―未知との再開―3/3
目が覚めると、自宅のベッドの上。
母さんが「降りてきなさい」と呼びつける。
時計を見ると、5時45分を指していた。
まだ眠い目をこすり、立ち上がる。
旅行カバンと携帯を持って、欠伸をしながら階段を降りる。
「もう奈子ちゃん外で待ってるよ。」
「はいはい。」
朝食の目玉焼き乗せパンを食べ終えて、マグカップに注がれた牛乳を一気に飲む。
音の鳴る方を見ると、テレビでニュースがあっていた。
ただし人を待たせている手前、のんびり観賞しているわけにはいかない。
「忘れ物は?」
「大丈夫だよ。」
携帯をカバンに突っ込んで、制服を着て、靴下を履く。
脱衣所にある洗面所で、寝癖を直して歯磨きをする。
さっき母さんが風呂に入っていたのか、床に水が残っていて靴下が濡れてしまった。
「母さん、いま何分?」
「ちょうど6時。早く行きなさい。」
「はいはい。」
違う靴下を履いて、スニーカーを履いて、外に出た。
そこには母さんの言ったとおり、奈子がすでに立っていた。
「早く行こうよ。」
「うん。」
そう言って歩き出そうとすると、玄関から母さんが出てきた。
「忘れ物!しおり忘れてる!」
「あ、昨日確認したときに出しっぱなしだった。ありがと。」
「だから行ったのに。あと、旅行中は何回か連絡しなさいよ。」
「はいはい。行ってきます。」
同級生にこういう風景を見られるのは恥ずかしいので早めに切る。
「行ってきまーす。」
「行ってらっしゃい奈子ちゃん。」
家が隣ということで、近所付き合いは上々だ。
家族ぐるみ、とまでは行かないが、小さい頃、一緒にキャンプしたことぐらいならある。
二人の両親が4人とも知り合いという、なんとも狭い世界に生きているからだろう。
ここ周辺の住宅街を抜けると、紅いもみじの散る山道に変わる。
長い長い下り坂。それが終われば、学校のある少し栄えた街並みに変わる。
学校までは普通に行けば家から20分程度で着く。
奈子との会話がいつも以上にはずむと、たまに遅刻してしまうことがある。
「…って昨日テレビで言ってたんだ…。どうしよう…。」
「嘘であって欲しいな。」
「しかも最近になって、それが2012年12月だって分かったんだよ。今月じゃん!」
「水を返さなきゃいけないって…、人間の体内の水分とかも奪われたりしたら大変だな。」
会話が少しでも途切れると、奈子はここぞとばかりにオカルトの話題に切り替える。
そういうとき、俺は基本的にてきとうに受け流す。
だけど、今日は何故かそんな話にも親身になる。
「わかんない。もしそうなったらミイラみたいになっちゃうのかな。」
「目の前で誰かがカラッカラになっていくって、怖いな。」
何故か、この奈子との会話がすごく貴重なものに感じられて、無駄にできない。
遅刻してもいい。ずっとこうしていたい気もする。
「もし本当にさ、世界が滅亡しちゃって、私たちだけ残ったら、どうする?」
「俺と奈子二人ってこと?」
「うん。」
「…奈子は?。」
「私は…。」
「…俺は、ずっとこうやって話していたいかも。」
自分で言ってすぐに恥ずかしくなる。
「私もそうかもしれない。」
二人とも照れ隠しに、顔を下げる。
吐く息は白い。
後方で二人の吐息が混ざり合って、やがて消える。
前から一台のトラックが走ってきて、やがて横を過ぎる。
大きな風が前から吹いてくる。
「寒っ。」
奈子がぶるっと肩を震わせる。
だけど俺は…、
寒くない。
また目が覚める。
冷たくて固い、鉄で出来たベッドの上に寝かせられていた。
腕と足がベルトのようなもので縛られて、身動きが取れない。
ここはどこだ!?
骨と鉄に挟まれた神経が痛みを訴える。
気が動転して無理に引きちぎろうとするが、食い込んでそれもまた痛い。
夢じゃない。
一旦冷静になろう。
周りを見回すと、まるでUFOの中のように、機材や薬が置いてある。
広さは、教室一つ分ぐらいだ。
ここはどこだろう。
さっきの男に誘拐されてきたのは間違いない。
だとすれば、どこかの研究所…。
どれだけ寝ていて、どれだけ遠くまで来たのか、見当もつかない。
すると、5mほどの距離にあるドアが開いた。
そこから部屋に入ってきたのは、さっきの男。
「やぁおはよう。思ったより落ち着いているね。」
「おい、ここはどこなんだ?」
「UFOの中さ。」
「…ふざけんな。」
「本当だよ。君もちゃんと見ただろう?」
「何をだよ。」
「でっかいUFOが空を飛んでるのを。」
「何が言いたいんだ…まさか!」
あのとき空が急に真っ暗になったのは、UFOが空を覆っていたからなのか!
しかし、そんな話がある訳がない。
ガキじゃあるまいし、バカバカしい。
「はは、面白い冗談だな。じゃあお前は宇宙人なのか?」
「そういうことになるね。僕から言わせてもらえば君が宇宙人なんだけど。」
「は?じゃあ証拠を見せてみろよ。」
「そんなこと言われてもなあ…。」
「ほら見ろ。さっさと本当のことを言えよ。」
「別に君に信じてもらう必要はないんだよね。本当に宇宙人なんだけど。」
「じゃあなんで宇宙人が日本語喋れるんだよ。おかしいだろ。」
「地球の言葉は散々勉強したよ。それこそ、何年もかかったんだ。この努力は認めて欲しい。」
「地球にどれだけの言語があると思ってるんだ。なんでそこから日本語だけ…。」
「それはたまたま僕が日本担当だったから日本語を勉強しただけで、他の人は他の言語を勉強してるよ。」
「う…。」
言葉だけならなんとでも言える。きっとでまかせだ。
だけど、相手を宇宙人じゃないと認めさせたところでなんになる。
今一番得策なのは、相手の目的を聞き出して、隙を見て逃げることだ。
「一体何が目的なんだ?」
と率直に聞いてみた。
「そう、早くそのことを言いたかったんだよ。」
「いいから言えよ。」
「ちゃんと話せば長いんだけど、面倒だから一言で言うよ。」
ゴクリ、と生唾を飲んだ。
ひょっとしたら、俺を実験材料にすることが目的で、手足をつながれたまま殺されてしまうのかもしれない。
どうやっても開かないような牢屋に入れられて、一生ここで過ごすことになるかもしれない。
それだけは無いことを祈った。
男が近づいてくる。
俺は目を閉じることだけはせず、必死に歯を噛み締める。
冷や汗が垂れる。
男は俺の近くにあった大きな装置の前に立った。
そして静かに言った一言は…。
「君をコピーさせて貰う。」
「…は?」
「だから、君をコピーさせてもらうんだってば。」
こいつは何を言っているんだ?
「意味が分からないんだけど。」
「詳しく知りたいの?じゃあ長くなってしまうじゃないか。あぁ、面倒だ。」
男はけだるそうに語り始めた。
「僕らの星には、世界共通のある伝説があるんだ。
大昔。僕らの星の一人が、地球というなんにもない星に、水と生命を送り込んだ。
その人の遺言が、『自分の死後ちょうど40億年後に地球から水を返してもらえ』。
おおざっぱに言えばそんな伝説。
で、それが今年だったわけだ。
でも、伝説なんかに従う必要は無い。そんな声があがってね。
地球まで行くだけでも莫大な費用がかかるからね。
それに、地球と僕らの星ではその伝説意外にまるで接点がない。
無駄骨にもほどがあると批判が出たんだけど、伝説に従うべきだという国もかなり多くて。
結局、全7ヶ国での首脳会議で多数決になり、4:3で実行することになってしまったんだ。
そこで反対側の3ヶ国は『地球の生物から水を奪ってしまえば干からびて死んでしまう。』と主張した。
たしかに研究物資になりうる地球上の生物を皆殺しにしてしまうのは勿体ない。
そういうわけで、地球で文明を持つ生物である人間の一部を星に持ち帰ることにしたんだ。
で、どうやって持ち帰ろうかという問題が発生して。
地球人は僕らの星では生きていけるか分からないからね。
そこである科学者が、僕らの体に地球人を取り込む装置を作り出したんだ。
ここまで言えばわかるだろ?今から君には僕に取り込まれてしまうんだ。
なんでそれがコピーなのかって気になる?
それは、僕らはただのスーツに過ぎないからさ。
今はこうやって意識があるけど、いざ取り込んでしまうと、地球人に意識が乗っ取られてしまう。
顔、身長や、姿かたちまで変わってしまう。
つまりは、この装置がコピー機、君がデータ、僕が印刷用の紙ってこと。
じゃ、やらせてもらうね。」
そう言って、男は手元の装置をいじり始める。
…なんなんだよ…。
まるっきり奈子の言ったことと同じじゃねーか。
あの時、夢に見たように、ちゃんと話を聞いていれば。
いや、聞いていたところでこの状況はどうしようもない。
ただ…。
奈子の最後に見せたあの表情はなんだったんだ。
まるで全てを知っていたかのような…。
テレビで見ただけじゃなかったのか。そんな情報を本気で信じるほど痛いヤツじゃない。
もしかすれば…。
「なぁ。」
「ん?どうしたんだい。」
「俺がお前に捕まる前、一緒にいたヤツがいるんだけど、知ってるか?」
「…。」
男の手が一瞬止まり、また装置を触り出す。
「その反応、知ってるんだろ。そいつに何か言ったのもお前か?」
「…、そうだよ。元々は、研究物資になって助かるのは彼女のはずだった。」
「どういうことだよ。」
「基本的に、地球に来て一番最初にコンタクトを取ることができた人間をコピーするようになってたんだ。
で、僕がコンタクトを取るのに成功したのが、君の連れ。つまり、餅木奈子だね。
事情を説明して、その子も諦めてOKを出してくれた。
だけど、コピーするために裸にさせたときに、それは発覚したんだ。
彼女は女だった!
コピーとは言っても、まるまるコピーするわけじゃないからね。
だからこそ、スーツとして使えるわけだし。
つまり、異性同士では体の機能が違うからコピーできないんだよ。」
「…。」
この時ぐらいからか、いつのまにか俺は、この男が本当に宇宙人なのではないかと思い始めていた。
話が妙にリアルだ。人を騙すためにでもここまで話を考えはしないだろう。
さっきまでなら、宇宙人なのになんで地球人と体のつくりが一緒なんだって言っていただろうけど、
元々の種がその星と一緒なのだから、と思うようになっていた。
「で、悪いけど、君はコピーできない。諦めて死ぬしかないね。って言ったんだ。
そしたら、『それなら違う男の人を紹介するから。』って言い出して。
夜までに用意してくれるっていうことだったから、手間も省けるし了承してやったわけさ。
君がこうやって生きているのは、彼女と僕の良心のおかげってわけだよ。」
「…は!!?今なんつった!?」
「だから、彼女のかわりに君が助かったってこと。彼女は死んだよ。」
「嘘だろ…。」
車が暴走していたのは、運転手が全員ミイラになって制御出来なくなったから。
こいつに連れ去られているとき、どんなに騒いでも誰も家から出てこなかったのも、みんなミイラになっていたからだ。
こいつの言うことが本当なら…、いや、本当だろう…。
もう、みんな死んだ。
大谷も池尻もみんな。
家族も。
奈子も…。
「なんでだよ!なんで殺した!ただの伝説なんか信じやがって!!クソやろう!人殺し!」
「そんなに暴れたって意味はないんだよ。君も諦めろ。」
「奈子を助けろよ!俺は本当なら何も知らずに死ねたんだ!なんであいつだけ、死を覚悟しなきゃならないんだよ!」
「落ち着けよ。あのまま星に連れて帰っても、死ぬだけだったんだ。」
「くそ…。俺も死ぬ!。殺してくれよ!」
「研究物資を殺すわけないじゃないか。」
「さっさとコピーしやがれ!お前がいなくなったら、速攻で死んでやる!」
「…。」
男は、機械から離れると、俺の拘束を解除して首を掴んで立ち上がらせた。
無理に服を破いて、裸にされた。
そして大きいカプセルのような不透明の機械に乱暴に入れられた。
人間として見た最後の風景は、閉じられる扉の隙間に見えた、微かな光だった。
また夢を見始める。
真っ白な空間で、いつもの6人メンバーが目の前にいる。
すぐにこれが夢だと分かった。白昼夢というやつだ。
そいつらは俺を抜いた5人で、寝転がってUNOをしている。
「なあ、俺も入れてくれ。」
もう死んだこいつらがすでに懐かしく、とにかくなにか話したい。
ストーリーの無い白昼夢では、行動の選択権は自分にある。
人間じゃなくなる前に、好きなことをしよう。
そう思い、大谷と池尻の間に寝転がろうとした。そのとき。
「お前は駄目だ。」
池尻が鋭い目付きでそう言って俺を睨む。
急に言われたその一言に俺は唖然としてしまった。
「え、ど、どうしたんだよ。」
「こっちにくるな。」
「え?」
「こっちにきちゃダメなんだよ。いいから早く帰れ。」
夢の中でとはいえ、もう会えないのを分かっていながら言われたそのセリフが、俺にはショックだった。
他の4人は、俺がいることに気づいていないかのようにUNOを楽しんでいる。
なんだか寂しい気分になり、今更ながら、自分が独りだということを実感する。
目を閉じて開くと、5人はもう消えていた。
「母さん、父さん…。」
真っ白な空間で、静かにそうつぶやいた。
すると、後ろから声がする。
「「春登。」」
「!」
二つの声が重なって俺を呼んだ。
母さんと父さんの声だとすぐに分かった。
救われた気持ちになり、すぐに振り返ろうとする。
「駄目。振り返っては駄目よ。」
その言葉を聞いて、頭を止めた。
「なんで?」
「別れが辛くなるから。このまま、話だけを聞いて。」
「分かった…。」
目に涙が溜まる。
二人と話したあとは、もう目が覚めることがなんとなく分かっていた。
「私たち、春登を産んで良かった。最後だから言えるけど、感謝してるわ。
春登に貰った幸せは、死んでも忘れない。
喧嘩したときも、何かで賞を取って自慢してくれたときも、全部覚えてる。
そしてこれからも、春登を見守っていくからね。
だから、強く生きて。
冬の後には必ず春がおとずれるから。」
もう誰とも会えなくなる。
これからは、違う星の違う人間と生きていかなきゃいけない。
それか、さっき言っていたとおり、自殺するかだ。
「生きていく自信ないよ…。」
「春登。ここで死んでどうするんだ。」
父さんの声だ。
「さっきの男を見て分かっただろう。その星のやつらは、地球人と瓜二つだ。」
「だからなんだよ。」
「女子高生が全員全裸の世界だったらどうする!」
「!!」
「ハーレムOKだったら浮気してもいいんだぞ!?もしかしたらセクハラカモンな世の中かもしれん!」
「…。」
「そうだったら俺は、今からそんな星にいけるお前がうらやまs…。」
ドスッ。と鈍い音が響いた。
「何言ってるんだあんたは。」
「じょ、冗談だってば母さん…。」
久々の夫婦コントを聞いて、「はは。」と笑いが溢れた。
手で目を拭った。
「ゴホン。とにかく、だ。」
「なに?」
「未来への期待は、いつもめちゃくちゃに膨らましておけ。そうすりゃ、乗り越えられる。」
「…うん。」
「死にたくなる時だってある。だけど、絶望のまま死ぬのは勿体ないだろ?人生最高って状態で死んだほうが得だ。」
「たまには良いこと言うんだね。」
「まあな。」
そろそろ目が覚める。
「じゃあね。」
「70年後にな。」
…。
気づくと、そこはまたベッドの上だった。