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Recollection1 過ちの行方:02

 すぐに目覚めると言われた総志朗だが、三日たっても眠り続けていた。医者も「脳波に異常はないのに」と首をかしげ、何日か様子を見ることになり、その間も梨恵はどんどん不安にさいなまれていった。

 総志朗がいないから、目覚めないのかもしれない。総志朗は死んでしまったのかもしれない、梨恵は怖くて仕方なかった。


「梨恵ちゃん」


 着替えや入院のための諸々の用意を持ってきた学登が、総志朗のベッドのそばに座る梨恵に荷物を預ける。梨恵はそれを受け取るために顔をあげ、学登の後ろに篤利がいることにようやく気付いた。


「店の前で座り込んでたから、連れて来たんだ」


 学登は困ったように苦笑いを浮かべ、篤利の背中を押す。篤利は気まずそうにキャップをかぶり直し、梨恵に一礼した。


「アパートに帰ってこないから、心配してたんだ」


 篤利は総志朗の姿を一瞥し、声を震わせている。怪我はたいしたことはないとはいえ、包帯だらけの姿はショックだったのだろう。


「ごめんね……」


 口をついて出たのは、謝罪の言葉。梨恵は無意識に出た自分の言葉に、自身がどれだけのことをしたのか、改めて気付かされた思いがした。


「なんで謝んの?」


 不思議そうに梨恵を見る篤利の顔を直視できず、梨恵はまた視線を落とす。握りしめた両手が汗でじっとりと濡れていた。


「私が、総志朗を追い詰めたの……。だから、こんなことになったのよ」

「なに、それ?」


 篤利の声色に棘がまじってゆく。


「梨恵ちゃん、その話はいい。篤利君、総志朗の様子は見れたんだし、もう帰ろう」


 忍び寄る不穏な影を感じ取り、学登は篤利の肩を叩いて、病室のドアの方へ押す。だが、篤利はそれを振り払い、梨恵を睨みつけたまま、「何したんだよ!」と怒鳴った。

 ゆるくウェーブした髪を耳にかけ、梨恵は顔を上げる。見つめる総志朗の顔は真っ白で、いつか見た祖父の遺体を思い起こさせた。


「私……総志朗に……」


 かさぶたがついた傷跡。それは生命が確かに息づいていることを証明している。だが、総志朗が生きている証明にはならない。

 彼の笑顔を想像する。二重まぶたの無邪気な目。柔らかい唇は半円を描く。けれどそれは、ぼやけていてはっきり思い出せない。

 ふと自分の手に視線を下ろす。その手も歪んでぼやけて見えた。そうしてやっと気付く。また泣いている。


「総志朗をいらないって言ってしまった……」


 自分の罪に初めて気付いたような感覚だった。胃液交じりの嗚咽が喉を焼いている。


「……なにそれ」


 小さな、けれど大きな怒りのまじった篤利の声。梨恵は強く目をつぶり、耳を塞いでしまいたい衝動に耐える。


「あんた、なんでそんなことが言えるんだよ?! 総志朗はっ! 独りだって、自分は独りだって言ってた! でも、オレには、あんたが、あんたがいるから総志朗は独りじゃないって思ってたんだ! なのに、あんたがそんなこと、言うのかよ!」


 顔を真っ赤に染め、篤利は前のめりに梨恵に食ってかかる。学登は篤利の肩をつかみ、篤利が梨恵に飛びかかるのをなんとか押さえつける。


「あんたが、あんたが総志朗を傷つけたんだ!」


 言葉の刃が、梨恵を貫く。梨恵は返す言葉も見つからず、ゆるゆるとたわんでゆく床をただ見つめ続ける。


「篤利君。梨恵ちゃんを責めるな。梨恵ちゃんは総志朗を傷つけるつもりなんてなかったんだから」


 学登が優しい言葉を篤利に投げかけるが、梨恵にとってはその優しさも鋭く研ぎ澄まされたナイフのように感じる。


「傷つけるつもりがなかったら、何言ってもいいのかよ! そんなんおかしいだろ!」

「篤利君、梨恵ちゃんの気持ちも……」

「学ちゃん、いいの。私が悪いの。篤利君の言う通りなんだよ」


 篤利は鼻で息を吸い込み、肩をつかむ学登の手を振り払う。そのまま梨恵に背中を向け、病室を出て行ってしまった。


「梨恵ちゃん、少し休んだ方がいい」

「ここにいたい」


 学登の声は柔らかく、心に沁みる。


「総志朗が目覚めるまで、ここにいたい」

「……わかった。オレはフィールドに戻るから、頼んだよ」

「うん」


 梨恵の頭に優しく触れ、学登も出て行ってしまった。梨恵は両手で顔を覆い、そのまま頬に張り付いた涙を勢いよく拭う。


「どうすればいいの、光喜……。私、あなたが好き。でも、総志朗を失いたくない」


 気持ちを吐露し、それと共に息も吐き出す。出尽くしたと思っていた涙がまた瞳を潤した。


「――それは無理だよ、梨恵」

「……え?」


 聞こえてきた懐かしい声。

 梨恵は目を見開き、彼を凝視した。微動だにせず寝入っていた彼の唇がわずかに動き、そしてまぶたが重い扉を開けるときのようにゆっくりと開かれる。

 オッドアイ。猫のような色の違う瞳。冷たい海を思わせるエメラルドの左目。ぞっとするほど美しいその目の輝きを、梨恵は息を飲んで見つめる。


「――光喜!」


 目が覚めた喜びが、声を高くさせる。だが、梨恵は愕然とする気持ちが脳内を駆けめぐっていることを隠すことが出来なかった。

 目覚めたのは光喜。では、総志朗は――?


「総志朗は?! 光喜、総志朗はどうしたの?!」


 上半身を起こし、洗っていないためにジトリと湿った髪を煩わしそうに掻く。光喜は体中の包帯を確認してから、やっと梨恵を見た。


「総志朗?」


 そんな人間は知らない、そんな言葉が出てきそうな顔をしていた。


「あんたって、意外と馬鹿だよね」


 口を右側だけ歪ませ、光喜は目を細める。エメラルドグリーンが楽しそうに光る。


「どういう、意味?」








 お腹の中の命を感じていた。

 わずかに光る灯火のような命。

 でも、私にとっては灯台のように輝く導きの光だった。

 あなたにとって、私はどんな存在だったの?




 


気付いたら4000文字近くまで執筆していました。

一話3000文字以内にしているので、今回はカット。

明日かあさってにまた更新したいと思います。


なかなか暗いストーリーになってきましたが、この暗さに読者の方々がついてきてくれるのかほんの少し不安だったりします(^^;


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