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Recollection1 過ちの行方:08

『女子高校生の遺体が川で発見された事件の続報です』

『女子高生の最後の目撃情報は、この場所で……』

『同年代の少年とバイクに乗っていた姿が目撃されているそうです』


 叩くようにテレビ本体の電源を落とし、優喜の母・相馬百合子はがくりと肩を落とした。ぐらぐらと揺れる視界を頭を振ることで正常に戻し、立ち上がる。

 二階に上がり、優喜の部屋の前に立った。そっとドアを開く。ドアの真正面の位置にあるベッドで、優喜はヘッドフォンで音楽を聴きながら寛いでいた。


「優喜」


 百合子の呼び声に、優喜は目を動かすだけ。


「もう、もう限界だわ! 隠せるはずがない! 警察だってうちの周りをうろちょろしているのよ! あのテレビのニュースは、あなたがやったことなんでしょう?! 燃やした制服に血がついていたこと、お母さん、知っているのよ!」

「だから?」


 ヘッドフォンを取り、むくりと起き上がる。口元にはいつもの冷たい笑みを浮かべ、軽蔑したような視線を母に送る。


「正直に答えて!」

「殺したよ。だから、なに」


 なにか悪いことでもした? そう言いたげな表情を作る。百合子は顔を真っ赤にして優喜の元に歩み寄った。


「お母さんには、あんたしかいないのよ!」


 そう言うなり、優喜の体を抱きしめる。優喜は微動だにしない。


「光喜……! 光喜ぃ! お母さんを一人にしないでえ! お母さんを置いていかないで!」

「母さん、光喜は生きてる」


 どこも見ていない優喜の瞳。くつくつと喉を鳴らして笑うだけ。








「中絶するか、産むか、迷っているなら早く決めた方がいいですよ。遅くなればなるほど、体に負担がかかりますから」


 白髪の髪としわだらけの顔。歳を取った男性医師は感情のこもらない声色で梨恵にそう告げた。

 梨恵は一礼して立ち上がり、むくむくと湧き上がる怒りを必死に抑えた。どうしたらいいのか迷っているのに、事務的すぎる言葉が癇に障った。

 涙をこらえ、診察室を出る。

 待合室ではなんとも平和な光景が広がっていた。生まれたばかりの赤ん坊を抱いた幸せそうな人。大きなお腹をなでながら、うとうとしている人。言葉を話せるようになった赤ん坊がにこにこと梨恵に笑顔を向ける。

 太陽の柔らかい光を受ける目の前の光景は幸福の象徴のようで。自分の腹に触れると、そこには生まれることを待ち望む小さな命があるのだと、まざまざと思い知らされる。

 腹の子を愛せるのだろうか、梨恵は何度となくもたげる不安に頭を垂れる。

 周囲に「いらない子」と言われ続けてきたユキオ。彼の境遇を思うと、自分の産み出す子もその二の舞になるのではないかと、怖くなる。


「総志朗、会いたいよ……」


 口から漏れる想い。総志朗に会いたい。隣で笑って「産めばいいじゃん」と軽く言ってほしい。叶わぬ願いであることは、梨恵自身がよくわかっていた。

 重い足取りで病院を出る。病院の前の駐車場にはベンツが一台停まっていて、その中で学登がタバコをふかしていた。梨恵が病院から出てきたのに気付くと、慌てた様子でタバコを灰皿に押し付け、車から出てくる。


「梨恵ちゃん」

「学ちゃん、どうしたの?」

「いや、見かけたもんだから。……本当に妊娠していたんだな」


 産婦人科と書かれた病院の看板を仰ぎ見ながら、学登は少し気まずそうにつぶやいた。


「梨恵ちゃんと光喜がそんな関係だったとは、ね。今更な話だが」

「……私は利用されただけよ」

「ああ、そうだろうね。俺はてっきり梨恵ちゃんのことも奈緒ちゃんと同じように殺すつもりだったんだと思っていたんだが」


 送るよ、と学登は助手席側のドアを開けてくれる。梨恵はその言葉に甘えることにして、車に乗り込んだ。革張りの椅子は座り心地がよく、最近体調が優れなかっただけに、なんとなく落ちつく。

 学登も車に乗り込むと、エンジンをかけた。車の振動がほんの少し気持ち悪いが、我慢するしかない。


「光喜は……実に上手く総志朗を消したよ。総志朗にとって大切な存在を殺し、そして奪った」


 梨恵は、走り出した車の窓を開ける。心地いい風が吐き気を和らげてくれる。


「俺は総志朗を、いや、ユキオや明、統吾、そして光喜を半ば同情心で助けたんだ。そしてそれは、結局彼らを苦しめた」


 学登の顔をちらりと伺う。眉間にしわを寄せ、苦しそうな表情をしていた。少しやつれた気がした。


「俺には未だにわからない。彼らを助けてよかったのか、悪かったのか」

「学ちゃん……」


 学登の抱える問題が何なのかなんて、梨恵にはわからない。どうして彼らを助けることになったのか、総志朗と学登の関係はわからないことだらけだ。なのに、梨恵はその疑問を学登にぶつけることが出来ない。


「俺はまだ、自分がしてしまったことと向き合うことが出来ない。だから、償うことも出来ないでいる。俺は……わからないんだ。これからどうすればいいか。何をすればいいか、全くわからない」


 まるで自分自身のことを言われている気がして、梨恵は膝に置いた手を握りしめる。向き合うことが出来ず、何も出来ないでいる自分。何かしなければいけないのはわかるのに、どうすばいいのか、わからない。


「梨恵ちゃん、君がつらい立場に立っていることはわかってる。だが、総志朗を守れるのは、きっと君だけなんだ」


――総志朗を守る。水面に落ちた一滴が、波紋を広げていくような感覚。円を描き、心に広がってゆく。


「クラブ・フィールドは今月で閉店することにしたから。あんな音楽がうるさいところには来られないだろうけど、良かったら事務室に遊びにおいで」

「……うん」


 いつの間にか梨恵の家に着いていた。梨恵はゆっくりと車から降り、学登に手を振る。学登は一度だけクラクションを鳴らして行ってしまった。

 走り去る車の後姿を見送りながら、梨恵は思い悩む。

 自分が出そうとする答えが、何を導くのかを。






 あなたを守る。

 あなたを、守るの。

 変わらないよ。

 何があっても、この気持ちだけは。


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