表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/176

CASE1 ゲーマー:11

 その日の夜、祖父は梨恵の住む家へと帰ってきた。

敷かれた布団の中で眠るように横たわる祖父。

梨恵はその横に正座して座り、祖父を呆然と眺めていた。


「梨恵」

「なに?」

「おじいちゃんのそばにはお母さんがいるから、あんたは勉強しなさい」


 勉強?この状況で勉強しろって言うの?


梨恵は理沙の発言の真意がわからず、理沙を凝視する。


「テスト、近いんでしょ?」


 あきれて言葉が出ない梨恵。

勉強したって、手がつくわけない。


「梨恵」

「……ちょっと風にあたって来る」


 すっくと立ち上がり、梨恵は外に出た。

夜に出かけるなんて、と普段はガミガミ言う理沙も今日ばかりは何も言わなかった。

 


 



 軽い考えで自殺をしようとした自分を情けなく思う。

狂言とはいえ、浅はか過ぎた。梨恵は自分のバカさ加減を嘆く。

 今まで、『死』は身近では無く、テレビでたまに芸能人の誰々が死んだとか、遠い親戚の誰々が死んだとか、とても遠いものだった。

だが、今目の前に『死』はふってきた。

『死』は突然やって来て、その人のすべてを消し去る。

今も未来も消し去り、残るのは過去という思い出だけ。

その思い出さえ、自分を知るすべての人が死んでしまったら、この世から消え去っていくのだ。

いや、自分を知るすべての人が死ななくても、彼らが自分の存在を忘れれば、その時点で『私』は消える。


死んだら『私』という意識はどこに行ってしまうのだろう?

夢さえ見ない真っ暗闇の睡眠。

それが『死』だとしたら、恐ろしすぎる。





 意味もなくフラフラと歩いていた梨恵だが、さすがに疲れてきたので、近くの公園に寄ることにした。

 風に吹かれて木々がざわめく。

 こんな時間に女一人で公園にいるのは危ないかと思ったが、近くで若者の騒ぐ声と、ヒューンとロケット花火が飛ぶ音が聞こえて、梨恵はなんとなく安心した。

こんなに人がいるなら、変質者もでないだろう。



「おじょーちゃん、かわいいねえ。おじちゃんと遊ばないかい?」

「……つまんない冗談に付き合える心理状態じゃないんだよね」


 ベンチに腰掛けた梨恵の背後から、のっそり現れたのは総志朗だった。

そのままベンチの背もたれを足でまたいで、総志朗は梨恵の横に座る。


「どうした?」


 優しい笑みを浮かべる総志朗。

月の光に照らされて、緑がかった茶の瞳が輝いた。


「あんたは、なんでここにいるの?」

「探したんだよ。依頼、忘れたの?」


 自分で言い出したことだろ、と総志朗はぼやく。


探した、か。


 その言葉がなんだか梨恵は嬉しかった。

消え入りそうな気持ちの時、誰かが自分を探してくれていたならそれだけで安心してしまう、そんな嬉しさ。

探してくれたのは依頼だから、それはわかっている。

それが擬似的なものでも、それでも梨恵は嬉しかった。


「バカみたい。会ったばっかの男に安心感を感じるなんて」

「え?」

「私、寂しかったのかも……」


 気付かない奥底の感情。

イライラしてばかりの日常が嫌でたまらなかった。

だからこそ、どこかに何かを求めていた。

  

 安心したかったんだ。私、大丈夫だって思いたかったんだ。


「梨恵さん?」

「ねえ、人は死んだら、どこに行くと思う?」


 総志朗は不思議そうに首をかしげる。


「私、輪廻転生っていうのを信じたいな」

「輪廻転生?」

「うん。人はね、死んだらまた生まれ変わるの。それを繰り返すの。何度も、何度も……。大切な人のところに生まれ変わりながら」

「へー……オレは……」


 ふと黙り込む総志朗。

木々の合間に瞬く星を見上げる。


「オレは、無になるだけだと思うな。体も心も、存在も、無に還るんだ」


 総志朗の目はどこか寂しげだ。

梨恵は、悲しい気持ちがこみ上げてくるのを感じた。


「それって、寂しくない? ……消えちゃうってことだよ?」

「別に。だって、オレは……」

「オレは?」

「いや、なんでもない」


 総志朗は穏やかに微笑む。

その笑顔が、あまりに寂しそうで、梨恵は涙がこぼれそうになった。

 見上げると月が真っ白に輝く。


「オレの勝ち」

「え?」


 今までの寂しそうな雰囲気は消えうせ、総志朗はしてやったりと笑う。

くいくいと親指で指された公園の時計は、12時になっていた。


「あ」


 依頼のことを梨恵は思い出す。


「負けちゃった……。」


 負けはわかっていたゲームだ。 

むしろ負けるしかないゲームだった。

 仕方ないな、と梨恵は笑った。


「私、死ぬ気なんて全然なかった。ごめんね、変なゲームにつき合わせて」

「つーか、死ぬ気なんてないの最初からわかってたし。ほんとに死にたがってるやつは誰にも言わないで、勝手に死ぬって。生きたいやつは死ぬって言ったって、なかなか死なないもんだ」


 えらそうに腕を組んで講釈をたれる総志朗の姿が面白くて、梨恵はブッと吹きだした。


「それなりに楽しかったし?」

「そうだね。ありがとう」



 いつの間にか、頬を涙が伝っていた。

悲しい気持ちと、嬉しい気持ち。

それは涙となって、とめどなく流れた。


「やだ、なんで泣いてるんだろ」

「泣いちゃえ泣いちゃえ。我慢は体によくないぜ」


 からかった口調の総志朗だが、表情はとても優しい。

梨恵はクスクスと笑いながら、涙を拭う。


「おじいちゃん、死んじゃった……。私のこと、わかっててくれた人、いなくなっちゃった……」


 そっか、とだけつぶやいて、総志朗はただ梨恵の横にいてくれた。

それがよけいに嬉しかった。



 私、大丈夫だ。泣ける。笑える。

どんな不安があっても、安心できるものがあれば、人間って大丈夫なんだ。


 梨恵は総志朗の横で、そんな気持ちをかみしめていた。






「あーけーろ!!」


 祖父の家の前で、梨恵は怒鳴り散らす。

家の中からは、どかっとかどこっとか、変な音がした。


「ちょっとー! 総志朗! いるんでしょお?! あーーーけーーろーーー!!」

「……梨恵さん」


 ぼっさぼっさの頭をかきながら、総志朗がトランクス一丁で姿を現す。


「おはよ」

「おはようございます」


 朝ってさわやかよね! そんな言葉が出てきそうなくらい、梨恵の笑顔は爽やかだ。

だが、夏のくそ暑さの中においては、うざい笑顔だ。


「おやすみなさい」


 とっさにドアをしめようとしたが、梨恵の足が一歩早くドアの隙間に入り込む。


「もう朝よ。起きなさい」

「すっごい怖い。なしえっち、怖い!!」


 梨恵の横にはどうやって持ってきたのか、たんまりと荷物が積まれている。


「まさか」

「そのまさか」


 にっこり、極上笑顔の梨恵。

その笑顔に、総志朗は背筋が凍った。

 

「ちょっ、待、だって、契約では」

「ん? 住まわせてあげるとは言ったけど、私が住まないとは言ってないわよ?」


 有無を言わさぬ爽やか笑顔からは、真っ黒オーラが放たれている気がした。


「まじかよーーー!!」


 照りつける太陽の下、総志朗の雄たけびが響く。







 私達の奇妙な共同生活は、こうして始まった。





The case is completed. Next case……病人

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ