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Recollection2 深淵:08

 つらい実験の日々に戻るか、殺されるか、光喜を受け入れるか。突きつけられた選択。ユキオの交代人格、統吾と明は判断を迫られていた。

 結論はひとつしかない。つらい実験に戻るのはもっての他。殺されるなんて考えたくもない。そうなると、光喜を受け入れるしかない。

 黙りこくった統吾を、香塚と麻紀子、光喜がじっと見つめる。

 統吾は顔をあげ、三人の顔を順々に睨んだ。

 光喜を受け入れることで何が起こるか。それはわからない。ユキオが目覚めてしまうかもしれない。あの恐ろしい人格が目を覚ましたとき、自分達はどうなるのだろう、明と統吾は恐怖を隠しきれない。

 だが、選択肢はない。


「わかった。光喜の実験を受けるよ」

「わかってるの?! 光喜を受け入れたら、ユキオが目覚めるかもしれないわ! 危険すぎる!」


 思わず叫ぶ麻紀子を、統吾はただ見据えていた。


「じゃあ、他にどうすればいい? オレたちは生きたいんだ。普通に、生きたい。実験の日々に戻るのも、殺されるのもごめんだ」


 麻紀子はもう何も言うことができず、胸の前で汗ばんだ手をぎゅっと握りしめていた。







 光喜は、歩道橋の上でぼんやりと走ってゆく車を見ていた。

 赤いテールランプが夕闇に溶ける時間。いくつも走る車のライトはまるで一筋の線のようにつながってゆく。

 首筋をなでる冷たい風に身をすくめながら、光喜は決意を固めていた。

 細胞の一片になり、ユキオの体に戻る。果たしてそれは可能なのか。自分という意識は残り、ユキオの中へ再び戻れるのか。

 『相馬光喜』として生まれ直したことを考えると、可能性がないわけではない。これは、賭けだ。


「ユキオ……俺はお前の望みを叶えてやる。お前の手で叶えさせてやる。それが、俺の望みだから」


 欄干を乗り越えると、雲の合間から顔を出した三日月が見えた。うっすらと血が染みたような色をした月の下、光喜は両手を広げる。

 ユキオの体に戻るなら、この体はいらない。すべてを投げ打って、成すべきことを成す。

 宙を舞う体は、車の海へと落ちてゆく。


『本当の双子に、僕の目を』


 そう遺書を遺して。







  

 光喜の母、相馬百合子は困惑した様子で、光喜を産んだ病院に訪れた。担当だった麻紀子に相談するために。


「息子はこんな遺書を遺したんです。先生、わかりますか? 本当の双子って何なのか、わかりますか? 私はあの子の遺志を尊重してあげたいんです」

「……十五歳未満の子どもは、本来、他人への臓器提供が出来ません。ですが、極秘裏に行うことは出来ます。彼の言う『本当の双子』は角膜の提供を待ち望んでいる患者です」

「光喜は、その子への角膜移植を望んでいたということですか」

「……そうです」


 これから起ころうとする事態。冷静を装いながら、麻紀子はおびえる心をひたすら隠す。そわそわとメガネを直す動作を繰り返してしまう。


「臓器提供をすることで、あの子は生きるんですね」

「生きる……」

「あの子は、その『本当の双子』の中で生きていくんですね」


 突然の息子の自殺にショックを受けながらも、相馬百合子はうつろな目で必死に息子が生きていく手段を模索していた。ぼやけた思考回路の中で、見つけ出した答えは、誰かの中で息子が生きていくことだった。


「臓器移植をしてください。どうか、光喜を生かしてください」


 左目の移植手術。そういう名目で、光喜の細胞は総志朗へと移植される。






「お疲れ様」


 麻紀子の声で、彼は体を起こし、目をしばたかせた。左目には眼帯がつけられている。


「今は誰? 総志朗? 統吾? 明? ……光喜?」

「明」


 麻紀子はほっと一息つき、寝癖のついた明の頭をなでた。


「どう? 光喜は、いる?」

「おそらくね」

「わかるの?」

「なんとなく」


 明はふと視線を病室の窓の向こうに向ける。筋上に伸びた雲が青い空に広がっていた。


「光喜は、どう?」

「質問の意味がわからない」


 そっけない明の態度に、麻紀子はどうしたらいいのかわからず、彼の視線の先を追った。透き通った青は、少し目に痛い。


「光喜が、この体を手に入れたいのか、ユキオをどうにかしたいのか、僕らにはわからない。けど、危険なことには変わりない」

「どうするの?」

「総志朗を守るよ」


 明の目は空の青を映す。決意に満ちたその目には迷いはひとつも見えない。


「どうして、総志朗を守るの?」

「僕も統吾も、人に愛されることも人を愛すことも知らない。けど、総志朗は違う。総志朗は、知ってるんだ。だから、彼なら……『普通の人間』として生きられる」


 明は空を映していた瞳をすっと麻紀子に向けた。懐かしいものを見つけた子どものような目で。


「どうして、総志朗は知っていると、そう言えるの?」


 明の目線はいつの間にかまた空に向かっていた。麻紀子の問いに答える気はないらしい。


「僕と統吾は『門番』役を続ける。光喜も監視する。普通の人間として生きるために」






 総志朗が退院した後も、香塚は総志朗の観察を続けることを決めていた。

 光喜がユキオの体の中に戻ることで何が起こるのか。

 ユキオが目覚め、自分を殺しに来るのか。

 光喜がユキオを破壊し、ユキオの体を乗っ取るのか。

 総志朗として生きていくのか。

 もしユキオが目覚め、自分を殺しにきたとしても、それが事前にわかりさえすれば、いくらでも対処のしようがある。もし本当に殺しにきたら、ユキオなど先手を打って殺してしまえばいいのだ。

 ユキオの存在に不安がる病院内のユキオに関わった医師たちにも、監視を続けることでユキオを抑えることが出来るというデモンストレーションにもなる。

 自分の実験が何をもたらすのか、楽しみでしょうがない。

 香塚は笑みを絶やさない。





 総志朗と学登は、香塚の監視に気付きながらも、普段の生活へと戻っていった。

 監視されているとはいえ、あの病院に連れ戻されるという不安はなくなったのだ。

 だが、総志朗も学登も気付いていた。

 総志朗の中で、その闇が拡大し続けていることを。







This tale cleared.Next tale……君を思う








ブログにて、「ライオンの子」の番外編を連載してます。

読みたい方は『Sleeping on the holiday and sunny day.』の方のブログをご覧下さい。

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