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CASE10 夫婦:01

「今日は……疲れたね」


 臨時休業の札が下げられたクラブ・フィールド。奈緒の葬儀も終わり、梨恵と学登はここに戻ってきた。


「総志朗は?」

「うん……。お墓の前にずっと立ちっぱなしで、話しかけても返事もしてくれなかった。奈緒ちゃんのお父さんが放っておいた方がいい、って言うから置いてきたの」

「そうか。なにか飲むかい?」


 学登はカウンターに入り、梨恵の返事も待たずにウーロン茶を用意してくれている。コップに入った氷がパチリと音を立て、亀裂が入る。

 その音と同時に、ドアが開いた。梨恵と学登はドアの方に振り返る。

 そこには、左目をエメラルドグリーンに染めた総志朗――いや、光喜が立っていた。


「光喜」


 学登はウーロン茶の注がれたコップを強く握りしめ、光喜を睨みつける。光喜は両手を小さくあげてクスリと笑うと、ドアの横の壁に寄りかかった。


「言ったとおりになったろう?」


 冷徹なエメラルドの瞳。そこに感情というものは一切見えない。


「ねえ、黒岩さん。人は一人じゃ生きられないんだ。あんたが総志朗に課したことは、結局彼を苦しめただけだった。かわいそうに」


 学登は射抜くような強い力で光喜を睨み、唇をかんでいた。梨恵は戸惑いが隠せず、学登と光喜を交互に見やる。


「梨恵。黒岩さんはね、総志朗をその偽善的な心で助けたんだ。あの時、殺してくれていれば、俺たちはこんな風に苦しむこともなかった」

「え……」


 光喜の顔に貼りついた口元の笑みが一瞬消えた。憎しみと悲しみが混ざったような、そんな表情をしていた。


「ユキオを止めることは誰にも出来ない。俺にも、総志朗にも、他のやつらにも」


 刃をそこらじゅうから向けられているような、張り詰めた空気が流れる。梨恵は耐え切れず、勢いよく立ち上がった。


「私、帰る」


 脇の椅子に置いておいたバッグをつかみ、梨恵は光喜を見ないようにしながらドアの前まで急ぎ足で進む。

 ドアノブに手をかけようとした梨恵のその手より先に、光喜がドアノブを掴んだ。


「送るよ」


 梨恵の腰に片手を回し、ドアを開ける光喜。その背中に学登は怒鳴った。


「ユキオを目覚めさせてどうする?! それが何になるっていうんだ!」


 光喜はゆっくりと振り返り、目を細めて答えた。


「それが、俺たちの望みだ」








 家に戻った梨恵と光喜。梨恵は光喜には目もくれず、足早に家の中に入っていった。後に続く光喜の存在を背中に感じながら、梨恵はポツリと声を出した。


「ユキオって、誰」

「知ってどうする?」


 梨恵は一瞬押し黙るが、唾を一回飲み込んで、光喜に向き直った。


「私は……総志朗のことも学ちゃんのことも、あなたのことも、何もわかってないし、何も知らない。学ちゃんも総志朗も、あなたに気をつけろって言う。ねえ、どうして? どうして、奈緒ちゃんは殺されたの?! あなたと優喜って、一体なに?!」


 奈緒の遺骨が脳裏をかすめる。骨だけになった奈緒。奈緒は本当に死んでしまった。殺されてしまった。あの骨が奈緒だと思うと、くやしさや悲しみがごちゃまぜになって、煮詰まった鍋のようにぐらぐらと揺れる。


「優喜は総志朗を消したがってる。そのためにはどんな犠牲もいとわない。だから、俺は梨恵を優喜から守る。俺が言えるのは、それだけだ」

「じゃあ! どうして総志朗を消したがるの?! 何のために!」


 頭の中は真っ白で、飛び出す声を抑えることも出来ない。感情は溢れる水のようで、塞き止めることさえ出来ない。

 そんな梨恵とは対照的に、光喜は何も感じていない無表情のままで、ただ梨恵をじっと見ていた。


「そんなこと、俺が知ってるわけないだろう」


 あまりに光喜が冷静で、梨恵は沸点に達していた激情が収まっていくのを感じた。深いため息をつき、額に手を当てる。


「……私の知らないところで、全てが動いてる。怖いのよ。私自身が殺されるんじゃないかとか、そういう恐怖じゃないの。何かが……知らない間に無くなっていくようで……ただ無性に怖いの」

「俺がいる」

「……うん」


 光喜は梨恵の肩をぎゅっと抱きしめ、そのままベッドに倒れこんだ。光喜の唇が、優しく耳元にキスを落とす。


「奈緒ちゃんの葬式の日なのに」


 光喜の体をどかそうと、梨恵は手を突っ張ろうとするが、力が入らない。


「関係ない」


 鎖骨のあたりを甘噛みされる。光喜の吐息を肌で感じる。


「でも」

「俺が表に出てこられるのは、わずかな間だけなんだ。その間だけでも、愛し合いたいんだよ」


 梨恵は小さく声を漏らし、体から力をぬいてしまった。

 罪悪感を感じるのに、止まらない気持ち。

 総志朗を守りたい。だけど、光喜と一緒にいたい。それは、同時に抱いてはならない感情のような気がして、梨恵は涙をこぼした。








『光喜』という人格が出てくるたび、私たちは愛を交わした。

 その度に罪悪感が込み上げて、それでも気持ちを抑えられなかった。

 光喜が好きだった。

 だから、光喜が私の体を求めてくるのを、拒めなかった。

 優しい愛撫に身をゆだねて、ゆりかごで眠る赤ん坊のように、何も考えていなかった。

 温かい抱擁で全てを包んで、私はただ……愛に包まれている気になっていた。




  



連載が百話目に到達しました!

おめでたいです(^^)


なにかしようかと考えていて、期間限定でブログやることにしました。

夏ホラーもありますし。


このブログで記念になんかやるとかはないですが、しばらくは夏ホラーの感想とか書いていきたいと思います。

遊びに行ってやってもいいぞという方、ぜひ遊びに来てください。

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