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A current scene11 冬の風

題名に「A current scene」とつくものは、現在(梨恵26歳)のストーリーです。


A current scene10までの簡単なあらすじ

総志朗の行方を探す篤利は、ユキオの恋人・唯子の知り合い『さっちゃん』の情報を突き止め、『さっちゃん』のところへと赴く。

一方、梨恵は光喜と対峙していた。

「誰、あんた」


 ユキオの恋人、唯子の住んでいた場所にたどり着いた篤利。

 近所のおばあさんが、唯子と同じアパートに住む『さっちゃん』のことを教えてくれた。

『さっちゃん』なら唯子の居場所を知っているかもしれないからだ。

 早速『さっちゃん』の部屋のチャイムを鳴らすと、灰色のスエットをだらしなく着た、ぼさばさ頭の二十代後半くらいの女が顔を出した。

 化粧をしていない眉毛なしの女の顔に、篤利は一瞬たじろいでしまう。


「誰よ、あんた。新聞の勧誘ならお断りだから」

「あ、ちょ、違います! 唯子さんのことでお伺いしたんです!」


 ドアを閉じられそうになり、慌てて大声を張り上げる。


「なに、唯子の知り合い?」

「唯子さんじゃなくて、唯子さんの彼氏の知り合い」

「彼氏って」

「ユキオ」


 ユキオの名を出した途端、篤利を疑わしそうに見ていた『さっちゃん』の顔が少し綻んだ。知り合いの知り合いということで、篤利に対する態度を和らげることにしたようだ。


「ユキオ君の知り合いかあ。ふうん。友達? 友達とかいそうにないけど、あの人」

「友達っていうか、恩人っていうか……」

「ま、いいや。あたし、大山幸穂おおやまさちほ。で、あんたは?」


 長い茶髪をかき上げ、幸穂は艶っぽい唇に笑みを浮かべた。ちゃんと化粧すれば美人そうだ。


「オレ、日岡篤利。唯子さんのこととユキオのことで聞きたいことあるんだけど」

「ふうん。いいよ、上がれば」


 幸穂はそう言って、部屋の中を戻っていってしまった。上がってしまっていいものか戸惑いを覚えるが、話は聞きたい。篤利は靴で埋め尽くされた小さな玄関に無理やり自分の靴を脱ぎ捨て、家の中へ入っていった。







 真冬の風は体を貫き、凍えさせる。

 ゆっくりと梨恵の横を通り抜け、光喜は窓辺に立った。彼は冷たい風など感じていないようで、表情ひとつ変えない。


「梨恵」


 ふわふわと揺れるカーテンを掴み、光喜は梨恵に向き直った。冬の風よりも凍てついた彼の視線を、梨恵は正面から受け止める。


「――俺とユキオと、ユキオの中の人格達の復讐はもうすぐ終わる」

「あの香塚病院の殺人事件は、あなた達が起こしたのね」


 何を今更、と彼は嘲笑う。


「俺の望みは、ずっと変わらない。手に入れたいものはただひとつだけ」


 ほんの一瞬、梨恵は懐かしい思いが込み上げてくるのを感じていた。泡立つこの感情は、あの頃の淡い夢。消えてなくなった愛おしい気持ち。

 彼の目が――梨恵を抱いたあの時の目と同じ、慈しみに満ちた優しい目を垣間見せたから。


「俺は……」


 窓の向こうから、優しい太陽の光が降り注ぐ。真っ白な光線の中で、光喜は寂しそうに微笑んでいた。


「あんただから、抱いたんだよ。梨恵だからこそ、抱いたんだ」

「何を、言っているの……」


 左目の濃いグリーンが揺らめく。彼に抱かれるたびに、その色に心を奪われた。美しく、儚い、消えゆく彼の色――。


「俺たちの復讐は誰にも止められない。梨恵にも黒岩さんにも、あのガキも、明も、統吾も。もちろん、総志朗にも」


 光喜は梨恵に背を向け、窓を閉めた。パシリ、と軋む音に、梨恵は肩を震わせる。


「すべては、もう止められない」


 彼の目は海の底のような冷たい色を強める。一瞬見せたあの優しい目はもうどこにも無い。たゆたう蜃気楼のように、消えてしまった。


「光喜、お願い。教えて。総志朗は?! 総志朗はいるの?!」


 光喜の顔から笑みは消えない。






 ジッとマッチを擦る音。ふわりと踊る炎に、幸穂はタバコの先端を近づける。


「あんたも吸う?」

「いや、オレはいいっす」

「そ。で、唯子のことだっけ?」


 せまいキッチンの奥に六畳間。小さな部屋にこれでもかとまき散らされた洋服。6畳間には不釣合いのセミダブルのベッドにはこれまた洋服が山と積まれている。

 薄汚れたローテーブルにはカップラーメンの容器が置きっぱなし。汚い、その一言に尽きる部屋だ。

 篤利はどこに座っていいかもわからず呆然と立ちすくんでいたが、幸穂が座布団を投げてきたので、仕方なく周りの洋服をどかして、ローテーブルの前に座った。


「唯子ねえ、親に捨てられたんだよ。三歳の頃だって。ずいぶんつらい思いしてきたみたいでさあ、親のこと恨んでるみたいよ」


 ベッドにあぐらをかいて座り、幸穂は紫煙をゆっくり吐き出す。


「あたしもくわしく知ってるわけじゃないよ。同じアパートに住んでるから親しくなっただけでさあ、仲良しってわけではないから」


 カップラーメンの容器に灰を落とすと、じゅっと音がした。中にスープが少し残っていたようで、火種が消えたの同時にラーメンの汁の匂いが部屋を覆いつくす。


「一人でなんとか生きてた唯子のところにフラ〜リ現れたのが、ユキオ君。ユキオ君も親に捨てられたらしいじゃん? それで気が合ったみたい。会ってすぐに意気投合! 即刻同棲! ってかんじ」


 あのユキオが異性と意気投合して同棲するとは思えず、篤利は目を真ん丸にして幸穂の話に、身を乗り出す。

 幸穂はゆらゆらと舞うタバコの煙を眺めながら、独り言のように話を続けた。


「ユキオ君はあたしには無愛想で無口だったけど、唯子には優しかったみたい。しょっちゅうラブラブ話聞かされて。正直まいったよ」


 苦笑し、タバコをふかす。


「……でも、二人とも寂しそうだった。一緒にいるのに、寂しそうだった。なんでだろうねえ……」


 放り投げられたタバコは、カップラーメンの入れ物に見事に落下する。たなびく煙がふっと消えた。


「唯子とユキオ君、ここでニ年一緒に生活してたけど、ある日、突然出て行ったよ。『ここにずっと一緒にいたかったけど、ユキオにはやらなければいけないことがある。この二年間、なんとかユキオを止めてきたけど、もう限界が来た。あたしも、あたしの心に眠るこの憎しみを消せない。ユキオも、消せなかった。だから、行くよ。ユキオが行くなら、あたしも行く。彼についていく』唯子はそう言って、いなくなっちゃった」


 ユキオがやらなければならないと言ったこと――あの事件がその『やらなければいけないこと』だったとしたら。

 膝の上で握りしめた手から汗がにじみ出てくる。篤利の脳裏にはテレビの向こうで騒ぐリポーターの声が響いていた。


『病院に恨みを持つ者の犯行と見て間違いないでしょう』

『二十〜三十代の男性の逃亡する姿が目撃されています』

『院長は黙秘を続けています』


「あたし、心配なんだよ。唯子もユキオ君も、思いつめてたから。ねえ、あんたさあ。あの子達に会ったら、伝えて。あたし、あんた達が帰ってくるの待ってるって。笑顔で帰ってきてって」









 どこにも行かないで。

 そばにいて。

 私、寂しいんだよ。

 心に大きな穴がぽっかり開いて。

 冬の風は冷たすぎるよ。




今更ですが、あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願い致します。


今年はもう少し更新スピードをあげていけたらなあと思う作者なのでしたあ……(今日のわんこ風)

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