第二部三十二話
放課後、今日も皆で相田家に集まるのかと思ったが、珍しく紬が断った。
「すみません。明日の演説内容を考えたいので、今日は一人になりたいです。申し訳ないですが、部活はお休みでも良いでしょうか」
トポ部一同、寂しそうな顔をしていたが、明日できることは演説のみ。つまり、もう紬に任せるしかないのだ。
「何か困ったことがありましたら、いつでも連絡してくださいね。わたくし、すぐ駆けつけますから!」
大竹さんは大袈裟に紬の手を握って別れを惜しんだ。……今生の別れなの?
「お兄様! しっかり紬さんをサポートするのですわよ!」
「言われなくてもやるわい!」
叫ぶ俺を尻目に、大竹さんはハンカチを振った。
何となく雪白さんを見ると、目を逸らされた。これは、今日の昼休みのことを怒っているのだろうか。結局あの後、皆には詳細を話していない。
「雪白さん、今日のお昼はごめん。また明日、二人で食べよう」
「明日は選挙直前だもの、みんなで食べるでしょ」
そうだ。明日は午後の授業時間を丸々使い、演説、投票、集計、結果発表まで行われる。例年なら授業時間より早くに終わるので、早退感覚でみんな密かに楽しみにしているらしい。その直前の昼休みは、みんなで打ち合わせができる最後のチャンスだ。
「私のことは良いから、司君は明日の応援演説のことを考えなきゃ。あなたの演説も大切なのよ」
雪白さんに指摘されて、我に返った。そうだった。明日は俺も演説するんだ……。
全校生徒の前での演説。考えただけでも恐ろしい。
「やばい、思い出したら緊張してきた。何話せばいいんだろう……」
「司君が普段見ている、ありったけの紬の魅力を話せばいいのよ」
……なるほど。それなら得意だ。このスーパーミラクルキューティー紬をアピールするなんて、お安い御用さ。
「シスコンは隠しなさいね? みんなドン引きするから」
雪白さんに注意された。おいおい、俺がシスコンだって? 当たり前な事実をさらけ出して何が悪いんだい?
「……本当に、頼むわよ」
念押ししてくる雪白さんに別れを告げ、俺達は家路に就いた。
二人きりになったところで、昼のことを紬に尋ねてみる。
「なあ、昼の俺が誘導されたって、どうしてわかるんだ? いくら考えても、何に誘導されたか分からないんだけど」
「兄さん、先輩の話術に見事にハマってましたもんね。まあ、あれは私も気を付けないと危なかったです」
「そんなに凄いことされてたの?」
「あれぞマインドコントロールですよ」
マインドコントロール。そういえば以前、渡部君も五十嵐先輩には気を付けろと言っていた。どこをどうコントロールされたのだろう……。
「種明かしをしても良いですが、一つ留意すべき前提があります。先輩は、事実を事実のまま伝えていたわけではありません。恐らくわざとですが、都合よく捻じ曲げた解釈をして伝えていました。しかし、嘘をついていたわけでもありません。見方によって意味が百八十度も変わることを、都合よく誇張して伝え、伝える順番を工夫して、兄さんの心を籠絡していました」
一気に話が難しくなった。
「例えばどんなことを捻じ曲げていたんだ?」
「分かりやすい例は、六家が山府で派閥を作り、対立関係にあるという部分です。あの話は恐らく本当のことなんでしょうが、冷静に考えてみてください。あれだけ大きな家同士が、この狭い山府にひしめき合って存在しているのです。利害関係が発生しないわけがない。その利害関係での対立だけを誇張して伝えると、さも六家がバッチバチに対立しているかのように表現できるわけです」
……なるほど。
「でも実際は兄さんも見て来た通り、家同士の交流もあれば友人関係だって築いています。本当に三つ巴の関係に終始していたら、あの六人の気安い間柄も全てあり得ないことになります。兄さんは華恋さんが裏表を使い分ける器用な人に見えますか?」
「……見えない」
あっぶねー。危うく先輩に騙されるところだった。あの六人は実は裏で対立関係にあるって本気で信じそうだった。紬さんがいてくれて本当に助かった。
「このように、ある側面を誇張して伝えると、実態とは違う全体像を相手に抱かせることができるわけです」
紬曰く、先輩はこのロジックを使い、さまざまな印象操作をしていたらしい。
まず一番最初に、わざと六家にまつわる校内トラブルの事例を話した。武道部の事例である。そこから少しずつ話を広げ、この学校が六家によるトラブルだらけという印象を作った。
そこで今度は、六家本人達と俺達の関係を持ち出し、いかに俺達が六家をまとめたかを強調する。ここで六家には派閥があり、分断しているという話をすることで、いかにこの問題が難しいかを印象付ける。
あとは俺が勝手に話を大きくするので、それに乗っかって不安や疑念を煽れば、自分たちに都合の良いように問題を大きく捉えた司君の完成といった具合だったらしい。
「先輩は兄さんを混乱させて潰すつもりだったのでしょう」
「潰すつもりって物騒な言い方するな。明日の演説がまともに出来ない状態にするってことか?」
「いえ、もっと簡単に、自分たちの陣営に組み込もうとしていたのでしょう。兄さん、言われてたじゃないですか。『私たちの陣営に来ないか』って。先輩にとっては、兄さんは六家を動かせる人に見えているみたいですね」
「俺を潰しても紬が潰れてないなら意味ないだろ」
「兄さんがいないと私は何も出来ないと思ったのでしょう。舐められたものです」
「そこまでして先輩は何がしたいんだ」
「ずっと言ってたじゃないですか。先輩は、六家の力を利用して学校を強くしたいんです。そのために、学校で発生したトラブルを六家問題にすり替える印象操作もした。でも六家は思うように動いてくれないから、今回の部室問題を始めとする強硬策へ出たのです」
「それって余りにも身勝手な主張のような気が……」
「そうですよ。だから私が立候補したんです。それに加え、この学校全体の校風も、先輩の主張を後押ししています。先輩は事あるごとに六家が臆病だと言っていましたが、本当に臆病でだらしがないのはこの学校の生徒です。六家に怯え、六家の陰に隠れようとし、六家の実績を自分たちの実績にしようとする。私の革命は、先輩を変えることではありません。この学校の校風を変えることです」
「結局はそこに戻るのか。俺は無駄に踊らされていただけと……」
「兄さんは無駄なことをしていたわけではありません。先輩の手法を解明する手助けをしてくれました。それに先輩の目指す学校は、私の目指す学校の通過点だったということまで教えてくれました。これ以上の成果はないです」
紬さぁん……。お兄ちゃん頑張ったよね!
「でも兄さんは、もう少し相手のロジックを疑う姿勢を身に付けるべきですね。私は兄さんの将来が心配です……」
紬さぁん……。こんなお兄ちゃんでごめんねぇ……。
「まあ見ていてください。明日、この学校の全てがひっくり返りますよ」
紬さんはいつになく強気だ。こういう時の紬は本当に頼もしい。俺は明日、この紬さんに見合った演説が出来るのだろうか。
久々の兄妹二人での帰り道は、終始、妹に圧倒される帰り道であった。




