―未知との再開―2/3
大阪国際空港に着いた。
ここでは特に何もすることなく、流れてくる荷物を受け取り、京都の旅館行きのバスに乗り込むだけだ。
「都会の空気は不味い。」…よく聞く言葉だが、そんなに変わらない気もする。
バスでは窓を開けて、普段味わえない都会の風を浴びながら、景色を眺めていた。
旅行中のバスはずっとこの座席。嫌になる。
移動中は、罰ゲーム有りの連想ゲームを後ろの連中と延々とやっていた。
女子がいなかったのが唯一の救い。負けまくった岩本はパンツ一丁になってしまった。
真ん中に座る池尻がそれを携帯で撮りまくる。
あとで俺にも送ってもらおう。
そんなことをしている間に、バスは旅館へ到着。
荷物を部屋に置くために各自解散。
部屋割りは、女子が3~4階、男子が5~6階で、俺は5階の501号室。
階段からは1番遠くにある部屋だ。
ちなみに一番広い6人部屋で、これに関してはバスのような悲劇が起こることは無かった。
四角く大きな低いテーブルがひとつ置いてあり、既に旅館の用意した生八つ橋が人数分置いてあった。
笹原が生八つ橋が苦手ということで、今度はジャンケンに勝利した俺が貰うことになった。
しかしここで食っている暇などない。
あと10分でロビーに集まらなければならない。
携帯、財布、水筒としおりをナップサックに入れて、他の奴らと一緒に部屋を後にした。
「女子はすでに集まってたぞ!男子はたるんでいる!」
全員がロビーに集合してまもなく、山田が怒鳴り始めた。
そりゃそうだ。女子のバスは交通状況のせいで男子より5分も前に旅館に着いていたんだから。
と、心の中で文句を言ってみるものの、口に出してバレてしまえばさらに怒られる羽目になる。
大谷が後ろの俺に振り返って、苦笑いしてみせる。
俺もそれに苦笑いで返した。
「おいそこ!何ニヤけているんだ!グラウン……ちゃんと聞いてろ!」
グラウンドを走ってこいって言おうとして、ここが学校じゃないことを思い出したのだろう。
女子がクスクス笑う。
山田が頬を赤らめているのが分かる。気持ち悪い。
バス内の事ばかり話してもつまらないから、飛んで奈良公園。
鹿鹿鹿鹿。大量の鹿。
女子がお決まりの「かわいー」を連発しながら鹿を撫でまくる。
しかしガイドはそれを待たず、ずんずん進んでいくためそんなことをしている暇など無い。
関西弁の兄ちゃんのガイドさんが、よく聞こえないけど色々な説明しながら大仏への道をゆく。
かの大仏さんは想像していたほど大きくなかった。それだけ。
「つまんねーなー。このあとも、寺巡りだぜ。」
大谷が、コーラを飲みつつ不満そうに言った。
自由時間ということで、ジュースを買って二人でベンチに座っていた。
他の4人は、ガイドの「一年に一回鹿の角は生え変わる」という言葉を聞いて、角探しに行ってしまった。
すると、少し離れたところで、女子の集団が鹿に煎餅を与えている。
よく見ると、山田が女子にだけ餌を配っているようだ。しかも二枚ずつ。何故男子にはやらないんだ…。
その中には奈子も居て、ほかの女子と同じように鹿に餌を食わせて楽しんでいる。
舐められてベタベタになった手を、近くのトイレに洗いに行った。
俺といる時と違う女性的な一面…って、俺の場合はそれ+オカルトなだけで、普通に女らしい奴なんだけどね。
トイレから出てきた奈子は、俺が座っているのに気がついて、何を思ったのかこっちへ走ってきた。
「どうしたの?餅木さん。」
「え?あ、大谷くん。ハロー。」
「ハロー。」
どんな会話だ。
「で?どうしたんだ奈子。」
「あ、山田先生がね、鹿煎餅くれたんだ。」
「うん、知ってる。」
「だからさ、2枚貰ったから、1枚あげるよ。」
はい、と煎餅を差し出してきた。
あんまりいらないが、とりあえず受け取る。
「えー!ずりぃー!」
と大谷がヤジを飛ばす。
「だってさっき一つ食べさせちゃったから1枚しか無いし…。」
奈子が困った顔でそう言った。
「いいなー。春登いいなー。」
「…そんな欲しいならやるけど?」
「まじで!?」
そんなに動物愛者じゃないし、なにより、あんなベタベタにはなりたくない。
これで大谷も収まるのなら一石二鳥…とは少し違うが、要はそういうことだ。
「折角春登にあげたのに…。」
「別にいいじゃん。俺より必要としてる奴がいるならそっちに譲るべきだろ?」
「もー。」
もっともらしい意見を言ってみた。
それに対し奈子は不機嫌そうにふくれて、女子グループへと戻っていった。
少し悪いことしたかな。自分でも、何かあげた相手がすぐに他の人へ流したら嫌な気分かもしれない。
まあ、過ぎたことだ。深くは考えまい。
大谷は、そんなことお構いなしに鹿への餌やりに夢中になっている。
最後に余った煎餅のかけらは、自分で食っていた。
お気楽な奴。
「はぁ~。疲れたな~!」
池尻が、敷き終えた布団にダイブした。
夕飯も食べ終え、風呂も入った。あとは2時間の自由時間を終えれば消灯となる。
ここからは俺らのターンだ。
「俺、UNO持ってきたんだ!やろうぜ~!」
渡辺がバッグに手を突っ込みながらそう言った。
「お、いいね~。」
「布団の上でいいよな。」
「順番決めようぜ。」
みんなが口々に開始を促し、そして逆にグダグダになる。
普通にやれば30秒もかからないであろう準備に5分もかけてしまった。
六つ敷かれた布団全体の真ん中に会場が出来上がり、それをみんなで取り囲む・
さあ開始!といったところで、俺の携帯にメールが来た。
「おいおい春登~!」
「ごめん、初めてていいよ。」
「はいはい。」
戦いの火蓋を落としたUNO大会を横目に、俺はメールの確認作業に徹する。
親からだろうか、他の部屋の奴からだろうか。少し誰からのものか考えながら、携帯を開く。
奈子からだった。
『そっち、どう?』
それがあまりに日常的な質問だったので、なんとなく、ふふっと笑ってしまった。
『今UNOしてる。そっちは?暇なら来てもいいけど。』
と返信。
ちょうど自分の順番が来たので赤の7を場に出す。
それから1週半回ったところで、メールが返ってきた。
『暇~。今みんなテレビみてるよ。でも、女子は5~6階には行っちゃいけないじゃん。』
そういえばそんなんあったな。逆に男は3~4階には行っちゃいけないんだっけ。
『大丈夫じゃない?どうせ分かんないよ。バレたって山田なら奈子はあんまり怒らないし。』
と返す。
それからしばらくの間、返信は来なかった。
一人目の上がりが出たとき、やっと返ってきた。
『UNO終わったらさあ、階段の踊り場に来てよ。』
…?
なんの用だろう。
どうせオカルト話する相手がいなくて溜まってるとかだろうな。
『分かった。』
と返して携帯を自分のバッグへ投げた。
それから15分程度でUNO大会は終了した。
「じゃ、ちょっと用事あるから行ってくる。」
と言って立ち上がる。
「何かあんの?」
と池尻。
「いや、ちょっとね。すぐ戻る。」
なんとなく、バレちゃいけない気がした。
そして俺は部屋を出た。
薄暗い廊下を、階段に向かって歩く。
そういえば、UNOが終わったこと伝えるのを忘れていた。
でももしかしたらすでに居るかも。と思い、行ってみることにした。
案の定、階段の踊り場には奈子の姿が。
「ごめん、待った?」
もしこれがデートなら、男子の言うべきセリフではないだろう。
「うん。」
なんとなく、少し元気がなさそうだ。
「で、何か用があるんだっけ?」
「うん、ちょっと外に行きたくって。一緒に行こうよ。」
「別にいいけど。」
自由時間中は、ちょっとした外出であれば許されている。
ただしその際にはGPSを持たされ、20分以内に帰ってこなければならない。
ロビーでは数組のカップルがイチャイチャしていた。
だが奈子が横にいる今の俺はそこまで見劣りはしないだろう。奈子様万歳。
そして、自動ドアが開き、夜の京都の街に出た。
風が冷たい。空を見上げれば、星がとても綺麗だ。
大通りに出ると、もう10時なのに、車の通りが激しい。
歩行者は少ないが、その目に映る俺等二人はきっとカップルに見えることだろう。
かくいう俺も、この、いつもとは違う雰囲気に少しドキドキしていた。
そしてたどり着いたのは、コンビニ。
中に入って、二人ともホットのカフェオレを買った。
そして外にでて、影に座って蓋を開ける。
二人で一緒にグビリと飲んでみる。甘い。
「ねえ春登。」
唐突に奈子が話しかけてきた。
いや、元々話すために出てきたのだろうから唐突ではないか。
「もし本当にさ、今日中に世界が滅亡しちゃって、私たちだけ残ったら、どうする?」
やっぱりか。
オカルト話をしたくてたまらなかったんだろう。
「私たちって、俺と奈子二人ってこと?」
「うん。」
「…、少し考えつかないなー。」
「ま、そりゃそうだよね。いきなり二人きりなんてなっても、恋人同士じゃあるまいし。」
「ターミネーターみたいだな。」
俺だけ笑う。
「春登には言っておいても良かったのかもね。でも、時期にわかるよ。」
「え、何?とうとう電波入っちゃった?大丈夫か?」
ふざけて言ってるのか、本気なのか分からない。
本気なわけ無いが。
そのとき、暗い空が、さらに暗くなった気がした。そのとき。
ドーーーーーーーーーーーーーーーン!!
凄い音がして、飛び上がってしまった。
「なんだ今の!」
すぐに音がしたところへ様子を見に行こうと立つが、奈子は座ったまま。
「何やってんだよ。見に行かねーの?」
「一人で行ってきて。」
うつむいていて顔がよく見えない。
「は?どうした?」
「いいから。」
奈子は俺の顔を見て、まるでもう会えないかのような悲しい顔を見せた。
「じゃあ、すぐ戻ってくるからな。」
俺はそう言い残して走り出す。
「たぶんもう会えないけど、できたらまた会おうね。」
そこまで聞こえたけれど、遠ざかる奈子の声はそこで途絶えた。
もう一度大通りへ出ると、そこには驚きの光景があった。
車が猛スピードで走り、信号は丸無視。
まるで誰も乗っていないかなように、クラクションは一切ない。
むこうの方で、対向車にぶつかった車が大炎上している。
さっきの音はこれだったのだ。
そして目の前でまた、車同士がぶつかった。
さらに、店のショーウインドーに1台の車が突っ込む。
何が起こっているんだ。わけがわからない。
街の灯りと火のひかりが頬を照りつける。
ふと、奈子のことが心配になり、振り返ってさっきのコンビニへ走る。
大通りから少しでも離れると、明かりはほとんど無く真っ暗だ。
街灯は50m間隔ほどでしかないため、足元を照らすものが無く、道の出っ張りに何度もつまずきそうになる。
黒一色の空は、まるで何かが覆いかぶさっているようだ。
そこまでコンビニは遠くなかったはずだ。急ごう。
しかし、曲がり角を曲がったところで、一人の男が立っていて進路を邪魔されて足止めを食らった。
何か言おうにも言葉が見つからず、何も言わずに通り過ぎようとした。そのとき、
「君、後冬春登くんかい?」
低くも高くもない声で、話しかけられた。
立ち止まって振り返る。
同じぐらいの背丈の青年。顔は暗くて見えない。
何故名前を知っているんだろう。ひょっとしたら知り合いだろうか。
「そうですけど…、ちょっと今急いでるんで。」
と言ってまた走り出す。
用があるなら後にしてくれ。
奈子にもしものことがあったら…。
「そういうわけにはいかないんだ。」
そいつはそう言うとすぐに俺に追いつき、腕を強引に奪ってきた。
「ちょ、何すんだよ!」
「ついてきてくれないか。ダメでも無理やりつれていくけど。」
「離せって!やめろ!おい!」
有無を言わさず連れられていく俺。
男の手の力は尋常ではなく、どうしようにも離すことができない。
ひょっとしてこれは拉致や誘拐なのでは、と考えた俺は、そいつの脇腹に思い切り蹴りを入れた。
ガスッと鈍い音がしたが、男は倒れるどころか、痛がるそぶりすら見せない。
「なんなんだよこいつ…。」
110番にかけようと考えたが、携帯は今頃旅館にあるバッグの上だ。
声を張り上げて叫んでみるが、誰も来てくれる様子はない。
この時点で内心諦めていたが、とにかく抵抗しながら叫ぶしかなかった。
「ごめん、うるさい。目的まで眠ってて。」
そう言うと男は俺を引き寄せて、後頭部付近を殴ってきた。
意識はすぐに遠くなり、やがて目の前は真っ暗になってしまった。