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Recollection3 君を思う:01

 篤利と梨恵は、梨恵の家に集合していた。

 篤利は優喜から、梨恵は学登から聞いた話をお互い報告し、お互いが知らない部分を埋めてゆく。

 小春日和のほんわりと暖かい光が窓から差し込むのに、家の中は冷たい空気が漂う。淹れた紅茶も冷め、レモンの酸味が喉をつつく。


「本当に、本当の話なのかな」


 うつむき、テーブルの上で両手を固く握りしめながら、篤利はぽつりとつぶやく。現実離れした総志朗の人生。優喜と学登の話が本当に真実なのか、篤利には信じられない。

 だが、優喜の話と学登の話は一致している。起こった出来事はパズルを少しずつを合わせていくような整合性を持っている。

 ユキオの中にいた双子が、別の子として生まれ直す。本物の『相馬光喜』を侵食し、さらに双子の『相馬優喜』も彼に飲み込まれている。

 相馬光喜と相馬優喜は同一人物のようなものなのだ。


「私……総志朗のこと、本当に何も知らなかったんだ……」


 キッチンダイニングから続き部屋となっているリビング。かつて総志朗が住んでいた場所。

 茶色の布張りのソファーと、その正面に置かれた古びた黒いパイプベッド。青い布団は干したばかりのため、陽だまりの匂いがする。

 梨恵はリビングを一望し、そこに総志朗がいるような錯覚に陥る。

 総志朗が出て行ってから整理整頓はしたが、彼が置いていった荷物を捨てることが出来なかった。

 また戻ってきてくれると、心のどこかで期待していた。

 自らが抱いていた期待を失望に変えたのは、自分自身だったことを、梨恵は噛み締める。


「総志朗はきっとずっと苦しんでた。なのに、私は自分勝手な思いで、総志朗が一番傷つく言葉を言ってしまったんだ……」


 ユキオが目覚めるという恐怖。彼が向ける殺意。彼がもし万が一目覚めたら、殺意は自分の周りの人間に及ぶことを総志朗は気付いていたのだろう。

 そして、ユキオが目覚めるために手段を選ばないことも。

 光喜はそれに加担し、総志朗を追い詰めようとしていた。そのことも、総志朗は気付いていただろう。

 だからこそ、総志朗は自分のそばに誰も置かなかった。友達も恋人も作らなかった。

 けれど、人は誰しも独りでは生きられない。

 孤独の中で、それでも必死に居場所を探し続けていた総志朗の見つけたもの。

 梨恵は、それを奪う言葉を吐いた。

 総志朗を消そうとする光喜を求めた。それは、総志朗を否定するということだった。

 あの日、桜の舞い散る夜。おぼろげな月夜の下で、彼は寂しそうに笑っていた。


――やっと手に入れた居場所を……こんな、こんな形で手放すことになるなんて……


「私……最低だよ」


 傾いてきた陽が、梨恵の影を濃くしてゆく。オレンジ色に包まれた室内は、一日の終わりを哀しんでいるかのよう。


「なあ」


 おもむろに口を開いた篤利。梨恵は顔をあげ、太陽の光に照らされてオレンジに染まる篤利を見た。


「総志朗は、本当に消えちゃったのかな? ユキオが眠らされたのと同じで、心のどこかで寝てるだけなんじゃねえの?」


 それが単なる希望でしかないと、梨恵はうつむく。


「多重人格が本当だとしても、人格って、そう簡単に消えるかな? 総志朗は無理やり主人格の位置からどかされただけで、ユキオの心の中でちゃっかり生きてんじゃないの?」

「でも」

「でも?」


 陽は暮れる。オレンジ色だった室内はいつの間にか紺色を薄くしたような色合いに染まっていた。

 梨恵は前髪をぐしゃりと握り、今にも泣き出しそうな震えた声を絞り出す。


「もし、もし眠っているだけだったとしても、目覚めさせることが出来るの? 光喜や優喜がユキオを目覚めさせようとしていたのなら、彼らはどれだけ苦労したの? 総志朗を消そうと、光喜は自分の体まで投げ出しているのよ!」

「光喜や優喜みたいなあくどい真似しなくったって、なにかあるよ! オレたちが出来ることが、総志朗を起こすことが出来る何かが、絶対あるよ! あきらめんなよ。やれることをやろうよ」


 目の端で白い光が明滅する。

 窓の向こうで、水銀灯が灯ったのだ。

 その瞬間。梨恵は病室の青白い電灯を思い出していた。

 彩香の病室で見た、光。


――もし、総、君が、いなく、なってしまいそうな……時があったら、伝えてもら、える?


「……私、総志朗に、伝えてない」

「え?」


 それはまるで、亡くなった彩香が舞い降りて、梨恵の耳元で大事な言葉をささやいたようだった。耳元に温かい吐息を感じる。それは、梨恵の心にじんと沁み渡る。


「彩香ちゃんは、総志朗に生きてって、自分が総志朗の中で生きられるように、総志朗も生きてって、言ってた。私、伝えてないよ」


 とても大切なことだったのに。梨恵は胸に手を当て、目をつぶる。まぶたの裏で、涙がゆるゆると動いているのがわかった。


「私、行かなきゃ」

「どこに?」

「長山総合病院!」








 あなたの真実を、私は認めない。

 あなたがただの人格の一人だなんて、そんなこと認めない。

 あなたはあなた。ただ一人の、人間。

 私は、あなたを取り戻すの。

 あなたに伝えたい言葉があるから。


明日かあさってに私のブログ『Sleeping on the holiday and sunny day.』で、ライオンの子番外編を更新する予定です。

ここ最近のシリアスで疲れた方、コメディ風味の梨恵と総志朗を久々に楽しんでいただけたら幸いです。


ギフト企画参加作品『明日咲く花、今日開く夢』の番外編も近々ブログにアップします。

興味がある方はぜひ読みに来て下さい。


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