―未知との再開―1/3
数億年前、まだ地球ができたばかりの頃の話。
そのころは、生物はおろか水さえもなく、茶色の大地が広がるだけの星だった。
そこに、それらを運んだ者がいた。
「必要な時が来れば返してもらう」と言い残して。
「って昨日テレビで言ってたんだ…。どうしよう…。」
「ふーん。」
「しかも最近になって、それが2012年12月だって分かったんだよ。今月じゃん!」
「へぇ。」
オカルト好きの餅木奈子が一方的に俺に話しかけてくる。
そういうとき、俺は基本的にてきとうに受け流す。
「へぇって…、春登は心配じゃないの?」
「うん。」
当たり前だ。そんな誰かの妄想話になんか付き合っていられない。
ちなみに自己紹介。俺の名前は後冬春登だ。
「もしかしたら今日からのこの修学旅行中に、地球は滅亡しちゃうかもしれないのに!」
「…。」
早朝6時には家を出た。半までには学校についてなければならない。
高校二年生最後…、実質は高校生活で最後の思い出作りだ。
もう十二月の寒空の中、この山沿いの道にはまだ紅葉したもみじが敷き詰められ絨毯のようになっている。
「修学旅行と言えばさ、そっちの班、京都での自主行動はどこに寄るの?」
地球滅亡の危機と比べれば小さすぎるほどの質問だ。
こいつも電波が入ってるわけではないので、本気で心配しているわけではないようだ。
「金閣が一番目で、あとは覚えてないな。」
「えぇー。…でも、金閣が一番目ってあたしたちと一緒だね!一緒に行こうよ。」
「やだよ。他の班員に変な目で見られるだろ?」
「どういうことよ。」
「そのまんまの意味。」
こいつとは2歳の頃、同じ公園の砂場で遊んでからの幼馴染だ。
恋愛感情とかそういうものはない…はず。
一緒に話していて顔が赤らむことはないし、その時間を特に幸せだと思うことはない。
友達以上、家族未満のような存在だ。
でも、奈子はクラスの男子からかなり人気があるため、すこし嫉妬してしまう。
確かに顔は整っている。もしも俺があかの他人であれば、そういう目線で見ていたのかもしれない。
「あれ、もうみんな集まってるよ?」
と、前方に見える学校の校庭を指さした奈子。
「本当だ。今何分かな。」
ここから見える校舎の時計を見ると、「6時35分」…。
「遅刻だあああぁぁ!!!」
二人でそう叫んで全速力でのこり50mを走った。
うちのクラスの担任の山田は、誰からも嫌われる女好きの変態教師だ。
今回も、奈子は「時間は守ろうな。」で終わったのに、
俺だけもう10分以上も長々と説教されている。
みんなに紛れて体育座りしている奈子が、申し訳なさそうに苦笑いしながらこっちを見ている。
確かに俺が悪いけど、納得いかない。
ようやく説教が終わった頃には、もう挨拶は終わってバスに乗る段階になっていた。
5組の男子は一号車、女子は二号車に乗り込む。
別れ際に奈子が、「なんかごめんねー。じゃ、後でね。」と言ってバスに入っていった。
無言で手を振ってやった。
俺の席は後ろから二番目の窓際。
隣は、いつも本を読んでいる山根くんだ。
こんな時ですら、いや、こんな時だからか、両手で本を持って読書中。
俺がいつも一緒にいるメンバーが6人いて、ジャンケンに最後まで負けたためにこうなってしまった。
急いで他のやつと一緒に座ろうかと思ったけど、そんなことしている間にみんな組んでしまっていた。
同じ、余りものの二人で組まされてしまったわけだ。
くそー。空港までの二時間、ずっとこれかよ。
一番後ろの席に座っている5人は、楽しそうにおしゃべり。
最初のうちは俺も膝で立って後ろを向いて会話に参加していたが、山田に見つかり怒鳴られた。
そんなに女子が好きなら二号車に乗ればよかったのに…。
仕方がないから、眠くなるまで窓の外の景色を眺めることにした。
しばらくして、ようやく眠気が入ってきた。
後ろの席から大谷が「しりとりするから入れよ」と言ってきたが、断った。
少しだけ窓を開ける。
時速45kmの風が顔全体に吹き付ける。
山根くんはまだ本を読んでいる。
何の本を読んでいるのか気になるが、気まずくて聞けなかった。
もう一度、空を見上げる。
ぼんやりとしていると、大きな鳥の影が、ずっとむこうの空を飛んでいた。
ゆっくりゆっくりと、山の向こうに隠れていった。
行きのバスは、みんな大騒ぎをしていて、眠っている奴なんて他にいなかった。
このとき静かにバスに揺られていたのは、きっと俺と山根くんだけだっただろう。
山根くんは、誰からもくん付けで呼ばれている。
誰からも、と言っても、彼に話しかける人なんてほとんどいない。
休み時間も昼休みも、いつも自分の机に伏せて寝たふりをしているか、本を読んでいるかのどちらかだ。
学校の成績は悪い。一体家で何をしているのだろう。
なんだか山根くんと自分が同レベルになってしまったようで情けなくなって、早く眠りについてしまいたかった。
こんなことを考えてしまっている自分の心の狭さからすれば、同レベルどころかそれ以下だ。
俺は物語によく出てくる主人公のように、正義感に満ち溢れてなんかいない。
ただの、一般人。普通の高校生。
一つ漫画みたいな所があるとすれば、可愛い幼馴染がいることぐらいだ。
いつの間にか眠っていた俺は、高速道路のサービスエリアでの休憩時間も寝たままだったらしく、
気付いたら空港に着いていた。
空港の中に入ると、チケットを配るための収集の声がかけられた。
抱えていた大きな荷物を置いて座る。
「ぐっすり寝てたな。昨日どんだけ遅くまで起きてたんだよ。ワクワクしすぎて眠れなかったんだろ。」
と、俺の前に座る大谷が話しかけてきた。
仰るとおりだ。夜中の二時にやっと寝れた。
「今日は奈良観光だぞ。自由に歩けないし、ワクワクする要素がどこにあるんだよ。」
と、軽くごまかしてやった。
「まあなー。大仏とか、見てもしゃーねーよ。」
「本番は明日と明後日だぞ。」
「京都見学にUSJ!まさに修学旅行って感じだよな!」
そんな話をしながら飛行機が来るのを待っていた。
飛行機の席は名簿順に二列。
つまりはチケット配りのとき座っていたのと同じだ。
俺の席は通路側で、隣は佐々木という奴。
佐々木は6人メンバーの中には入ってないが、ある程度仲は良い。
ちなみに、通路越しの席には女子が座ることになっている。
いつも通りなら、クラス1の美少女である白井さんが横にくるということになる。
名簿順二列の時いつも隣だったためか、佐々木よりちょっと少ないぐらいによく話す。
良かった。空の旅では有意義に過ごすことができそうだ。
と思ったが、それはあくまで「いつも通り」だった場合である。
そう、今回は、それではなかったのだ。
「なんでお前が横にいるんだよ。」
「来ちゃった。私のせいじゃないよ~。」
先生方は何を思ったのか、女子を名簿の反対順に座らせていたのであった!
それでちょうど餅木奈子が横に来てしまったのであった!
奈子が横なのは別に悪いわけではない。むしろ嬉しいのだが…。
「それでさー。今朝の話の続きなんだけどー。」
と、こういう具合に、俺の前だと遠慮なくオカルトネタをバンバン振ってくる。
普段はそれを封印していて、割とおしとやかなのに、台無しだ。
俺としては、オカルトモードに入った餅木奈子を他人に見られたくない。
それは決して独占欲などではなく、単に一緒にいて恥ずかしいからだ。
「もし二十日以降だったらさあ、年末に~とか言うじゃん?それをわざわざ12月って言ってるってことは…」
長々と、ありもしない地球滅亡がこの修学旅行中に起こる可能性が高いことを論される。
それに対し俺は、「はいはい。」と受け流す作業に徹する。
佐々木は既に俺等を白い目で見ている。
当たり前だ。すごいマニアックな話をする女子と、それに応える俺。
傍から見ればただの気持ち悪い人たちだ。
「餅木さんってさ~。春登の前だとキャラ変わるけど、好きなの?」
と、大谷が膝立ちで後ろを向いて言う。
なんてことを聞いているんだこいつは。
というかその前に、その体制を飛行機でやったら本当に怒られるぞ。
そんな質問に対して奈子は
「うん。大好き。」と答えた。
突然の事態。ボンッと自分の頭が弾けるのがわかった。
大谷も、口をあんぐり開けている。
「へ、へぇ…。そういう関係だったんだ…。」
と、大谷が少し引いた感じで言った。
俺も同じことを聞きたい気分だ。
「オカルトのことでしょ?みんなに隠してるつもりはないんだけど、春登にはベラベラ語っちゃうんだよね。」
それを聞いて二人とも胸をなでおろす。
ほっとしたような、どこか少し残念がっている自分がいるような、そんな感じ。
思春期の男子ってどんな女子に対してもそんなもんだろう。
「なんでいつも天然じゃないくせにいきなり…。」
ボソッと小さい声で文句を言ってやった。
「へ?天然?何が?」
地獄耳かよ。
と、ここで奈子も大谷の質問の真意に気づいたのか、顔が爆発したかのように真っ赤になる。
「ご、ごごごめん!そんな関係じゃないよ!ね!ね!」
あわてて俺に助けを求めてきた。
「あ、うん…。」
と答えるしかなかった。
「へぇ~…。ふぅ~!春登ふぅ~!」
大谷がニヤニヤしながら俺の肩を叩く。うざい。
「黙れ猿。」
と言ってやった。
大谷は猿に似ている。