CASE1 ゲーマー:08
ゲーム2日目。
朝方、母親の理恵がとても不安そうに、「昨日から男が外に立ってて怖い。」と言っていた。
笑いそうになった梨恵だが、そこは笑顔で、「気にしなくても平気。たまたまだよ。」と言っておいた。
今日は何の講義も取っていない梨恵は、祖父のお見舞いに行くことにする。
家から出ると、また門によりかかって、総志朗が寝ていているのを発見した。
「忍者ハット○君。隠れきれてないわよ。」
「んああ?」
変な声をあげて、総志朗は目を覚ます。
「おはよん。なしえっち。」
「あんた、うちのお母さんに姿見られたでしょ?」
「そうなの?気付かなかったわ。」
口の端についたよだれを拭いながら、全く気にした様子無く、総志朗はそう答えた。
わざとでっかくため息をして、梨恵は歩き出す。
「どこ行くんですか?お嬢様。」
「ちょっとそこまでよ。下僕。」
「下僕ってひどくないですか?お嬢様。」
「そんなことないんじゃない?ほんとのことよ。」
「やっぱりひどい!!」
泣きまねをする総志朗をおいて、梨恵はすたすたと歩いてゆく。
駅前の花屋で花を買っていると、うしろにいた総志朗がにこりと笑って言った。
「入院してるおじいちゃんのお見舞いだ?」
「話したっけ?その話。」
「うん。初めて会ったときに。」
よく覚えてたね、と感心しながら、梨恵は包んでもらった花束を受け取る。
電車に乗って2駅、さらにバスに乗ること20分で、祖父が入院する病院へと訪れた。
病棟は3階。
エレベーターで3階に行く。
「あ、梨恵さん。」
エレベーターを降りたそばに、談話室がある。
そこに女の子が一人、佇んでいた。
梨恵に気付いて、駆け寄ってくる。
「彩香ちゃん。久しぶり!」
「あやか?」
後ろにいた総志朗が不思議そうに彩香の顔を覗き込む。
「この子、土田彩香ちゃんっていうの。ここにおじいちゃんが入院してから、知り合ったのよ。」
青白い肌に似つかわしくない元気そうな大きな目を見開いて、彩香はにこやかに笑った。
目深にかぶったニット帽を押さえながら、頭を下げる。
「初めまして。土田彩香です。今高校3年生です。」
少し頬を赤らめて、律儀に挨拶する綾香に総志朗も自己紹介をする。
もちろん、あの何でも屋の名刺も渡す。
「かっこいい人だね。梨恵さんのカレシ?」
総志朗に聞こえないように梨恵に近付いて、ささやく彩香。
「んなわけないじゃん!ただの…ええと…下僕?」
「なしえっち、ひどいってば!!」
2人のやり取りを見て、綾香は大爆笑していた。
「おじいちゃん。」
ベッドに近付いて呼びかけると、祖父はピクリと動いた。
ゆっくりとまぶたが開き、一瞬あたりをきょろきょろするが、すぐに梨恵に気付いて目を細めた。
「梨恵、来てくれたのか。」
「どう?調子は?」
本当は調子がよくないのだろう、祖父はあいまいに笑うだけで何も答えない。
祖父の視線がふと、総志朗に止まる。
「梨恵、恋人か?」
うれしそうに言うので、梨恵は否定できず、総志朗を見た。
「初めまして。加倉総志朗といいます。梨恵さんとは良いつきあいをさせてもらってます。」
いつもはおちゃらけているのに、とても紳士らしくそう言う総志朗に、梨恵は驚く。
「そうかそうか。梨恵は頑固な子だから、苦労すると思うけどよろしくたのむよ。」
「梨恵さんは、とてもいい子です。オレにはもったいないくらい。優しくて、面白くて。」
そうかそうか、と祖父はにこやかに微笑む。
すっかりやせこけた祖父の目尻に涙がにじんでいたことを、梨恵は気付かなかったふりをした。
「おじいちゃん、早く退院できるといいね。
私、あの家でおじいちゃんと暮らす日を楽しみにしてるんだよ。」
「俺も楽しみだ。梨恵、あの家は梨恵の家だ。梨恵が好きなように暮らすといい。
彼と暮らすのもいい。好きなようにしていいから。」
祖父の言葉が遺言のようで、梨恵は言葉が詰まる。
少しの間のあとにかろうじて、梨恵は言葉を発した。
「私はおじいちゃんと暮らしたいよ。」
「そうか?」
祖父が嬉しそうに笑ったことが、梨恵自身も嬉しかった。
大好きな祖父。
早く元気になってほしいと、願う。
あなたはとても嘘つき。
ついてばかりの嘘の中に、いつもあったのは優しさだった。
優しい嘘。
でもね。
その優しさが逆に苦しかったよ。
真実が遠ざかってゆくだけだったから。