいだろ。寝なおすぞ」

「もう! あなたってほんと威厳ゼロ!」







 行こう。

 真実を知るため。

 たとえ、それが苦しいものでも。悲しいものでも。身を引き裂くようなものでも。

 あなたを迎えに行くの。

 暗闇の向こうにいるあなたを、必ず見つけてみせる。


すいません……更新遅れました。

そうか、もう水曜か……

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