表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
136/176

Recollection4 探していたもの:04

 緑で覆われた並木道。太陽の光が、木々の隙間からさんさんと落ちてくる。

 整備された駅前の道を、梨恵は麻紀子と歩いていた。

 浜辺で休憩した梨恵たちは再び車に乗り、梨恵が乗る電車の駅までやって来た。駐車場に車を停めて、梨恵を見送るために麻紀子がついてきてくれたのだが、明は車から降りることを面倒くさがり、仕方なく彼を置いてきた。


「澤村先生」


 前を見据えたまま、梨恵は独り言のようにつぶやいた。


「私、おびえてたんです」


 ロータリーをたくさんの車が走り去ってゆく。駅前までたどり着いた梨恵たちは階段下で歩みを止めた。


「望まれていない子どもを産むことが、怖かった。光喜は産んでくれって言ってきたけど、光喜の言葉を信じられなくなってたから、何を信じていいかも、どうすることが正しいかも、何もわからなくなって、おびえてた」


 目を伏せると、さんざめく木々の声が耳の奥まで入り込んでくる。


「でも、大切なのは、誰がどう思ってるかじゃない。私が、どう思っているのか、なんですよね。何を信じるかも、どうすれば正しいかも、すべては私が決めること。誰かが望んでいるかじゃない。私が、望んでいるか」


 顔を上げ、麻紀子を見据える。麻紀子は切れ長の瞳を丸くし、梨恵に見入っている。息を飲み、梨恵の強い眼差しを受け止める。


「私、信じてみようと思います」

「……『誰』の言葉を?」


 麻紀子の問いかけに、梨恵はにっと笑ってみせた。


「私自身の言葉を」





 白い画用紙と向かい合い、篤利はうんうんとうなっていた。

 総志朗を取り巻く人間たちの相関図を書こうとしたが、さっぱりわからない。

 名前だけが書かれた白い画用紙は、それ以上黒い文字が並ぶことは無さそうだ。

 ダイニングにある四人がけのテーブルに、篤利はつっぷす。椅子なのにあぐらをかいた体勢でいたため、足の先っぽがびりびりとしびれた。


「もう少し、オレが大人だったらなあ……」


 子どもの自分には知識においても経験においても、何もかもが足りない。追いついていけない現実は遠く、どんなにもがいても、近づけそうにも無い。

 どうすることも出来ない自分に、腹が立って仕方ない。


「どうした、篤利。宿題、そんな難しいのか?」


 リビングにあるソファーにゆったり腰かけ、新聞を読んでいた篤利の父、正行が新聞をたたみながら近付いてきた。

 篤利は唇を尖らせて、正行を睨む。


「お父さんだったらさあ、どうする?」

「何が?」

「自分が子どもすぎてどうしようもないことに直面したとき」


 正行は小首をかしげながら、眉をしかめる。篤利の問いかけの意味がわからないのか、しばらく無言でそり残った髭をなでていたが、ふと顔を緩めた。


「俺だったら、少し背伸びしてみるぞ」

「は?」

「大人にならねえとわからないようなことなら、少しだけ背伸びして、覗き見るんだ。そうやって見たものは、大人になったときに必ず役に立つ」


 もっともらしく講釈たれる父親の顔を疎ましそうに睨みながら、篤利は「わかんねえ」とぼやいた。

 正行は、篤利の反応に大きく笑い、思いっきり篤利の背中を叩く。


「なに悩んでんだか知らねえが、こんなとこでうだうだ考えてるんなら行動しろ!」

「い、ってえなあ!」


 がばりと起き上がり、篤利は椅子から立ち上がる。叩かれた背中をに手を回してさすりながら、歩き出す。

 悩んでいるのは性に合わない。答えを見つけるために、動く。

 篤利は決意を胸に、まっすぐ前を睨みつける。





「よう、黒岩」


 黒のダブルスーツを着崩したその男は、よろけるような足取りで学登に近付いてくる。

 閉店準備を進めているクラブ・フィールドは、ほとんどの荷物が片付けられ、閑散としていた。


「佐久間さん。すいません、急にこんなことになって」

「いや、俺はいいがな。お前の周りじゃ大騒ぎだろ。あの黒岩が田舎に引っ込むって」


 男――佐久間の脂ぎった黒髪がテラテラと薄暗い照明で光る。銃の売買を裏で行っていたクラブ・フィールドの常連客だったのが、この男だ。

 どこかの組の幹部らしいが、学登はよく知らない。興味が無いからだ。

 学登の伯父は加倉組というやくざだ。その系列の組の男だということだけは知っている。


「田舎に引っ込むわけじゃないですよ。少し、やらなければいけないことが出来て」


 興味なさげに「へえ」とだけ答えて、佐久間はフロアを見渡した。

 がらんどうになったフロアは、いつもより広く感じる。


「餞別だ。ま、頑張れよ」


 佐久間がどさっと無造作に置いた茶封筒を、学登はおそるおそる受け取る。重みのある封筒からは札束が見えた。


「佐久間さん」

「お前には世話になったからな。なんかあったら、遠慮なく頼って来い」

「ですが」

「この前売ってもらった拳銃の金も入ってんだよ。忘れたのか?」


「ああ……」とうなずいて、学登は封筒をテーブルに置いた。佐久間は満足げにニタリと笑うと、学登に背を向け歩き出した。


「黒岩、お前、何しでかすつもりだ?」

「え?」

「お前はなかなかいい目してるよ。何するつもりだか知らねえが、お前なら何とか出来るだろ」


 一度だけ振り返り、また笑みを見せる。学登は佐久間に向かって、深々とお辞儀した。


「何するつもりなんだ?」


 今度は振り返ることなく、問いかけてくる。


「もう一度、戦ってみるだけです」

「お前らしいな」


 右手を軽く掲げて立ち去ってゆく佐久間の後姿を、学登はじっと見送る。







「この子は! 何考えてるの!」


 母親の強烈な平手打ちが、右頬をじんじんと熱くさせる。母親に叩かれたことは何度かあるが、顔をやられたのは初めてだ。

 それほど、今、梨恵の母・理沙は怒っている。

 梨恵はとうとう決心し、両親に妊娠していることを告げた。

 腹の子に、父親がいないことも。


「あんたを、そんな風に育てた覚えないわよ! どういうこと! どうして!」


 怒りのおさまらない理沙は、梨恵の体をバシバシと叩く。父の修司は、理沙を押さえようと理沙の腕をつかむが、すっかり理性を失った理沙を止めることは男の修司にも難しいことだ。


「堕ろしなさい! あんたのためにも! 子どものためにも!」

「この子は!」


 掴みかかってくる理沙の手を腕で防御しながら、梨恵は叫んだ。


「この子の父親は、もういないの! どこにも、どこにも! だから……!」


 たとえ嘘をついてでも、守らなければいけない。梨恵にはそれがわかった。だからこそ、両親に打ち明けた。


「この子の父親が生きた証は、この子しかいないのよ! この子しか――!」









 探していたの。

 大切なこと。

 見つけた。思い出した。

 宝石箱のはじっこで、万華鏡のように輝く思い。


 あなたを守ると、約束した。

 何があっても、あなたを守る。







This tale cleared.Next tale……本物は闇から来る



「Recollection4 探していたもの」は繋ぎの回です。

物語と物語の合間って、難しいですね。

どうにも筆が進まないと思ったら、物語の流れが滞る回だったからでした。


ここから先はまた急流のように話が進んでいく予定です。


ご意見ご感想以外にも、登場人物がもうわけわからん、とか総志朗の過去話ってどんなんだったっけ? とか疑問などなどありましたら遠慮なくどうぞ。

単純にご感想だけでも、私は泣いて喜びます!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ