番外編SS6 お兄ちゃん日和
休日の朝は小鳥の囀りから始まった。
六月もそろそろ下旬になるという頃、今日は梅雨晴れの一日になるという。久々の良い天気にテンションが上がってしまい、俺は紬を連れて街へと繰り出した。山府探検、略してヤマタンをするのだ! ……なんか単語帳みたいな略称になってしまった。
玄関を出て山御杜方面へ向かう。今更だが、山府には神社の他に、巨大なお寺がたくさんある。それら巨大寺院を巡るのも、山府観光の醍醐味だったりするのだ。今日は山府五社ならぬ、山府五山を攻めようか。
「兄さん、今日はやけにご機嫌ですね。私とじゃなくて、六花さんとデートすればいいのに」
余計なことを言ってくる妹。いや、これもきっと成長したからこその気遣いなのだろう。その気持ちだけ、ありがたく受け取るよ。
「紬さんは彼氏とかとデートしないのん?」
俺は冗談のつもりで軽口を叩いた。
「あー、私の彼氏、部活が忙しくて休日はなかなか会えないんですよね」
……その日、俺は死んだ。享年十六。綺麗な顔をしていたらしい。
「つ、紬しゃん……か、彼氏、いたのぉ? いつの間にぃ?」
俺はやっとの思いで質問を言葉にする。力が抜けて上手く歩けない。
「兄さんは私に彼氏ができるとショックなんですか?」
「うん。すっごく」
「なら冗談ということにしておきます。そんなことより今日を楽しみましょう」
……えっ、それって結局いるってこと? ねえ! 紬さん! 結局彼氏いるってことだよねえ!?
「もーしつこいですね。自分だって彼女作ろうとしてるんですから、私のこと、とやかく言えないじゃないですか」
「……作ろうとはしてないもん。ただ、ちょっと良い雰囲気になったというか、あー可愛いなーとか思ってしまったというか、好きだなーとか自然と考えていたというか」
「なら私もそうです。そういう気分になったので、作りました」
俺は膝から崩れ落ちた。……もう一歩も歩けない。
「お兄様? こんなところで何してますの?」
俺が往来のど真ん中で地面に項垂れていると、聞き覚えのある声がした。大竹さんだ。
「いや、それが紬にかれ……し……」
大竹さんは、男連れだった。
「か、かれしぃ!?」
どいつもこいつも色気付きやがって。これだから女子高生というのは……。けしからん!
そして大竹さんの彼氏は俺を睨んでる。……な、何ですか?
「お兄様、そんなところで突っ伏していると、皆さまの迷惑になりますわよ?」
大竹さんは甲斐甲斐しく世話を焼いてくる。突っ伏すの使い方を間違っているが、今はそんなことどうでも良い。大竹さんや、彼氏の前で他の男の世話はいけないんじゃない?
「華恋、その男は誰だ。そして君は華恋の何なんだ!?」
ほら彼氏怒った。俺は刺激しないよう、慎重に言葉を選んで関係を説明する。
「ぼ、僕たちは決して怪しい関係ではなくてですね、学校の友達というか、部活の仲間というか、そんなに言うほど親しい仲でもないので大丈夫ですはい」
「お兄様、そんなことを言うものではありません。せっかくの出会いが台無しですわ」
「「いや、お前が言うな」」
……彼氏と声が揃った。
「ですから、そうツンケンするものではありません。ほら、笑ってー!」
「「だから、お前がきちんと説明しないのがいけないんだ!」」
……また彼氏と声が揃った。
思わず彼氏と顔を見合わせる。
「……君はなぜ華恋からお兄様と呼ばれている?」
……えっ、気にするところそこ? 何故って、俺は紬の兄で、大竹さんと出会ったときからお兄様呼びで……。
「別に大した理由は無いです。大竹さんの友達だった僕の妹の兄だからというだけで……」
「華恋が妹の友達だった?」
あ、紬のことを思い出したらまたぶり返してきた。紬さんの彼氏がこんなに怖い人だったら嫌だよう。「妹が欲しければ俺を倒してからにしろ」って出来ないじゃんかぁ。
当の紬さんは大竹さんとキャアキャアはしゃいでいる。……盛り上がる前にこっちをどうにかして。
「なるほど、別に華恋に無理矢理お兄様呼びをさせて喜んでいる変態ではないんだな」
……なんだと失礼な。大竹さんに欲情したことなんてこれまで一度もないし今後もその予定はない。抗議してやる!
「お言葉ですが――」
「申し遅れた。私は華恋の兄で、大竹薫という」
……あっぶねー! もう少しでお兄さんにすんごい失礼なこと言うところだったー! ……ん? 大竹さんの兄ということは……この人が五橋財閥の跡取り?
思わぬビッグネームに思わず尻込みしてしまった。はぁー、この人が将来、世界を背負って立つ人になるのかー。
「はじめままして。華恋さんと部活を一緒にやっています、相田司と申します」
俺は緊張して思わず噛んでしまった。
「お兄様! こちら、わたくしのお友達の相田紬さんですわ!」
大竹さんは無邪気に紬を連れてくる。
「そうか、よろしくね。華恋の兄の薫です。いやー、司君が変態でなくて本当に良かった。妹にちょっかいかける輩は全て排除するって決めているからね」
失礼だし物騒だし、とても財閥を背負って立つ人には思えない。それほど、妹のことになると取り乱すのだろう。
俺は薫さんと握手した。
「む、いきなりなんだ?」
「お兄さん、お気持ち、分かります。妹って、大事ですよね」
「君にお兄さんと呼ばれる筋合いはないが、そうか、分かってくれるか。君も兄だもんな」
俺達は意気投合した。
それから俺は、薫さんに紬のことを話した。いつの間にか彼氏ができていたこと、未然に防ぐことができなかった自分の不甲斐なさ、そしていざその時が来たら動けなくなってしまったこと……。俺はいつの間にか泣いていたし、薫さんはまるで自分のことのように一緒に涙ぐんで慰めてくれた。マジ優しい。神兄さまだ。
ひとしきり泣き喚いたところで、大竹さんがおもむろに発言した。
「紬さんに彼氏なんておりませんわよ?」
俺は紬を見た。紬はニマニマしながら俺を見下ろしている。
「一人で勝手に恋してる兄さんへの罰です」
俺は神兄さまと抱き合った。良かった! 本当に良かった!
神兄さまも一緒に喜んでくれる。大の男二人が、公衆の往来で大はしゃぎする姿はさぞ滑稽だったことだろう。翌日、見事にSNSで拡散されていた。
……神兄さま、マジでごめんなさい。




